一章 悪鬼の目覚め 4
あんなに暗く悲しそうな眼で、何を見ているのだろう。
その隠しきれない殺気を抱え込んだ眼は、何を見てきたのだろう。
俺の目は彼女にとって、そんなに面白い光景が映っているのだろうか。
薄れゆく意識の中で、そんなことを思っていたのだが……
何故だろう、死にきれない。
眠りに落ちるように……水底に沈むような感覚で意識が遠退いたかと思えば、その奥底の水死体にはまだ意識が残っていて、水上の様子がハッキリと見えるのだ。
赤眼の少女が俺に向かって何か喋っている。
その眼には涙が浮かび、それが顔を伝っているのが見えた。
少女の眼は赤色から元の綺麗な紫陽花色に戻り、俺に……泣き縋っている?
麻酔を打たれた手術中の患者の如く、感覚が無い筈なのに触れられている事だけはハッキリと分かった。
そしてまた彼女に覗き込まれるように見つめられ、眼からは涙が零れ落ち……
俺の目に差さった。
「――がはっ!?」
俺の水死体は水底から引き揚げられ、司法解剖などの然るべき処置をすっ飛ばして現世に舞い戻った。
「おっと」
彼女は俺がベットから跳ね起きるのをギリギリの所でかわし、ライオンが座っていたパイプ椅子に腰掛けた。
「殺された腹いせに無意識攻撃を加えるのは止めてくれるかしら。私はあなたの存在を認めたわけではないのだけれど」
不機嫌そうに足を組み、こちらを睨みつけてくる。
ってか、こいつ今「殺された」って言ったよな?
やはり先程まで俺は死んでたらしい。
だがだとしたら、こいつの態度の変わり様は何なんだ?
俺に縋り付き泣いていた時と違い過ぎる。
……まるで別人じゃないか。
色々と知りたいことはあるんだが、どうしたものかな、話を聞いてくれるような雰囲気じゃない。
俺の知り合いなら、もう少しフレンドリーに接して欲しいのが本音だ。
「えっと、初めまして。また会えて嬉し――」
「気安く話しかけないでくれるかしら。他人の分際で」
話を遮りやがった!!
こっちから名乗ろうと挨拶しようとしたのに酷過ぎる!!
あ、でもよく考えたら自分の名前も分からないのに名乗ろうなんて何考えてんだ、俺。
ジュンって彼女はそう呼んだけど、なんか女の子の名前みたいでかっこ悪いな。
加えて純粋に傷つく言い回しなんだよなぁ……この子。
「……君がもし本当に他人ならさ、何でその他人の病室で足組みして座ってるの?」
「誰が喋って良いと言ったの? 他人の分際で」
他人を強調しなくていいんだよ、他人さん。
どうしよう、このままだと俺の物語が何も進展しないぞ。
何とかしてこの状況を打破しなければ……。
「君は一体――」
「あなた」
またもや話を遮られてしまった。
「何故私に殺意を向けないの?」
「……はい?」
「記憶が無いといっても、知識や自身の置かれた状況は断片的に理解し始めているのでしょう? 何故あなたを殺した私に対して殺意を持って返さないの? 生き返った後もあなたに対して悪態をついているというのに、あなたのその態度は何なの? 普通の人間なら何らかの悪感情を抱くはずなのだけれど?」
「そうは言われても、現に今生きてるからな……。それに悪態なんていっても俺には何が何だかって感じだし、その程度で殺意を抱くだなんて大げさにも程があるよ。第一、どうして俺が君に対して殺意を抱くことがそんなに重要なのさ?」
俺の返答に対して少女はため息をついてこう言った。
「もういいわ」
彼女はそっぽ向いてしまった。
いや何も良くはないんだけど。
質問に答えただけなのに、こう拒絶反応を示されてしまうととても悲しい気持ちになる。
しばらく病室にはテレビの音声だけが反響していたが、絶賛ブルーな俺の気持ち的にはもうニュースの事などどうでもよくなってしまっていた。
俺がテレビの電源を消そうと手を伸ばそうと思った瞬間、それを予知していたかのように「耳障りね。この雑音」といって彼女にリモコンごと持っていかれ電源を切られてしまった。
そして恐ろしいほどの静寂が2人を包んだ。
もはや彼女と会話する気力も失せてしまった。
結局俺が何者で、彼女が誰なのかも分からず仕舞いだ。
彼女の顔色を伺うが、どうやら俺に対する一切の興味を失っているようで、ただひたすらに虚ろな目をしていた。
一瞬、あの磔の少女と似た雰囲気を感じて取ってしまった。
映像の中の少女は瞳の色こそ暗くてハッキリとは分からなかったが、長い髪やパーカー姿などの部分的特徴は酷似していると言っていい。
その上、磔の少女が〈奴〉を凌ぐ強さの持ち主ならば、今目の前にいる彼女が先程見せた赤い瞳の力がそれに当たるのではないか?
まさか、いやまさか、この子が本当にあの少女なのか?
