二章 異能との出会い 3

大人達は荷物をまとめて次々部屋を後にした。

楽しそうな会話が廊下の外にまで漏れて聞こえた。

そして残されたのは8人の子供達。

皆俯いたまま何かを思い詰めているようだった。

俺は彼等にかける言葉をひねり出そうとするが、形として出てこなかった。

そんな時……。

「皆さん少し宜しいでしょうか?」

扉を開けて戻ってきたのは、法務省の松橋さんだった。

「「……まだ何か御用がおありですか?」」

黙りこくってしまったヒナタに変わって姉妹姫達が応対する。

「女の子達に話がありまして、ここでは難ですから別室の方で――」

「お断りします!!」

「分かりました」

姫達の意見はハッキリと2つに分かれた。

が、その片方はすぐにこう切り返した。

「と、言っても、無駄なのでしょう? 分かりました。応じましょう」

姉姫様はそう言った。

「話が早くて助かります。それではこちらに……」

松橋さんは部屋の外に出たが、他の子達は何が何だか分からないでいた。

女の子達はすぐには動かず、お互いに顔を見合わせていた。

「ミー、これから何が始まるのか、分かっているのか?」

ユリが親し気に呼ぶ相手はミーティアだった。

「ねぇ……私達って人間よね?」

「唐突に何を言い出すんだ?」

「日本は世界一平和な国って思ってたけれど、どうやら違ったみたいね」

「意味が分からないぞ。何を憂いている?」

「すぐに分かりますよ」

「リー。やけに落ち着いてる」

ラナはリーティアの様子に不信感を持っているようだ。

「唯一生き残るのは、変化できるものである」

「……ダーウィン?」

「進化論ですよ。前向きに受け入れましょう? この不条理を」

「不条理!? てことは僕の――」

「兄さん……今は……黙ってて……」

重苦しい雰囲気を理解したのか、ユヤは喋るのを止めた。

「本当に不条理だらけね。日本は」

「そもそも世界は不条理で溢れています」

「もう。嫌だな」

「そうだな。これ以上何をしろと言うんだ……クソっ」

「……いつまでも留まる訳にはいかないわ。……行きましょ」

ヒナタが立ち上がり皆を先導していき、1人、また1人と病室を出ていく。

別れ際、「またね」とだけ残して出ていくユリとラナ、そしてユカ。

ヒナタとミーティアは何も言ってくれなかったが、それどころではないのだろう。

ああいう性格性質の人が醸し出す、話しかけるなオーラが凄まじかった。

そして残ったのはやはりユヤと……まさかのリーティアだった。

リーティアはユヤに対して何かを耳元で呟き、ユヤはその後すぐに「じゃあな相棒!!」と言い残して外へ出て行った。

邪魔者が消えたのか、彼女は上機嫌に俺のベットに堂々と座り、体を添えてきた。

「えへへ~ やっと二人きりになれましたね。布団の中、凄く暖かいですね~♪」

「あの……何してるの?」

「あなたを誘惑しようと思いまして……」

「本当は?」

「あなたと大事な話をしようと思いまして」

彼女はパーカーの袖から腕を脱ぎ、俺の首に回して抱きしめてきた。

がっしりと体を押し付けられ、パーカー越しでは感じ得ないであろう諸々の柔らかい

感触がダイレクトに伝わってくる。

だがそれは、病人に対する扱いではまるでなかった。

得物を絞め殺す蛇のように、俺の体を逃そうとはしなかった。

「何か私に、聞きたいことがあるんじゃありませんか?」

「…………」

「今、私はあなたの深層意識に話し掛けています」

「君が何を言いたいのか分からないよ」

「いいんですか? 私の気を損ねても。折角あなたの力の根源について、私が知っている事を教えてあげようと思ったのに……」

「え!?」

「その代わりといってはなのですが……私と契約を交わしては頂けませんか?」

「……俺を魔法少女にでもするつもりですか?」

「うふふふっ、本当に面白い人。益々好きになってしまいます……」

「……俺も好きですよ、姫様」

嘘だ。怖い。

「酷いですよぉ……私を怖いだなんてぇ……本当に、純粋に、好きなんですよ……?」

嘘だ。怖い。

「正直、俺の思考が読める君に対して、どう接すればいいのか分からないんだ」

「優しくしてくれれば良いと思いますよ?」

「意味が分からない」

「分かってるくせに」

一段と低い声で脅しにかかる彼女はまさに邪悪そのものだった。

思考を読まれていると分かった上での会話は、正直ムリゲーだ。

