第5話 Spring has come(5)

「ん・・」



しばらくして


萌香はうっすらと目を開けた。



ぼんやりとした空間に


志藤の顔が見える。



「本部長・・」


かすれた声で言った。




志藤は


表情を変えずに腕組みをしたままだった。



「すみません、急に・・具合が・・」


と言う彼女に



「なんで、黙ってた。」




志藤は少し諌めるように言った。




「え・・」



萌香は身体を起こそうとしたが、



「しばらく絶対安静やって。 動いたらアカン。」


慌てて手で制した。



「絶対・・安静・・?」



「切迫流産やったんやて、」


のひとことに



「流産・・??」



萌香の顔色がサッと変わった。


「切迫流産てのは、流産しかかったってことや。 おなかの子は無事や。 ただ・・しばらく動いたらアカンそうや、」


志藤は冷静に言った。



「・・・」



萌香は少し安堵したような表情で息をついた。



「・・妊娠してるって、何で言ってくれへんかった。」



それが一番言いたかった。



「・・すみません、」


萌香は消え入りそうな声で言った。



「あのなあ。 わかってたら、泊りがけの出張なんか絶対させへんかった。 おれは一応、ヨメが5人も子供産んでるし。 妊娠出産は病気やないって言うけど、どんなにしんどいことかくらいはわかってるつもりや。 バカにしたらアカン。」


志藤は萌香を叱った。



「・・4番目のこころの前に、ゆうこが流産してな。」



「え・・」



ゆっくりと顔を志藤のほうに向けた。



「正直。 4人目なんか全然考えてへんかったから。 びっくりして。 妊娠がわかった時、おれはほんまにやってけるんやろかって色々心配で。 心から喜べなかった。 それはゆうこの実家の両親も同じで。 その頃、ゆうこの一番上の兄ちゃん一家が実家で同居することにもなって、今までみたく親に甘えられないって思って・・ゆうこは一人で頑張ろうと思ったみたいやねん。 で、頑張りすぎて。 自分の不注意で転んでな。 流産してしまった。」



少しずつ志藤の表情が


柔らかくなっていく。



そんなことが・・



萌香は志藤の話を胸を痛めながら聞いていた。



「流産した後は、彼女は自分を責めて。 精神的におかしくなってしまって。 なかなか立ち直れなかった。 そんなゆうこを見てな。 おれはもう、猛烈に反省して。 何でもっと喜んでやれへんかったんやろって。 心配ばかりして、新しくやってきてくれた命をおれは喜んでやってたんかって。 きっとそれをおなかの子は感じてしまったんやないか。 ほんまにな。 命は尊い。  ・・栗栖はあんなに子供が欲しいって言うてたやん。 おまえ、斯波にも言うてへんやろ、」


志藤は下を向くようにそう言った。



「・・はい」


萌香は涙ぐんでいた。



「そやろな。 もし・・斯波が知ってたら、こんな出張許すわけない。 おまえのことを医者から聞いて。 すぐに斯波に電話しよかって思ったけど。 何かワケがあるんやないかって、思って。 まだ何も言うてへん、」



「すみません。 ご迷惑を、」


萌香は掛け布団で顔を隠すように、涙声で言った。



「そんなのはいいから! もうちょっとでその命を失くすトコやったんやで!」


志藤は怖いくらいの表情で、彼女を叱り飛ばした。



「う・・」


萌香は堪えるように顔を隠して泣き続けた。



「おまえのことやから。 ワケがあるんやろ。 頼むから・・話をしてくれ。」



志藤は一転して


優しい声で萌香に話しかけた。


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