三章 終わりの始まり 2

3月某日、AFC(アジアサッカー連盟)アジアカップ2011優勝の熱気と、日常との寒暖差が嫌という程身に染みてきた頃、俺は同居人達を差し置いて、一足先に学校に向かっていた。

本来、送迎の車両が手配される為、わざわざ電車賃を払ってまで歩いて行く必要はないのだが、土地勘に慣れておきたいという考えもあり、寮母さんに無理を言って一人での外出を認めてもらった。

 

……別にあいつらの事が苦手とか、気まずいとか、そんな子供染みた考えで置いてけぼりにしてきた訳ではない。

俺が一人での散歩にこだわった事に、それ程大それた理由は無い。

あえて理屈を付けて説明するのなら、自身の精神衛生上の健康を確保するためだ。

共同生活の中で人間関係を良好にするために必要な事、ただそれだけだ。

何もやましい気持ちなど、無い。

狂気とか邪気とか殺気といった悪気は勿論、心理発生的欲求に数えられる諸々の煩悩とは折り合いが付いている。

だから俺からあいつらに害をなしたことは一度もない。逆のパターンは散々あるが。

今現在、寮ではこの俺『紫(し)咲(ざき)淳(じゅん)』を入れて8人の同期生が暮らしている。

俺の義姉『紫(し)咲(ざき)陽(ひなた)』。

英国(イギリス)からの文化留学生『ミーティア・エリーゼ』と、双子の妹『リーティア・エリーゼ』。

時雨剣術道場の跡取り娘『時雨(しぐれ)百合(ゆり)』と、その友人兼門下生『弥(み)刀(と)蘭(ら)菜(な)』。

俺を除けば唯一の男であり、良き友人でもある『川(せん)内(だい)勇(ゆ)也(や)』と、双子の妹『川(せん)内(だい)柚(ゆ)香(か)』の合計8人だ。

寮は地上3階地下2階建て5LDKの母屋と、同様の間取りの建物が3戸、合わせて4戸の建物構造が一体となった連棟住宅という、豪華すぎる造りなのである。

川内兄妹の母にして俺達の寮母である『川内(せんだい)霞(かすみ)』こと霞ママ、その亡き夫である『川内(せんだい)優作(ゆうさく)』さんが、集合住宅の建築予定に出されていた土地を不動産屋と建築士の間で交渉し、オーダーメイドの大豪邸にしたらしい。

普通に購入しようとすれば4億は下らないらしいが、その半分以下で抑えたというのだから驚きだ。

文句なしの豪華すぎる寮であり、既に同期達と2ヵ月程寮生活をを共にしたが、やはり慣れない。

その理由は大きく分けて3つある。

1つ目は、女子率が高すぎることだ。

逆に喜ぶべきだろう、と多くの男は思うのだろう。

そしてある者は、俺の恵まれた環境に完全なる逆恨みを覚えて刺し殺しに来て、俺の手で完膚なきまでに叩き伏せられるのであろう。

だが、刺し殺されても文句は言えないこともまた分かっている。

世の一般平均がどのくらいなのかは分からないがかなりの美少女揃いであり、目の保養という意味では全く困らない。

だが霞ママを抜きにしても1対4の男女比は、生活を共にする上で肩身が狭い。

一時的に警察の2人が滞在することはあったが、あくまで一時的だ。

食事にしても服装にしても、何をするにも気を使って行動しなければならず、気が休まる場所が公園か地下二階の大浴場だけに限られている。

……入居当初から、彼女達は比較的興味を持って接しに来てくれた。

だがその気遣いが逆に苦しい。

作為的というか裏がありそうな感じがしてならなかったからだ。

結果としてその懸念は最悪な形で俺を倫理的に追い詰めるのであるが、それはまた後の話として取っておこう。

この圧倒的女子率最大の原因は、俺が今向かっている学校の特色にある。 

国立(こくりつ)六十(ろくじゅう)学園(がくえん)高校(こうこう)附属(ふぞく)中学校(ちゅうがっこう)。

創立者にして俺の義父に当たる男、長谷川六十学長が一代で築きあげた名門校である。

元々は、将来的に有望な人材を育成するために一般から良家の子女まで幅広く、授業料など諸々の費用は完全無償で預かる中高一貫の女子学校だった。男女差別撤廃を公約に掲げていた元政治家としての側面を併せ持つ現学長が国指導の下、1976年から運営してきた大規模教育機関である。