パスの出し先と蹴りだすタイミングがバレているのだから勝ち目はありはしない。

「俺をどうするつもりなの?」

「どうするっていう程、大それた事をするつもりはありません。あなたにとっては……むしろ、色んな意味でお得感満載かと」

「だから、俺をどうしたいんだよ」

「私に、あなたの心を下さい。私の事を憂い、慕い、守り、愛して下さい。そしてこの先、何が起ころうとも、私の事を第一に優先して行動して下さい。それだけです」

頭が真っ白になった。

彼女の真意がまるで読めなかった。

彼女は何と言った?

憂え? 

慕え?

守れ?

愛せ?

これから先何が起こっても?

……これは愛の告白なのか?

否、そうじゃないだろ。

俺は博愛主義者のお人好しかもしれないけれど、そうじゃないだろ。

彼女は俺を利用しようとしている、だが記憶の無い今の俺の何を利用しようというのか。

先程の役人からの呼び出しに対するミーティアとの反応の違いも気になる。

この子は何を知ってる? 大人達は何を知ってる? 俺は何を忘れている?

痛い……胸が痛いよ……リーティア……。

「……泣かないで下さい、ジュン君。あなたに泣かれると、私も悲しくなってしまいます。悪い子は……私1人で十分なんです」

「え……俺、別に泣いてないよ……?」

「心で泣いているんです。泣き声が、聞こえてしまうんです」

彼女は、最初にヒナタが病室に入ってきた時と同じように、俺の目を覗き込んだ。

眼は綺麗な翠玉色で、その奥には俺の大嫌いな未知が広がっていた。

「あんな事件に巻き込まれて、生き残ったはいいものの、自分が誰かも分からなくなってしまったあなた。自分の強さは俺じゃない別の誰かが築き上げたもので、周りからもその誰かを望まれて悲しい思いをしているあなた。そしてこれから始まる未知に絶望しているあなた。

全部全部、私には分かっていますよ……」

どうしようもない現実を容赦なく叩きつけ、その上から抱擁してくる彼女。

何もしてあげられない事を分かっていて、それでもあえて現実から目を背けさせないのは、彼女なりの優しさなのかもしれない。

その行動が計算して行われたものだったとしても、俺は彼女から逃れられそうになかった。

「私はあなたの力になりたいんです。あなたの理解者になりたいんです」

「……本当の目的は?」

「あなたの力が欲しいんです。その為に、あなたを独り占めにしたいんです。ジュン君」

彼女はすぐさまそう返答した。

真に優れた嘘つきは、嘘の中に真実を混ぜる。

これが彼女の真実か。

「俺の力が欲しいならあげるよ。俺は別に、望んで生まれてきた訳じゃないと思うからさ」

「人間みんなそうですよ? 親の身勝手による被害者なんです。でもそんなあなたと私だからこそ、お互いの心を曝け出して、真の意味で愛し合えると思うんです」

「君と愛し合ったら、俺はこの力から解放されるの? 普通の人間として生きていけるの?」

「どうでしょう? ヤってみないと分かりませんね。でも、それは望ましい事ではありません。その力は、これからの学園生活において必ず必要になるからです」

「学園生活?」

「学長が運営する中高一貫の私立校です。皆その学校を受験するんですよ。勿論あなたも」

初耳だ。いや、予感はしていたが、保護ってそういう意味なのね。

受験勉強とかどうしよう……。

いやそれよりも。

「学園で力が必要になるっていうのは、どういう意味なの?」

「殺し合いが始まるからです」

「……はい?」

彼女の返答スピードはどんどん速くなっていく。

「文字通り殺し合いです。私達を含めた36期生は、皆揃って新たな異能力に目覚めます。そしていずれ殺し合うんです。力を独り占めにする為に……」

「君は……一体何を言ってるの? それは予言なの?」

「正確に言うなら、既に確定した未来の話です。Ⅹデーは76日後ですよ」

「ちょ……ちょっと待ってよ。君はどうしてそんなことを知ってるの? 何でそんなに自信を持って言い切れるの? 何故それを俺に話すの?」

「……全部言わなきゃわからないんですか? 私の理解者なら真意を理解して下さい?」

彼女は俺の首元に甘噛みしながら、俺に真意を読み解かせようとする。

「不味い……何か薬品の匂いがしますね……」

クソっどうしてこんなことに……。

俺は何かとてつもなく恐ろしい事に巻き込まれているんじゃないか?

