二章 異能との出会い 4

「川内兄妹とエリーゼ姉妹がいない今のうちに、私の暇つぶしに付き合ってはくれんかね?」

「叔父様……また思考を読まれたらマズイ事ですか?」

「叔父様。危険人物。だから。嫌」

「相変わらず手厳しいねぇ、二人は……」

「私も心は読めるけど、ミーティアと同じく断片的にしか分からないから聞くまで分からないけど、それでもマズイ事なのでしょう?」

「何でもかんでも企んでる風に言わんでおくれよ。ただ暇潰しのお喋りがしたいだけだよ」

「それで、叔父様は我々と何を話したいのだろうか?」

「聞かせて。下さい」

「君達は……最強の異能力とは何かについて考えた事はあるかい?」

「随分と突拍子もないことを良いますね」

「火や水、風や雷といった自然的な力を操る能力や、身体能力そのものを強化する能力、そして相手に対して状態異常を掛けたり弱体化させる力や異能力そのものをかき消す力、世界そのものを事象レベルで改変する力なんてのも、マンガやゲームなど多くのフィクション作品には登場してくるよね。その中で、君達が最強の力だと思うものを聞かせてほしいんだ」

「……悩む」

「確かに、我々はユカ達のようにアニメやゲームなどを嗜(たしな)みませんから、考えた事もありませんでした」

「最強と言われても一概には決められないけれど……あえて言うなら人の生き死にに直接作用する能力じゃないかしら?」

「ほぅ……例えば?」

「例えば……ドラクエでいうザキみたいな即死系の呪文とか異能力とか」

「なるほど。君の〈殺気〉の力でも、相手の命を刈り取るまでの芸当は出来ないからね。確かに魅力的に感じるのには納得がいくね」

「加えて言うなら、単に不死身の肉体を持っている……ってキャラも大抵強キャラが多くないかしら。中々死なないのではなく、文字通りの不死身という意味でね」

「確かに、誰もが一度は夢に見る不老不死の内の片割れは強力過ぎる力かもしれないね。では、そういう敵と相対した場合、どう戦うべきかな?」

「戦う? そんなもの、勝ち目がある訳ないじゃない」

「勝機を見出すという意味で考えてくれたまえ」

「……不死の力を封じるとか、存在そのものを封印、あるいは消滅させる……とか?」

「うむ。いい回答だ。必ずしも不死身に弱点が無いわけではない事を理解できれば正解だ」

「では……不死身の力はお義父が思う最強の異能ではないと?」

「考え方は似ているがね……私は不老不死を求めるには老い過ぎた……という事だ」

「……言っている意味がわかりません」

「今は、分からなくていいよ。さて、時雨のお二人は答えは出たかな?」

「はい。色々考えましたが、私達の祖先の力が最強かなと」

「……時(とき)雨(さめ)時雨(しぐれ)、だったかな?」

「ええ。私達の流派・時雨(しぐれ)流(りゅう)を生み出した人です。その刀で時間と空間を斬り裂き、異世界への扉を開いたと言われる無敗の武人です。異世界の扉は、過去や未来にも繋がったとか」

「なるほど、時間操作系の異能に該当する力か。私も、その意見にほぼ賛成だ」

「ほぼ、と言いますと、叔父様の考えとは異なっていらっしゃるのですか?」

「私はね……考え方が極端なんだよ。時間操作能力に対する持論については、特にね」

「叔父様。聞かせて」

「確かに、過去や未来を行き来出来たらどんなに素晴らしいかとは思うよ。亡くなった妻に会いに行きたいとも思うよ。だか、時間操作の神髄はそこではないと思うのだよ。先程、陽(ひなた)が不死身の異能の話をしていたが、時間操作……中でも再生能力は、不死身の完全なる上位互換に位置しているんだよ」

