第4話 Spring has come(4)

体調は良くなかったが、何とか仕事をこなして


翌日の午前中には帰りの新幹線に乗れた。



いつもは移動中も仕事をしたりしている彼女が


窓にもたれてウトウトとしていた。



妊娠してから


眠気もひどくて、昼間でもぼんやりしてしまうことがあった。



やっぱり


疲れてるんやろか。




志藤はそんな萌香を見て、自分の上着をそっと彼女に掛けてやった。




東京に近づいた頃、萌香はハッと目を覚まして


自分の身体にスーツの上着がかかっているのに気づいた。



「す、すみません・・」


慌てて髪を直して背筋を伸ばした。



「ああ、いいって。 ほんま、どっか身体の調子が悪いんちゃうか? もう今日は帰っていいから、医者に行ってきたら・・」



「いえ。 大丈夫です。 すみません・・眠ってしまって・・」


恥ずかしそうに志藤に上着を返す。



すると志藤はニッコリ笑って、その上着の匂いを嗅いで


「ん~。 いい匂い~。 って、ヨメに嗅がれたらヤバいかな・・」


と、また明るく言った。




「・・本部長、」



事業部にやってきたばかりのころ


全く人とコミュニケーションを取ろうとしなかった自分に


この人は初めから


こうして優しく接してくれた。



仕事には厳しかったが


こんな自分のことを本当に信頼してくれて。


人に信じられることがこんなに嬉しいことかと


心が震えるほどだった。




十和田のことが解決し


再びここへ戻って来れた時から



私は


この人のために仕事をしたいって


ずっと思い続けていた。




今だって


ずっと・・




今朝から


少し下腹に鈍い痛みを感じていた。



腰がすごく重い感じで、東京駅に着いて立ち上がって降りる仕度をするときも


またその痛みが増したような気がしていた。



そして


ホームに降り立ったとたん




「あ・・」



萌香は激しい腹痛に襲われた。



「栗栖?」


志藤が振り向くと、萌香は耐え切れずベンチに手を掛けてしゃがみこんでしまった。




「栗栖!」


慌てて彼女の背中に手をやる。



「おなかが・・」



「え? おなか? ど、どないしてん!!」



いきなりのことに


パニックに陥った。



駅員に救急車を呼んでもらって、近くの救急病院に運び込んでもらった。




処置が終わった医師がやってきた。



「ご主人ですか?」


と訊かれ、



「い、いえ。 ・・彼女の上司ですが。」


と答えた。



「・・腹痛の原因は、切迫流産でした。」


その言葉に



「は・・」




志藤は絶句した。




萌香は


病院のベッドで眠りこけていた。



そんな彼女の寝顔を見て


志藤は頬づえをつきながら


ため息もついた。

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