そんな気がしてならない。

「……分かった。君と仲良くなる努力をしよう。そうしたらもっと色々教えてくれるだろ?」

「はい! 私もあなたと仲良くしたいです!!」

「じゃあ教えてよ。俺の力の根源って何なの?」

「それは駄目ですよぉ。まだ契約は成立していませんし」

「えっ……」

「当然ですよ。契約は、あなたが退院して自由に動けるようになってからです。それに……」

「それに?」

「ネタバレは最後まで取っておくものですよ?」

そう彼女は口にした。

間違いなく、俺に関する重要な何かを握っている……

ここまで出し惜しみされて気付かない程、俺は馬鹿じゃない。

……黙って引き下がる訳にはいかない。

「この場で契約しないなら、今までの話は無かった事にしよう」

「別にいいですよ? あなたと契約できなくても私にデメリットはありませんから、どうぞご自由に。一生後悔することになりますけれどね」

彼女は死んだ眼でそう言った。

そうか……思考読めるのを忘れてた。

ストレートな脅迫文句は俺の心を無惨にへし折った。

「ごめんなさい。少し意地悪が過ぎましたね」

「君、性格悪いでしょ?」

「知ってるくせに確認を取るあたり、性格悪いですよ。ジュン君」

彼女は機嫌を取り戻したらしく、ニヤッとした笑みで俺の精神状態を平らに戻した。

「ひとまず、仮契約としてあだ名で呼び合ってみるというのは如何でしょうか?」

「いいね。ちなみに前の俺にはあだ名はあったの?」

「うーん。それらしい呼び名は無かったですね。いつも名前呼びでした」

「ならジュンのままがいいな。女の子みたいな名前だけど、俺の名前だもんな」

「確かに可愛らしい名前ですが、自意識過剰かもですよ? 私は気にしませんもの」

「じゃあ君のあだ名はどうしよう?」

「ユリやラナには、リーと、他にも親しい子からはリディと呼ばれますよ。前のあなたも私の事はリディと呼んでいましたから、継続で構いませんよ?」

「いや、何か別のがいいな。俺と君の間だけの呼び方がさ」

「おぉ~素でイケメン台詞が出てくるジュン君、マジカッコよすです♡」

外国人の愛称の付け方って何か基準があるのかな?

アイデンティティが無さ過ぎると親友感が伝わらないと思うし、かといって日本人のような音訓読みの切り替え程度のもじりではオリジナリティに欠けるとみえる。

んでも、俺自身が親しみを込めて呼ぶ名前なら何と呼んでも失礼には当たらないかな。

「じゃあ、今後は君の事は、〈リディア〉と呼ぼ――」

「っ!?」

俺が命名しようとした瞬間、急に俺を突き飛ばした彼女は、血の気が引けた様子だった。

「……どうしたの?」

「い……いえ、ちょっとびっくりしただけです。あの……さっきのは嘘なんです。以前のあなたもリディではなく、リディアと呼んでいたんです。なのでビックリしてしまって……」

なるほど。以前の人格の記憶が今の俺の意識に働きかけていると……。

だが……。

「けど、そんなに震える程ビックリする事? この呼び名ってそんなに重要なの――」

「重要に決まってるじゃないですか!!」

彼女は再び抱き着き、そして何故か泣いていた。

「今のあなたは覚えていないかもしれませんが……この呼び方は、私にとって最重要事項なんです。私が私であるために必要な事なんです」

そこまでこの呼び名に特別な意味があるとは今の俺には到底思えないのだが、俺の意見はリディアの眼から零れる涙が、その一切を否定してきた。

「これはあなたが付けてくれた名前なんです。私の為にあなたがプレゼントしてくれた唯一のものなんです。例え人格が変わって忘れてしまったとしても、私にとって大切であることには変わりないんです!!」

今まで俺の思考を先読みして、手玉に取っていた彼女とは思えない真剣な物言いだった。

「……昔の俺は、リディアとどんな関係だったの?」

「両想いの恋人同士……と言いたい所ですが、そこまで理想の関係性ではありませんでした」

「じゃあどんな関係?」

「不順で不誠実でどうしようもできない爛れた関係です」

「……俺達まだ小学生だよね?」

「はい。来年の4月から中学生ですね」

「……俺、君に対して酷い事をした?」

「はい。いっぱいシました」

「……リディアも、俺に対して酷い事をした?」

「はい。いっぱいシました」

リディアは2度目の返答だけは耳元で囁くという意味あり気な行動をとったのだが、俺の気はそんな細かい仕草で心理が読める程のメンタリストではないし、俺の精神状態はそれどころではなかった。