「上位互換? 死のリスクがある時点でそんな比較はしようがないのでは?」

「……ここは、私も彼に倣(なら)って、物の例えで説法を説こうかな。陽(ひなた)、今ゲーム機は持っているかい?」

「はい、持ってます」

「そのゲームのジャンルは?」

「……RPGゲームです」

「主人公達が全滅したらどうなる?」

「……所持金を半分失った上で、教会で復活します」

「その処理も、ある意味不死身ではないかね? 何度倒されても仲間共々蘇り、最後に一度でも勝つことで勝利条件を得るという、ゲームの主人公の特権こそが、不死身の正体だよ」

「確かに、何度全滅しても一度勝てばストーリーは進むし、アイテムや称号も手に入る……」

「受験や就活、公務員試験についても同じ事が言えるよ。何度落ちようとも、一度受かればそれで良いのだからね」

「なるほど……ゲームをやらない私達にも凄く分かりやすい例えです」

「右に同じ。分かりやすい……!」

「だが……時間操作における再生能力はそうじゃない。セーブデータごと事象改変するんだ」

「……データごと?」

「例えば……先程の例を応用しようか。強敵……いわばボスキャラと戦う前には、必ずと言っていい程データをセーブするよね?」

「まぁそれが当り前かと」

「では、全滅すると分かった瞬間にゲーム機の電源を落として再び起動させるとどうなる?」

「……セーブした地点からやり直す事に……!?」

「気付いたみたいだね。不死身の力がゲームの主人公の力だったのに対して、その主人公を操作しているプレイヤーが持つ時間操作能力は、敗北の事実すら無かったことにしてやり直す力なのだよ。そしてこれが、私が時間操作能力が最強だと思う理由だ」

「そんな……時間操作の力はそんな卑怯な力ではありませんよ!!」

「……酷い」

「勿論、この再生能力を悪用したやり直しは決して望ましい使い方ではないだろう。けれどね、ユリ君とラナ君が言おうとしている能力の使い方も、褒められたものではないと思うよ」

「「っ!?」」

「歴史改変だろう? そのくらいはエンパスでなくても、コールドリーディングで分かってしまうものだよ」

「……はい。過去に遡り、死の運命にある人を救うんです」

「君は、神にでもなるつもりかい? それとも、彼を救いに行くつもりなのかい」

「出来る事なら今すぐにでも、私達のどちらかは確実に行くでしょうね」

「……はい、行きます」

「彼が拒(こば)んでいるのにかい?」

「「「……今何て?」」」

「いや、特に理由は無いんだ。彼の変わり果てた姿を見て、そう思っただけだよ」

「彼が自分の口から拒んだ訳ではないのですか? なら――」

「私はね、彼にも時間操作能力があると踏んでいるのだよ。彼が敵を足止めしたあの技は、完全なる時間停止能力だよ。再生などの逆行能力があるかは分からないけれどね。だがもしあったとしたら、君等の考えは根底から考え直さなければならない。この結果を、彼が真に望んで引き起こした可能性を考えなければならないんだ」

「彼が望んだとしても、私達は受け入れられないと言っているんです」

「無理。マジ無理」

「今は無理ですが、いつか必ずやりますよ。ただでさえ私達2人は先祖返りらしいですから」

「止めても無駄ですよ」

「止めはしないさ。ただ、歴史には修正力があると思っているんだ。彼を助けることで、代わりに死ぬ人間が出てくるかもしれない。例えば、磔の少女とか、少女Aとか、あるいは君達のどちらか……」

「我々と関りの無い人間が何処でどう死のうと、知ったことではありません。人間そんなものでしょう? 彼が起こした事件も、いずれは人々の記憶から忘れられるんです。彼は死んだことになっているのですから」

