第2話 Spring has come(2)

斯波に言えずにいたまま


もう妊娠3ヶ月を過ぎてしまった。



つわりはないものの


身体がだるくて、どうしようもなかった。




「もう食べないの?」


このところ彼女があまり食事を採らないことに斯波は心配した。



「うん。 ちょっと、」


萌香は少し微笑んでごまかした。



「ここんとこ。 元気ないんじゃないの? 顔色も悪いし。 病院に行ってきたら?」


と言われて、どきんとした。




「平気。 ちょっと疲れてるかもしれないけど・・」



「だけど。 志藤さんが事業部から離れたら、萌も志藤さんの秘書をやめることになるんだよな、」



斯波の言葉に


食器をシンクに片付けたあと、固まってしまった。



「まあでも。 萌は少し仕事が楽になるし。」


そう言ってくれる彼の方に振り向けなかった。




「え? 名古屋にですか?」



「うん、急で悪いけど。 おれも社長から急に言われて。 明日の朝の新幹線で。 翌日帰りになると思うけど・・いい?」



志藤の言葉に




「・・わかりました。」


萌香は頷いた。



そして、すうっと息を吸い込んで



「本部長、」


改まった様子で萌香は背筋を伸ばして志藤に言った。



「え?」


「私、このまま本部長の秘書として・・仕事をしていたいんです、」



「・・栗栖、」


志藤は少し驚いて彼女を見た。




「でも。 おまえはおれの秘書でもあるけど、事業部の大事な一員でもある。 おれの秘書としてこれからもやってもらうには、事業部を出ないとならなくなる。」


少し我に返り冷静に言った。



「それも。 わかっています。 あれからすごく考えました。 私は事業部の仕事も大事に思っています。でも・・それよりも、本部長の下でこれからも仕事をして行きたいんです・・」




彼女の言葉に志藤は困ったように


黙ってしまった。




「おれだって。 おまえ以外の子と組んで仕事なんか、正直考えられへん。 ほんまはおまえを秘書課に引き抜いてこれからも一緒に仕事ができたらって思っている。」




そして


本当の気持ちを彼女に伝えた。




「本部長、」




萌香は胸がいっぱいになってしまった。



「だけど。 清四郎さんが事業部の本部長になって。 きっと不安でいっぱいだと思うんです。 南さんもいますけど、私も彼をずっと支えていきたいって思っています。 私が事業部を抜けたら、新しい人を入れることになると思います。 あの人の不器用さを考えたりすると、新しい人をいれたらチームワークとか、いろんなことが一気に大変になってって、想像がついてしまって。 それがわかっているから・・本当に迷ってしまって、」



萌香は


涙で声が詰まってしまった。



志藤は萌香の気持ちが痛いほど伝わってきた。



「それなら。 やっぱり事業部に残ったほうがいい。 斯波には、おまえが必要や。 たぶん、色んな意味で。」



「・・本部長、」



萌香はもうひとつの悩みを彼に口にしようとしたとき



「あの、」


遠慮がちに真太郎がやって来て声をかけた。




「あ、ハイ・・」


志藤は立ち上がる。




萌香は慌てて真太郎に背を向けるように涙を拭った。



「すみません、お話のところ。 志藤さん、ちょっと・・」


真太郎はただならぬ雰囲気に遠慮がちに言った。



「し、失礼します。」


萌香は小さな声でそう言ってその場を去った。




「え? 名古屋に・・?」



「ええ。 明後日の夕方には戻るから。 ここに色々仕事のことが書いてあるから。 ヨロシクね、」


萌香は夏希にメモを手渡した。



「って! そんな出張なんて! 無理したらダメです!」


夏希は言った。


「・・大丈夫よ。 そんなにタイトな日程じゃないし。 移動が長いだけやし、」



「あたし、本部長に言います、」


たまらなくなってそう言った。



すると萌香はキッと厳しい視線を彼女に向け



「いいのよ。 本部長には言わないで。 私は大丈夫やから、」


とキッパリと言った。



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