「俺達の関係って……その――」

「おっと、そこから先は禁忌に触れますよ。ですから別の言い方をしましょう」

リディアは俺との関係性をオブラートに包んでこう言った。

「お互いの事を良く知っているだけの、ただの他人……です♪」

どこか聞き覚えのある台詞。

だが、俺達二人の関係性を表す言葉の最適解を言い当てたと感じた。

俺はきっと、この子の事を知っている。

優しくて頭が良くて運動も出来て可愛くて……

だけど思考や感情が読めるから、普通の人間として扱われることはなかった少女。

自分の能力に絶対的な自信を持った事で、態度だけは尊大になってしまった少女。

心の裏を突こうとし過ぎて、人付き合いそのものが苦手になってしまった少女。

人間の悪感情に犯されて、壊れてしまった彼女のことを……。

甘噛みされた首筋から、何かが俺の記憶に混じって話しかけている……そんな気がした。

「……俺はこれから、どうすればいい?」

リディアは少し間を置いてから、俺に必要な事だけを言い聞かせてきた。

「一般に、〈黒衣の少年〉の呼称されている元あなたの技を受け継ぐんです。構えと動き、そしてイメージを完全なものにするのです。あなたは風神でも雷神ありませんから、最初から風や雷を操ろうだなんて思ってはいけませんよ。それは時間が解決してくれます」

「それが〈鬼気〉の力なのか」

「ハッキリとは断言できません。ただ、鬼神に数えられる存在の力を空想し具現化した事は、まず間違いないと思いますよ」

彼女はパーカーのポケットからハンカチを取り出し、涙を拭った。

「そろそろ同居人達の所に行かないと、怪しまれちゃいますね」

そう言って、俺の身を解放して、地面に足を付けて立ち上がった。

「色々と教えてくれてありがとう、リディア」

「仮契約したのですから、この程度は当り前ですわ」

気持ちを切り替えた様子でお嬢様口調に戻すその姿は、歳の割りにどこか気品を感じさせるものだった。

「でも、ジュンも隅に置けませんね」

「ん? 何の事?」

「え? 分かってないんですか?」

リディアは驚いた様子で俺を見つめる。

そう見つめられても、俺にも何を言われているか皆目見当がつかない。

「でも構いませんよ。私は寛容ですから、許してあげます」

「……俺は今、何を許されたの?」

「ふふっ、秘密です♪」

なるほど……少し彼女の事が分かってきた。

「では、私はもう行きますね。早く戻ってこられるように、陰ながら応援していますわ」

「ああ。1週間もせずに退院してみせるよ」

リディアは俺に微笑みかけてドアに手を掛けたが、その場で停止し、何やら思い詰めた様子で俺の元へ駆け寄ってきた。

「……状況が変わりました。私は行かなくても良さそうです」

「誰かの心を読んだの?」

「ええ、それより時間がありません。これから私は、ジュンに酷い事をします」

「えっ……」

「ごめんなさい。あなたを守る為なんです」

そう言って、彼女の赤く染まった眼は俺を覗き込んだ。

「ちょっと……これから何が始まるのかだけ聞いてもいい?」

「あなたを私の僕になる魅了状態……〈邪気の使徒〉にします。そうすれば、私はジュンの見聞きしている情報を得ることができ、さらに目を通じて〈邪気〉の力を使うことができます。要は、遠隔操作可能な自分の分身をジュンの精神に送り込むんです」

「それって俺の体を憑代に寄生するって事? 大丈夫? 体乗っ取られたりしないよね?」

「効果は持って一週間程度です。その間、ジュンにどんな手が及ぶか、正直見当が付きません。ただ、ジュンの人としての尊厳が脅かされる何かが始まります。今はこれが唯一の連絡手段となります。これで説明は足りますか?」

「大雑把には、リディアといつでも会話できる状態になるって事だね。了解したよ」

「では……始めますよ」

リディアの眼光が俺の眼球を飲み込んだ。

目が焼けるようだ~とか、脳にウイルスが侵入しただとか、そういった感覚的変化は感じられず、俺と彼女の距離が異様に近い状態が約30秒程続いた。

「……完了です。ジュンの視点から私の姿が見えます。成功ですよ」

成功ですって、失敗することもあるんですか?