「私達は強い人とだけ仲良くする」

「……家に縛られている自覚はあるんだろう? それは人の生き方ではないよ」

「自覚はあります。ありまくりです」

「自覚。無いと。タチ悪い」

「君達の考えはよく分かった。だが今は、生まれ変わった彼に対しての接し方だけを考えていてくれたまえ。……そろそろ戻ってきたようだね」

「全員、この話は内緒に……でしょ? パパ?」

「ああ。よろしく頼むよ」

「分かりました。心にとめておきます」

「了解です」

「ただいま……」

「おや? お目当ての物は買えなかったのかな?」

「そうなんだよ……限定のマグカップ、売り切れてたんだよぉ……」

「それは残念だったね。でも、プレゼントに貰おうとしているのは別の物なんだろう?」

「うん!! 新作オンラインゲームのベータテスターの抽選に通りますようにって!!」

「幾らサンタさんでも難しいんじゃないかな? 大体、実施は2月23日からじゃ――」

「そうだよ? サンタは何でも叶えてくれるから、未来にお願いしたって叶えてくれるよ!!」

「そ、そうなんだ……。他の3人も戻ってきたようだ。後ろの席に詰めてくれたまえよ」

「わかった!!」

「お前と隣なんて最悪なんだが。妹と変われ外道」

「……代われ外道」

「もー酷いなぁお二人とも。でも大丈夫! 俺はそんな二人も大好きで――げはっ!!」

「触るな外道!! 本気で一度死なんと分らんのか!!」

「……マジ死ね」

「「あらあら、お二人とも楽しそうですわね」」

「また兄がご迷惑を……」



……あれ以降、俺はリディアの暇つぶしのお喋りに延々と付き合わされる事となった。

体は横になっている筈なのに、脳だけが休まらない状態が続いた。

それでも、病室に1人という孤独感からは気を紛らわす事が出来たから、良い所悪い所で半々くらいかな。

彼女の話す事は、昔の俺に対する愚痴のようなものが殆どだった。

自分も人の事は言えないと卑下したりもしてもいたが、元俺の傍若無人っぷりは常軌を逸していたとの事だった。

何もしなければ非常に大人しい、礼儀正しく模範的で優しい性格の子供だったという。

だが、ひとたび学校での事を思い出すと、恐ろしいまでの破壊衝動に駆られたそうな。

彼女曰く、怒りの感情を全く制御できていなかったという見立てだ。

言葉遣いも信じられない程汚くなり、平気で物に奴当りして粉砕していったらしい。

身に余る力を、何にも縛られる事なく振るいたいと、いつも言っていたと。

その豹変ぶりは、まさしく別人に変わったようだったと言っていた。

鎮める為には力業で気絶させるか、体力切れで疲れ果てて気絶するのを待つか、自身の涙を俺の目に落とすかの三択だったようだ。

タチの悪い事に、俺には怒っている間の記憶が無いようだった。

破壊の限りを尽くした後、目覚めた時にガンプラのフィギュアケースに大穴が開いているのと血の付いたガラス片が散乱しているのを見て、俺は何も言わず静かに泣いていたという。

学校は皆別々だったらしく、詳しくは分からなかったが、死神だとか鬼だとか殺神鬼だとか不名誉なあだ名が沢山あったらしい。

中でも破壊神と呼ばれるのは一番嫌だったらしく……何とかを馬鹿にするな的な事を言っていたようだ。

これは当人も良く分からなかったらしいが、物の例えで説法を説いたせいだろうなと何となくだが理解できてしまった。

他にも沢山聞かされたが、やはりというべきか危惧した通り、あいつは夜も寝かせてくれなかった。

色々と……そう、色々と好き好きアピールが凄かった。

お風呂に入る時はどこをどう洗うかとか勝手に実況プレイを始めるし、自作の恥ずかしいポエムを聞かせてきたりと、自分に友達が少ないのを理由にめちゃくちゃ話しかけてくる。