だが開校から31周年の2006年、女子学校としての学園の歴史は突如として終わりを迎える。

近年、日本を悩ませていた少子化の影響が明確な数字として新規入学者の数に表れ始め、追い打ちを掛けるかのように、割り当てられていた国家予算の一部が少子化対策に当てられることが国会で正式に決定、報道されたことで、学園は今までと同じような運営体系では立ち行かなくなってしまったのだ。

悩みに悩んだ学長は、今までの伝統から脱却すべきだと結論付けた。

そこで心機一転、男女共学化を図り、30期生以降の新入生から学費を徴収することで、財源問題を解決し、新たな学園の歴史が幕開かれることとなったのだ。 

さらに、今年度から成績優秀者や部活動・課外活動優秀者に対し、返済不要の完全給付型奨学金……有り体に言ってしまえば、学園からのお小遣いが貰える新たな制度が誕生することで入試のレベルは過去最高に。

学力的にも日本最高峰の名門となる日が近いとされる期待の学校なのだ。

そんな元女子高としての強みからか、6年目で完全共学化が成された今年も女子の志望率は高く、全校生徒の6割程はそれに当たると学長から聞かされている。

今の寮の状態はこの影響を強く受けているのかもしれない。

学校が始まれば男友達も増えるだろうし、このSSハウス(sixth sense house)にも男子の入居者が増えるだろう。

そうなれば秩序は保たれる!!

この悍ましい生活も時間が解決してくれると信じよう!!

いや、信じる他ない。


2つ目は、男女で部屋を分けないことだ。

これから本格的に学校が始まれば入居者が増える……という話は聞いているし、これだけ広いと学生8人で暮らすには広過ぎる。今日までに生活空間が母屋に固定化されている事にも何も不自由はしていない。

しかし、何故俺は義姉と一緒の部屋割りなんだ!!

普通男女の生活区画は分けるだろ!!

男2人女子6人なんだから、男同士で組ませてくれよ!!

1度ユヤに相談したことがあるが、あいつは生まれてからずっと妹と一緒の部屋で暮らしてきたからか何の抵抗も感じていないとのことで、「わざわざ荷物運ぶのも面倒だし」という理由で断られてしまった。

家の息子にこれ以上は頼めず、止む無くこの不条理を受け入れたのだが、年頃の男女が同室に置かれて何も起きない訳がなかった。

結果、今も義姉との不順で不誠実でどうしようもできない爛れた関係が続いてしまっている……

 