「そうですね……過去には失敗して、自我が崩壊したクラスメイトのバカな男達はいました。そういう輩は大抵、私に対してただならぬ下心があったようですから、私を形作るこの能力自体に嫌われて拒絶反応を起こしたのでしょう」

マジかよ……俺も一歩間違ったら同じ目に――

「私に下心を持ってくれるんですか? 凄く嬉しいです♪」

「……それ、本心で言ってるの? 俺をおちょくって楽しんでるだけじゃない?」

「本当に酷い人。そんなに意地悪するなら、一週間の間、ずっと頭の中で囁き続けますよ?

好き好き大好き~って連呼しながら延々と淫らな喘ぎ声を聞かせて寝かせてあげませんよ?」

「冗談でも止めてくれ!!」

マズイ、本気でやりかねない……。

俺の貞操を守る為に、何としてでも阻止しなければ。

「そんな悠長な事を考えていられるのは今の内だけですよ?」

「嫌だ!! いや、嫌じゃないけど、ダメだろ!!」

「ジュンがどう思おうと自由です。だけど世界は私達に優しくはありませんよ。では私はこれで……」

彼女はそう言って、そそくさと病室を後にした。

の、だが……。

『……その時が来たら、私を最初に選んでくださいね?』

「っ!?」

脳内に直接話しかけてきた。

なんて心臓に悪い能力だ!!

『私は、最強じゃない君が好き……なんですから♡』



リーティアがいない中、勿論ユヤにも席を外させたが、法務省の女は会議室で私達にとんでもない契約を持ち掛けてきた。

その内容は、人間の尊厳にまで関わる悍ましい内容だった。

その宣告に対して、私とミーティア、そしてユカは猛反発した。

当然でしょう?

彼を……彼をそんな風に扱うなんて、とても出来ないと思ったから。

リーティアが席を外した理由が今やっと理解できた。

あいつは抜け駆けをした。

こうなると事前に察知して、速攻を仕掛けたのよ。

契約の内容自体はとても乗り気にはなれない……。

けど、成功例となった個体が存在する以上、国はそれを強要してくるでしょう。

それに、あの子に先を越されるのは私の気が収まらない。

これは何の欲なの?

独占欲?

承認欲求?

自己顕示欲?

はたまた彼への愛欲なの?

分からない。

ただ一つ言えることがあるとすれば、私は決定的に最低で最悪で劣悪な利己主義者……。

自分大好き人間だという事だった。

こうして考えている間にも、彼を利用して自身の立場をより盤石なものにしようと画策しているもう一人の自分がいる……。

あぁ、私は今の彼の事などもはやどうでもいい筈なのに。

彼は彼であって彼じゃないのに。

テセウスでシュレディンガーな不確実な存在なのに……。

存在の半分或いはそれ以上が死にかけているのに……。

どうしてその彼を心の底から嫌いになれないのか……。

私はこんなにも未練がましい女だったのか……。

……だが、ユリとラナの反応はその180度逆のものだった。

彼女達の家の事情は良く知っているし、複雑な心持ちであったことも分かっている。

そして何より彼女達は、自らそれを望んでいる様子だった。

そして彼女等はこう宣言した。

『彼は私達が取り戻す』、と。

正直、何も言い返せなかった。

いや、言い返しはしたのよ。

『好きにすればいいじゃない』、と。

やってしまった。

またやってしまった。

また意味もなく悪態を付いてしまった。

心にも無いことを平気で本心のように言ってしまった。

呼吸するように嘘を吐いてしまった。

きっと、私の前世はベリアルか何かなのだろう。

そう後悔して会議室を出た後、リーティアが何事もなかったかのように戻ってきた。

やはり話の内容は全て読み取っていたらしい。

契約内容が記載された書類一式を受け取った後、皆でお義父様の運転する車で寮へ帰った。

その道中、六本木のケーキ屋に寄ったり、ユヤとユカ、そして金髪姉妹の希望でスクエニショップに寄ったりしながら帰った。

私はどれも気乗りせず、車の中で待っていた。

ショップに立ち寄った際にはユリとラナ、そしてお義父も一緒だった。

その時お義父は妙な事を言っていて、3日経った今でもその内容は頭から離れない……

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