そして事ある毎に俺を誘惑してきた。

俺がリディアの話声を無視していると、目が焼けるように熱くなった。

俺を監視し、守るという大義名分を利用して、俺をその名の通り僕にしやがったのだ。

部屋はミーティアと同室らしいが、俺達は思念だけで会話が出来てしまうので、ベットの中ではやりたい放題だった。

もうお互い顔を見て話せなさそうで怖い。

病院では3日間、ベットの上で点滴だけで過ごした。

虫垂炎の摘出手術の際の麻酔が効きすぎたらしく、腸が動いていないらしい。

水を飲む事も禁止され、湿らせた脱脂綿で口元を拭く程度しか許されなかった。

一番大変だったのはトイレに行く事だった。

一日目は足が動かないので、専用のタンクに用を足し、以降は点滴用フック付きのバックスタンドを押してトイレに足を運んだ。

腕の動きが制限されている上に、寝たきりなので筋肉の衰えが半端ではない。

とてもではないが、あの映像のような剣捌きは到底出来そうにない。

大体俺がサッカーをしていたことも、剣道をしていたことも、そんな記憶は無い。

俺がユヤとボールを蹴っていた事も、ユリとラナと剣を交えたことも、俺は知らない。

記憶が無い筈なのに、知識だけはあるから気持ちが悪いんだよなぁ。

最近ではリディアもボールを蹴り始めたらしいし、俺も退院次第、鍛える意味でもボールと竹刀に触れなくちゃいけないな……。

この時点で検査でした事と言えば、毎朝と夕方の血液検査と俺の黒傘の精密検査だけだ。

園山院長の話では、黒傘については、何も期待された結果は得られなかったそうだ。

総重量は1・1キロと計測され、どう考えてもそれ以上の重さを孕んでいるその傘を運んで戻すだけの無駄な作業だったとボヤいていた。

4日目からも苦痛は続いた。

一日三食、点滴とは別に、腸の働きを促すための流動食が始まったのだ。

重湯と呼ばれるただ甘いだけで味気の無い、とんでもなく不味い、もったりしたお湯を飲まなくてはならない。

俺の人格における人生初の食事があんな不味い食べ物になろうとは予想だにしなかった!!

附属の梅ジャムや海苔の佃煮を混ぜて何とか飲み込める代物だ。

ただでさえ点滴生活で食欲が失われているのに、美味しくない食事というダブルパンチだ。

早く退院してテレビのCMに映っていた、ワックのアイダホバーガーなるものを食べたい。

5日目の夜からは普通のお粥に加えてすまし汁が付いてグレードアップした。

甘くなくなった分食べやすくはなったが、子供の口に合うかと聞かれればハッキリとNOと断言しよう。

献立的にも悪意があると思うんだよ。

汁気に汁物重ねても食欲が戻る訳ないし、無駄に重い食事になっただけだ。

6日目にはお粥の汁気が飛んで、柔らかいごはんに。

7日目の退院の日、大晦日の朝には普通の白米と通常の病院食が出された。

和風きのこあんかけ豆腐ハンバーグと野菜小鉢、それに味噌汁が出たが、味付けは薄い。

俺の病院での最後の晩餐ならぬ、最後の朝飯にしては何とも味気ない質素なものだった。

その日のお昼には、晴れて警部補となった赤塚さんと黒瀬さんがお見舞いという名の聴取と、ライオン義父が急の出張で来れない代わりに寮への迎えにやって来た。

だが、事件当夜の記憶どころか、人格が変わっているらしい俺に話せる事はほとんど無く、前者の用事は無駄足にさせてしまった。

せめてものお詫びとして、俺がヒナタとミーティアの喧嘩を仲裁した際の出来事を話して聞かせた。

技を放つ瞬間、別人だった感覚の事や、放った技の名前……映像の中で元俺や磔の少女が使用していた技の名前が〈テンペスト〉で間違いない事など、感じた事の多くを話した。

彼等は最初こそ疑心暗鬼だったが、俺のフィクション話を現実として受け入れて聞いてくれた。

そうして話している内、退院後、寮へ向かう車の中で捜査の進捗を聞き出す事が出来た。

現在、捜査一課と組対部と合同捜査捜査本部が設置され、先の事件における拳銃の出所と思われる関東近郊の暴力団組織の摘発を行ったようだ。

交番襲撃事件の実行犯の詳細は割れており、つい一昨日、池袋にある男が所属していた暴力団組織・黒龍会の本部と周辺事務所に一斉のガサ入れが行われ、多数の逮捕者が出たらしい。