3つ目の理由は……もう考えるのも嫌になってきた。

俺の存在価値の根底に関わってくるからもう嫌だ。

俺は日本人としてやってはいけないことをしてしまった。

強制はしないと、義父は言った。

だが環境は整えるとも言った。

これは日本だけでなく世界にとって必要な事なんだと、何度も俺に言い聞かせてきた。

義父だけじゃない。

他の政府のお偉いさん方も同じように言った。

誰もが強制はしなかった。

だが、誰もが懇願してきた。

彼女達もそれを望んできた。

彼女達にも事情はあったようだ。

流されるままに、俺は抵抗する気力も失せて……。

結果、アジアカップが終わる頃には、俺は人間を辞めていた。

彼女達もまた、道連れになった。

悦んでもいたし、泣いてもいた。

俺達の幼さには1つ、成長という明確な弱点があった。

俺達は日々、心身ともに確実に成長していった。

たかだか2ヵ月、されど2ヶ月。

【男子、三日会わざれば刮目して見よ】

という慣用句があるくらいだ。

如何にその20倍以上の時間が精神的、肉体的に成長を促すかは言うまでもない。

それからの日々は勉強と剣道の鍛錬、そしてサッカーを中心にして過ごした。

一人ではない。

いつも誰かしら一緒だった。

多くはユヤと。

男同士は気が休まるからいい。

あいつらは少し変な感じなんだ。

1人でいる時、何だかぼんやりしていることが多くなった。

2人でいる時、口数が極端に減るんだ。

けど、皆でいる時だけは何も言わなかった。

いつも通りのキャラを演じて、いがみ合って、殺し合って、ユヤを踏みつけたり殴ったり。

あいつはドMらしいから、自分の待遇に満足しているらしい。

そんな中、俺の心中を察してか、ユヤとユカは何度も俺を慰めてくれた。

「これは仕方のない事なんだ」、と。

「自業自得だ」とも言われたが、その過程の出来事は今も俺には分からない。

元俺の人格は完全に顕現する事は無く、同期状態や、頭の中で語り掛けてくるだけだった。

だが、何を話していたかは全く覚えておらず、その時の奴はいつも死に掛けで右横腹下にナイフが刺さっていた事だけしか記憶になかった。

性格悪い奴の事だ。

記憶に残らないように、何か細工をしているに違いないんだ。

俺は生きた屍のように、学校への道を歩いた。

……あ、今更だけど、受験には無事合格しました。

以上、終わり。

筆記試験の感想など誰も求めてないでしょ?

その手の勉強はあいつ等……専属家庭教師達がいれば問題なく学べたし、素でも頭良かったから、難なく合格できました。

強いて言えば、数的推理と判断推理、英語の問題は難しかったなぁ。

とても小学校卒業レベルの問題とは思えない難問揃いだったが、それでも奮闘した結果、上から9番目の成績で入試を突破した。

俺の背番号は9で決まりだな。

……しかし暇だな。

ここは如何にもテンプレな学園イベントが発生するべきだと思うんだよ。

登校日にガラの悪い男共に絡まれてる同級生の美少女を助けるシチュエーションとか。

あるか? ないよな。

世界はそんなに優しく作られてないもんな。分かってたよ。

非情なる現実に打ちひしがれた俺は、内なる声と対話することにした。

内なる声っていうのは、元俺の人格の事。

基本的に、奴とはいつでも話せる状態だ。

問題なのは、その記憶が今の俺に残らない事なんだけどね。

少し無心になって内なる声に話しかけると、俺の頭の中であいつが話しかけてくるんだ。

…………。

あれ、おかしいな。

内なる声からの反応がない。

もう一度呼び掛けて――

「や、止めて下さい!!」

え!?

「ぐあっ!!」

「おらあぁぁぁ!!」

「てめぇ何しやが……がはっ!!」

「くたばれクソ野郎共がぁぁぁ!!」

「調子に乗りやがっ、ぶはっ!!」

おお、なんとテンプレではない……。

それは大通りに続く細い脇道で起こっていた。

一人の厳ついヤンキー面の少年が、ガラの悪い大人3人をまとめてボコボコにしている。

そしてそれを近くで制止している少女が2人、うち1人は俺の知り合いだった。

急いで現場へ急行し、話を聞くことにした。

「ミカ、何があったの?」

「え、ジュン!? 丁度良かった! あの人を止めて!!」

暴れている少年を見ていた少女達の内、黒髪ツインテールのハーフ韓国美少女が答えた。

「黒ジャージを押さえ込めばいいんだな。分かった」

俺は黒ジャージの少年に対して黒傘を構えて向かって行った。

「君、喧嘩は良くないんじゃないの? その辺にしときなよ」

少年は俺の声に気付くと、掴んでいた大人の胸倉から手を放し、俺に向かってきた。

「あぁ!? 誰だてめぇ!! 邪魔すんな!!」

見ず知らずのあんたにてめぇ呼ばわりされる筋合いはねーよ。

「通りすがりの新中学生ですが、何か?」

「あぁ!? なめてんのかコラァ!!」

「はい。なめてます」

あ、心の声が漏れてしまった。

「んだと!? このクソガキがぁぁ!!」

「なんだとこの野郎!!」

こいつ……言ってはいけない事を言いやがったな。

この年頃の男子の全ての優劣を決定づけてしまう重要要素……それは身長だ。

それをネタにし小馬鹿にした物言いなど絶対に許せない!!

逆切れした少年と逆上した俺。

それぞれ右拳と右手で逆手持ちした黒傘を振り抜いて衝突した。

ドゴーン!! という衝撃音は辺り一面に突風をもたらした。

「へぇ、俺の傘を受け止めるとはね……」

「くっ!!」

少年の拳はプルプルと震えてはいたが、俺の黒傘と正面から対峙し、つばぜり合いという意地と意地のぶつかり合いの状態に持ち込まれた。

「てめぇ……ぶっ潰す!!」

すぐさま空いた左手で殴り掛かってくる少年。

だが俺はその先を読み、その拳を広げた左手の平で防ぎ、がっしりと握りつけて押さえ込んだ。

少年は左手を逃れようとするが、俺はそれを認めなかった。

少年は一瞬驚いたような反応を見せたが、次の瞬間、躊躇うことなく左足を軸に右足を大きく振りかぶった。

こいつ……強いな!!

