特別なシャンプー

@J2130

第1話

「いらっしゃいませ‥」


 僕は頭を下げながら言い、その後、笑顔をつくって顔をあげ、お客様を見た。

 残念ながら僕の笑顔はマスクや濃いメガネで誰からも見えないけれどね。


 お客様は若い女性のようで、真深く帽子をかぶり、サングラスをかけ、その下、鼻から首までをマフラーで隠している。


「これお願いします‥」


 レジにはシャンプーと小さいペットボトルのお茶を置いている。


 このシャンプーは特別な仕入先からの希少なもので近隣のスーパーやドラッグストアではまず売っていないものである。


「いつもこのシャンプーはあるのですか?」

 声はマフラーでくぐもってはいたが、やはり想像どおりで、若く張りのあるきれいな響きだった。


「ええ、だいたいありますね、少量しか入ってこないものですが、いつもこれを買われるお客様が一人いらっしゃいます。切らさないようにはしてますね」


「そうなんですね、探してたので‥、よかったです」


 表情は当然よく見えないが、うれしそうだった。

「また入れておきますので、もしよかったら次もご利用下さい」


 僕は手袋をした手で商品を袋につめながら言った。いつもはあまり気にしないが、今日は長袖のシャツを着てくればよかったと思った。このような女性の前で自分の生の腕をさらすのはちょっと気恥ずかしい。


「おいくらですか?」

 僕は金額を言い、彼女はカードで‥と応え、おしゃれなブランドもののサイフから薄いカードを抜き取って僕に渡した。


 当然彼女も手袋をしている。生地の薄い、ベージュの手袋だった。細い指が手袋をしていてもよくわかった。


 少しだけ手首が見えた。袖と手袋の間、ほんのちょっとだけ。


 彼女は気付いたのか、カードを僕から受け取るときは、袖を逆の手で伸ばし、生の手首が見えないようにしていた。


 袋詰めした商品を渡すと

「ありがとう‥」

 と軽く会釈してくれた。笑っているようだが、勿論よくわからない。


 彼女が向きを変える瞬間、帽子の下から綺麗な髪が少しだけ見えた。横顔‥、帽子、サングラス、ほんのわずかだが瞳も‥。


 僕は丁寧にお辞儀をしたあと、彼女が店を出るまで見つめていた。


「珍しいね、いまのお客さんあのシャンプー買われたんだ」


 店長の声に振り向くと、半袖シャツとジーンズと靴だけの人影が僕に話しかけていた。


 腕時計が空中をさまよい、右手と思われるものにはコーヒーカップが持たれていた。


「ええ、また仕入ておかないといけないですね‥」

 僕は仕入予定のノートにそのシャンプーを書いた。


「でも店長、いくら自分の店とはいえ、手袋もメガネもマスクもしてないと驚きますよ」


 腕時計がシャツの上まで動き、小刻みに震えた。おそらく頭をかいているのであろう。


「ごめんごめん、今来たばかりでさ‥」


 そう言って店長はジーンズのポケットから手袋を出し、店の引き出しからマスクとメガネをとって顔につけた。


「もちろんよくは見えなかったですが、きれいなお客様でしたね‥。髪の毛も見えたし、瞳も少しだけ‥」


 僕は先ほどの情景を思い出しながら店長に話した。


「でも、いろいろと大変なんじゃないか‥。俺達はどんなシャンプーだっていいしさ。なによりあのシャンプー高いしな‥」


 レジで先ほどの売り上げを確かめながら店長はそう言った。


 手袋がレジの操作をしている。

「そうですね、あと日焼け止めとかも入れておきますか?もう一人の特別なお客様は男性だから、スキンケアとかはあまり買わないんですよね‥」


「ああ、そうか‥」


 店長は自分の透明な腕を見ている。

「返品ができるかどうかだな‥。確認しておいてよ、返品できるならいれておこう」


 売れないかもしれないからね、しょうがないよね。


「わかりました、卸さんに訊いておきます」

 僕はまた仕入予定のノートに書き込んだ。


 確かにいろいろと大変なんだろうな‥、

 透明じゃない人達はかなり少ないらしいからね。


 何でも希少で高いし気を遣われることも多いだろうし。

 今度はいつぐらいかな、あのお客様がいらっしゃるのは‥

 早めにシャンプーも日焼け止めも仕入れておこう。

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