事務所の中で発見されたのは、中国から密輸されたトカレフと3Dプリンターを使用してコピー製造された大量の模造銃と、16億円相当の大量の覚せい剤などのドラック類であり、これを受けて事務所内にいた暴力団員全員の逮捕を強行したとのことだ。

黒龍会幹部の証言によると、交番を襲撃する依頼はネットカフェにて警視総監自らと直接取引したらしい。

前金に50万と成功報酬も同額用意し、更に、今後ガサ入れの情報を前もって知らせるなどの連携にも応じると言って、一番の鉄砲玉を寄こすよう言ってきたという。

その理由というのがバカ親過ぎて笑えない。

クリスマスに子供が拳銃を欲しがって聞かないからどうしても欲しい、という身勝手な言い分だったようだ。

仕事で帰れない事を考慮して23日の時点で手に入れたかったようで、そこから少年Aの手に渡ったと思われている。

元警視総監は黙秘を貫いており、未だ証言は得られていない。

さらに面倒な事に、被疑者死亡とはいえ拳銃が使用された殺人ということで調書を作成する必要があるらしいが、磔の少女によって弾かれた銃弾によって少女BとCが死んだという客観的事実、そして元俺に対しての発砲による少年BとCの不自然な死亡事故も、同じ現象ではないかと疑問視する声が多数出ており、困っていると赤塚の兄さんがぶちまけた。

この7日間、ニュースはこの話題で持ちきりで、以前は放送されなかった規制ラインも、

音声だけのパターンや、ほぼ全面モザイクの映像で取り上げられるようになった。

映像が世間に流れた今、世論の声も厳しく、元俺が少年Aをマインドコントロールして、自分を殺させようとする過程で4人を殺害、少女Aに重傷の傷を負わせたと思った人が大半らしい。

……全くいい迷惑だよ元俺。

何を思って行動に移したかは知らないけれど、この俺を残して頭の奥底で眠ってるだなんて無責任にも程があるぞ。

さっさと起きて俺と変わるか、記憶を寄こすかしろ!!

他にも色々と気になる事を聞いた。

動画が生配信され始めてすぐに警察が駆け付けたそうだが、教室はもぬけの殻だったそう。

加えて生き残った子供達は、撮影が終了した後、それぞれの自宅で発見されたらしい。

そして死体は学校の体育館に無造作に配置されており、その近くに磔の少女と撮影者のリーダーをしていた少年、そして内通者の少年Dが意識を失った状態で倒れていたという。

重要参考人の彼等にも回復後、聴取が行われたらしいが、「悪夢を見ていた。気が付いたら病院で検査を受けていたが、自分達は学校から帰った後、急な眠気に襲われて家で寝ていた筈だ。こんな事件が起こっていただなんて信じられない」と口々にそう答えたそうだ。

他の撮影者の子供達もほぼ同様の事を証言したらしく、中には「パラレルワールドで死神の騎士と戦っている夢を見た」、「影の国に行く夢を見た」、「ブラックサンタに殺される夢を見た」などと言う子もいたらしいが、全員が共通して口にしたのは、夢を見ていたという事だった。

重要参考人を含めた数人の子供達にポリグラフ……嘘発見器による検査を実施した所、今回の事件に関する一切の事が分からず、全員夢を見ていたという証言に虚偽はなかった。

この事から彼らの証言に基づく証拠能力は完全に否定され、少年Aらいじめっ子達が今回の事件を起こした背景や、映像中に映った磔の少女や元俺が使用した異能についての目撃証言、突如として出現したファントムナイトと呼称される謎の存在について、そして、少女Aと俺がこの病院に搬送されるに至った経緯など、何ら有力な情報は得られなかった。