少年の強さと気迫に敬意を込めつつ、その攻撃を予見していた俺は、少年が振りかぶった段階で右足による左足太股へのキックをお見舞いした。

「ぬあっ!?」

これにより右足の蹴りは炸裂することなく、少年はバランスを崩して前屈みに倒れた。

「痛ってえな……おい……」

正確には、キックというより押し込みと表現した方がいいかもしれない。

サッカーを嗜む者として、軸足の働きが如何に重要かということは十分に理解している。

振りかぶった足を支えるもう片方の足に異常が起きれば、人間は必ず姿勢を崩す事になる。

知っていれば護身にも役立つ便利なスキルだ。

「君、強いね。名前は何て言うの?」

俺は少年に手を差し伸べて起き上がるのを手伝おうとした。

「あ? てめぇこそ誰だ……って、お前六十(ろと)学(がく)の生徒か?」

「あ……」

よく見ると彼も、黒パーカーの内にはYシャツに学園で指定された黒の制服ズボンという格好だった。

「君も新入生って事で合ってる?」

「お……おう。俺は黒(くろ)瀬(せ)貴(たか)史(し)だ。一応挨拶はしておくわ」

「俺は紫咲淳。よろしくね」

お互いに自己紹介を交わし立ち上がる。

「って、あれ? 何だこの状況? 俺は……何であんたと喧嘩してた?」

おいおいちょっと待て。

これだけ暴れておいてそれは無いだろう。

「君がガラの悪い大人達をボコボコになるまで痛めつけてたから、俺が止めに入ったんだよ。そこでお互いにブチ切れて戦闘になったって感じかな」

「戦闘って大袈裟な……ってうわああぁぁ!!」

タカシは自分がボコボコにした大人達の姿を見て驚いた。

「一応聞くけど、君は何でこの人達をボコボコにしたの? それも分からないの?」

「……分からねぇや。懇親会があるからって張り切って早くに家を出たはいいんだけど、色んな所で寄り道してたら道に迷って……そうしてたら、同級生っぽい女の子2人が悪そうな大人3人に絡まれてて……気づいたらこうなってた」

喧嘩してた時の記憶が無いとか、どこの不良バトルマンガのキャラだよ……。

「ともかく、君はあの2人を助けようと思ったんだね。カッコいいじゃん」

「お、おう。素直に褒められると……なんか照れるな」

タカシは短めのスポーツ刈りの髪形をした、如何にもヤンキーみたいな奴だった。

身長も、154センチの俺に対して20センチ程大きく、ガタイも良かった。

ちくしょう!! 羨まし過ぎるぞ!!

俺も全国平均的には小さいとは言えないが、SSハウスの女共全員に身長で負けている。

身体的成長が今の俺にとって急務となっているのだ。

「あのー、そろそろ大丈夫ですかね? 喧嘩終わりました?」

遠目に見ていたミカともう一人の女の子が近寄って来る。

「助けて頂きありがとうございました。……でもやり過ぎだと思います……」

ミカはタカシの暴虐っぷりに怯えているようだ。

「……お、同じく助けて頂いてありがとう……です……」

もう一人の黒髪セミロングの子も、同様に震えていた。

「お、おう。そりゃどうも……」

分かりやすくモジモジすんなや!! タカシ!!

全く、怒ったり照れたりたじろいだり……可愛いかよ、こいつ。

「えっと、君も新入生……で、いいんだよね?」

「あっ、はい。……ミカ、この人は?」

「友達だよ!! すっごく強いんだよ!!」

「そうじゃなくって……名前は?」

「ジュンだよ?」

「えっと……」

お前はコミュ障か!! ミカ!!

「俺は紫咲淳です。紫陽花(あじさい)の紫に花咲くの咲、三浦(みうら)淳(あつ)宏(ひろ)の淳(あつ)の字の音読みで淳(じゅん)です」

俺は丁寧に自己紹介を申し上げた。

初対面の人に対しては、自身の名前の漢字についても喋っておくと、覚えてもらいやすい気がする。

「……わ、私は永瀬結衣です……永久の永に綾瀬の瀬……新垣結衣の結衣です……よろしくです……」

この子はラナとミカを足して2で割った匂いがする……。

「それで……あなたは……?」

「俺は黒瀬貴史です。目黒の黒に綾瀬の瀬、宇佐美貴史の貴史です。よろしくっす」

なんと! 宇佐美の下の名前か!!

出生年的に狙ったわけではないのだろうが、きっとこいつはサッカー好きに違いない!!  

「えっと、そっちのツインテさんのお名前は?」

「え? 私も自己紹介するの?」

「いや、当然するだろ」

思わずツッコんでしまった。

調子狂うなホントにもう……。

「ではでは。韓国からサッカーをしに来ました。私は李(イ)美(ミィ)華(ファ)です。李(り)花(か)の李(り)と、美しいの字と、華聯(かれん)の華(か)と書きます。呼ぶ時はイ・ミィファでも、李(り)美(み)華(か)でもどっちもオッケーです!!」

ミカは元気良く答え、笑顔でタカシに名乗った。

一通り自己紹介が済んだところで、俺達は現実に立ち返った。

「ところで……この人達どうしよっか?」

見るも無残にボコボコにされた大人達の姿が、そこにはあった。

当然、当事者として見捨てる訳にもいかずどうしようかと思っていたその時、偶然か必然か、どこからかサイレンが鳴り響いてきた。

それは徐々に俺達のいる場所に近づいてきて……。

赤色灯を点滅させたキザシの車両がやってきた。

乗っているのはあの刑事達だ。

「じゅ~ん、大丈夫か~、怪我無いか~?」

やる気のない声がパトカーを降りてきた。

「兄さん、どうしてここに?」

「どうしたもこうしたもないよ~君が呼びつけたんじゃないか。ったく派手にやったなぁ」

「はい? 俺は何もしてないですけど――」

「タカシ!! お前何やってんだ!!」

俺の声を遮ったのは、黒瀬警部補だった。

あれ? 黒瀬……ってええ!?

「あぁ!? 何だよジジイ」

「てめぇ遂にやりやがったなこの野郎!!」

「んだとこらぁ!!」

鬼の形相で向かって行く2人。

その気迫のぶつかり合いは、俺もビビるものがあった。

「ストーップストップストップ!! お二人ともまずは落ち着いて。まずは状況の確認ですよ先輩」

「……もしかしなくても、タカシ君は黒瀬さんの息子ですか?」

念のために確認を取っておく。

「……ああそうだ。こいつは私の息子だよ」

「淳、親父と知り合いなのか?」

「知り合いも何も、俺はタカシのお父さんと、横の赤塚警部補の観察対象だからね」

「おいおい幾ら何でも笑えないぞ。観察対象なんて、お前何やらかしたんだ?」

「どうでもいい!! お前、この男達に何をした!!」

「……待って下さい……彼は私達を庇って……戦ってくれたんです……」

ユイがタカシを擁護しに黒瀬警部補と息子の間に入った。

「私達、あの人達にナンパされたんです!! 結構ガツガツ系のウザい奴等でして、怖くて人を呼ぼうとしたら、偶然居合わせた彼が助けてくれたんです!!」

ミカも一緒になってタカシを庇いに入る。

ここで俺からも疑問をぶつけてみた。

「ところで兄さん方、どうしてこの場所が分かったの?」

赤塚の兄さんは首を傾げてこう返してきた。

「どうしてってそのサングラスだよ。録画録音にGPS、望遠機能付きの優れものだよ?」

そういえばすっかり忘れていたが、国からの支給品だと言われて退院後に送られてきたが、実際にバッテリーを充電して使用するのは初めてだな。

単にカッコいいから着けてたけれど、分かりやすくカメラがついてるじゃないか!!