これにより捜査は完全に行き詰まった事になり、真相は俺の元の人格を目覚めさせる他に知る術が無くなったということだ。

今後の捜査方針としては、特別捜査官の2人が、俺を含めた第六感能力保持者の警護に当たりながら、俺の人格の回復を気長に待つ事、そして俺達が学園入学後に問題を起こさないように監視する事が決まっていると黒瀬はそう言った。

本格的に学園生活がが始まれば、送り迎えの必要も出てくるからと、別の警備員を雇い、暫くは職務から離れてそれぞれ大型二輪の免許を取る為に仙台へ合宿に行くそうだ。

大晦日の今日を含めた三箇日までは連休を取り、そこから出発すると意気込んでいた。

黒瀬さんは当初、捜査に対し不安でしかなかったらしいが、階級が上がったことで、庁内では動きやすくなり、活き活きとしてきたと赤塚の兄さんが自慢気に話して、黒瀬さんに頭をひっぱたかれてた。

自分達も寮の空き部屋を仕事部屋として借りると言っていたので、他の信用ならない大人達と比べても……いやそれ以前に男の話し相手が増えるのは喜ばしい事だ。

……その後、途中大型のスーパーに立ち寄ったりして、1時間程が経った。

俺を乗せた黒瀬さんの捜査車両・キザシは世田谷の成城にある大豪邸……?

いや、集合住宅らしい物件に到着した。

その内の一件の玄関から、ユヤやリディアをはじめとする子供達がお出迎えに来てくれた。

やはりと言うべきかヒナタとミーティアはツンツンしていたが、他の子達が優しく迎えてくれたので良かった。

時間は既に夕刻時に差し掛かっており、年越しの準備に追われていたようだ。

ここで警察の2人と分れ、俺はこの寮に引き取られた。

そんな中、寮母さんらしい川内兄妹のママさんから「そのロン毛はいい加減切りなさい!!」と言われ、駐車場にビニールシートや新聞紙、ゴミ袋と椅子を配置して作られた特設散髪場にて、バッサリと髪を切られた。

ママさんは散髪には自信があるらしく、「ブリーダーとしての実力を見せてやるわ!!」と張り切って俺にハサミを当てた。

このテンションの高さは歪にゆがめられてユヤに遺伝したのだろうなと思った。

散髪が一段落し、鏡を向けられると、そこには長かった襟足(えりあし)がバッサリと切り落とされ、女の子っぽかった髪形は男の子らしい短い髪になっていた。

とは言っても元の顔立ちがそもそも女の子っぽかったから、女装とかも行けちゃうんじゃないかレベルでまだ可愛いんだけどね。

天使の輪の出来損ないみたいなアホ毛は健在だし、ママさんが言うにはチャームポイントらしい。

ママさんも俺の事を少し知っているようだったが、リディア以上の事は聞けず、ただ手の掛かる子だったけど良い子でもあったと言っていた。

散髪が終わり、シャワーを浴びて髪の毛と体を洗った。

病院でもシャワーは5日目から借りたが、水圧の差が尋常ではない。

おまけに全面ガラス張りのお風呂!!

ゴージャスにも限度というものがある!!

途中、女の子達が俺の裸体を覗きにやってきたりとハプニングもあったが、その後は彼等と元俺との思い出話を語り合いながら、入居初日を難なく終える事が……出来なかった。

俺が精神的な意味でも肉体的な意味でも、健全な青少年として新年を迎えられる事は無かった。

それは誰のせいか?

恐らくは世界のせいだ。

この不条理に溢れる世界のせいだ。

俺は抵抗したが、既に確定された未来が変わる事はなかった。

これは因果律に定められし運命なのだと、自分を騙すしかなかった。

そしてこれからの事を考えて苦悩したが答えは出た。

俺は全てをありのままに受け入れることにした。

どんな不条理でもいい。

どんな不平等でもいい。

どんな地獄が待っていてもいい。

とにかく、先へ進もう。

そう思って手を伸ばして……

そうやって後悔したんだ……。

…………。

そして、寮に来て、71日が経過し、リディアの言うⅩデーがやってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る