そうか、このカメラで見た映像が送られたことで、すぐに駆け付けることができたのか。

こいつは確かに優れものだが、時と場所を考えて掛けておく必要があるな。

「びっくりしたよ~君が偶然にも貴史君と遭遇して、いきなり喧嘩が始まるんだもん」

「あはは。それは大目に見て下さい。それよりも、そこで伸びてる奴等がナンパ目的でこの子達に近づいたのは間違いないっぽいですよ?」

「そうなんです!! 彼が間に入ったことで、あの男達が逆切れして殴り掛かろうとしたんです。そしたら……」

「そしたら?」

黒瀬警部補は幼気な少女基いミカに鬼の形相で迫った。

ミカとユイは黒瀬父の気迫にビビって声が出でいない

彼女達に被が無いことは俺も分かっているので、すかさず止めに入る。

「黒瀬さん、落ち着いて。彼も被害者です」

「しかし、君の見た映像からでも分かるが、正当防衛とは言い難い暴挙だったぞ?」

「彼もパニック状態だったらしいですよ。大の大人3人に絡まれたんですから、手加減したら返り討ちどころかなぶり殺しにされちゃいますよ」

「おい……淳――」

「俺だったら、同じようにしますね。完膚無きまでに叩き伏せる事で安全を確保します」

「……今は黙っていてくれないか……淳君――」

「実際に俺がやったらどうしました? 正当防衛として不問にしますよね?」

俺はあえて食い下がり、父親と相対した。

「確か……特別捜査官としての職務は、俺とあいつ等の護衛及び監視、そして俺達に関わって起こった事件の捜査……でしたよね。俺が関わった時点で、彼を怒るのは筋違いですよ」

「君の言い分は正しい。だが、親として息子の暴力行為はもう見過ごせん!!」

それは父親としての責務と個人的感情が織りなす、彼なりの愛情表現だと思った。

だが、この場は穏便に済ませてもらいたい。

ここはひとつ、脅しに掛けてみるか……。

「彼も俺と同じかもしれない、と言ったら?」

「いや、ないな。息子は喧嘩っ早いだけのただの悪ガキだ」

「喧嘩してみて、何となくそんな感じがしたんですよ。ほら俺、ニュータイプですから」

「…………」

黒瀬警部補は険しい表情をしていた。

俺もその目を見て離さず、タカシを巡って完全に対立した。

この人の仕事熱心な所は凄く尊敬してるんだけど、事が事だしね。

だが、少し沈黙の後、どこからか再びサイレンの音が聞こえてきて、それは徐々にこの場に近づいてきて……。

「お、来たっすね」

1台の救急車が到着した。

どうやら赤塚の兄さんが映像を見た時点で通報したらしい。

この人だいぶ適当でダウナーな性格してるけど、腐っても警察官なんだよなぁ。

「黒さん、親子喧嘩はいつでもできるでしょう? 彼等はこれから学校があるんですし、聴取も終わってからで大丈夫ですよ」

救急隊員が倒れている3人をせっせと担架に乗せて収容し始めた。

「……分かった。とりあえずはこの3人の意識がハッキリし次第、事情を聴くことにしよう。

後程君達にも話を聞くから、連絡先だけ教えてくれ」

「「……わ、分かりました……」」

一番不憫なのはミカとユイの二人なんだよなぁ。

巻き込まれた挙句に親子喧嘩にまで付き合わされて、怖かったろうに……。

親子関係に対して口を挟むつもりはないが、正直羨ましいなとは思った。

俺の実の両親とは会う事は勿論、何らかの連絡手段を用いる事も禁止されているから、こうやって叱ってもらえる大人が近くにいるというのは羨ましいものだ。

霞ママも相談相手ではあるが、親友の母に話せるような内容は限られている。

結局はないものねだりなのだが。

2人の少女が黒瀬にLINEの連絡先を交換し終え、ひとまずは学校に向かうことを許してもらえた。

「黒さん、どうせだからこの子達もまとめて学校に送りませんか?」

「そうだな。また変な奴に絡まれても嫌だし、送っていこうか」

「いや、歩いて8分程度ですし、大丈夫ですよ」

「そうだね~。元々歩いていくために早くに家出たんだもん」

「……そ、そうですよね。……歩いていきましょう? ……ねぇ?」

「お、おう。そうだな」

「と、いうことで、俺達は歩いていきます。良いですよね?」

「淳がいるなら、まぁ問題ないですよね。映像も送られてきますし」

「電源は落としますよ?」

「いや、せめて付けておいてくれ。それが条件だ」

タカシとは個人的な話がしたかったんだけど……それが条件なら飲むしかないな。

「了解です。サングラスは付けておきます」

「分かった。2人とも時間を掛けさせて悪かったね」

「いえいえ、こちらこそありがとうございました。それでは~」

「ありがとうでした。では……」

「お疲れ様です。ほら、行くぞタカシ」

タカシの腕を引っ張り、父親とお互いに気を遣わせないよう小走りでミカ達を追いかけた。

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