いや、断定するには勇み足が過ぎるかもしれない……。
そうこう考えている内に、再び誰かに見られている感覚に襲われた。
今度は複数、幽かに喋り声も聞こえる。
気配を隠す気は元より無い、という感じだった。
俺は病室のドアの隙間から顔を出していた少年に向けて俺は声をかけてみることにした。
「そこにいらっしゃる方、良ければお入り下さ――」
「やばっ」
いや、隠れる気なかったじゃんか。
少年は顔を引っ込めてしまったが、扉が開けっ放しだったため外の会話は筒抜けだった。
「兄さん、やっぱりその格好はやめた方が良いんじゃ――」
「てか普通に元気そうなんだけど!! あいつ重症じゃなかったの!?」
「まさか本気で死ぬとでも思ってたの? あんたみたいな貧弱と違って、ジュンは強さに限って言えば私達の中でも最強クラスだったのよ? 性格は最悪だったけどね」
「彼のこと知ってるの?」
「ま、まぁそれなりに」
「へぇ……」
「まぁ彼の性格云々は置いておいて、生きているのなら良かった。礼もできずに死なれては困るからな」
「右に同じ。借りは必ず返す。いつか必ず肉体的に」
「ちょっと待て。彼に手を出すつもりじゃないだろうな?」
「そうよ新入り。彼は私の……あ違った。私達の共有財産なんだから、勝手に手を出したら戦争が起きるわよ」
「まさかと思うけど彼と……」
「へ!? あ、いや、そういうのじゃなくて――」
「大丈夫。怪我はさせない。それともお礼は精神的なほうがいい?」
「……とりあえず中に入らないか」
「「……とりあえず中に入りませんか」」
その呆れ声を皮切りに病室の扉が開かれ、続々と少女達が、1人サンタの格好をした少年も交じっていたが、全部合わせて6人も押し入り、あっという間に俺のベットを取り囲んだ。
何事かと思われたが、別に彼女達は俺の息の根を止めに来た殺し屋ではなかった。
「「「「「「ジュン、回復おめでとう!!」」」」」」
一斉にクラッカーを鳴らす少女達。
うるせえよ。ここ病室だぞ。
てかお前等誰なんだよ?
「げ、元気そうで何よりだわ。ジュン」
俺の右側から声を掛けてきたのは、ピンクのパーカーを羽織ったブロンド髪サイドテールの少女だった。如何にも高貴なお嬢様という感じの美人さんだ。
口調がツンデレなのが気になるが。
どうやらこのお嬢様も俺の知り合いらしい。未だにそっぽ向いてる彼女よりも話ができそうだ。
「ありがとうございます」
一応社交辞令で挨拶をしておく。
てかマジで綺麗な人だな。
ナチュラルなブロンド髪も初めて見た。
一体どこの国のお姫様だってレベルだ。
年上でもなければ年下でもないって感じだけど、美少女というよりは美人って言葉を使った方が適切かもしれない。
そんな美人さんは目の色を変え、首を傾げてこう言った。
「……何言ってんの、あんた?」
あれ、どこかの他人さんと似た何かを感じる……。
俺、別に失礼な事は言ってなかったよね?
それともこの子なりにツンデレの新境地を開拓しようとしているの?
そんな俺の危険予知は見事的中し、彼女の翠玉色の煌めく瞳は一瞬の内に赤く染まる。
やばい、また殺される。
命の危険を感じた俺は咄嗟に左手で自身の目を覆う。
「やめて」
「っつ!!」
急に左隣から冷たい制止の声が聞こえたかと思えば、バチッと何かが弾けるような音がした。
「何すんのよあんた」
低く怒りの籠った声が聞こえる。
「あなたこそ、病み上がりの人に何をしているの」
んん? 1人2役で喋ってるわけじゃないよな?
同じ声が聞こえるんだけど……。
「もう大丈夫ですよ。目を開けて下さい」
美人さんと似た……いや、声色だけはだいぶ優しい、そんな呼び声に導かれるように、俺は視界を開いた。
「ごめんなさい。怖い思いをさせてしまいましたね」
俺の左側から声を掛けてきたのは、さっきの美人さんと瓜二つの髪色と顔立ちをした、お揃いのピンクパーカーを羽織った美女……いや、少し幼く見えるから美少女、だった。
どうやら俺を赤い眼光から守ってくれたようだ。
確認のために右を向いてみると、やはり先程のツンデレさんが気を悪くしているのが見える。
まるで俗物でも見るかのような目だ。
「そっちは気にしなくていいですよ」
俺の視界は再び左側に移る。
「一応私の双子の姉という設定になっています。ご迷惑をお掛けしましたことを、お詫び申し上げますわ」
「いえ、こちらこそ助けて頂きありがとうございます」
やっぱり双子だったか。どうりでそっくりなわけだ。一卵性かな?
よく見るとお姉さんの方が一回り身長が大きく、髪の結び目も右と左で逆だ。
二卵性の双子は片方の身長が極端に低く育つことがあるというが、この子達は単純な個体差のようだ。
よし、優しくて言葉使いが綺麗な左結びの妹ちゃんの方だけ記憶しておこう。
「おいジュン、姫達に見惚れる気持ちは大いに理解できるが、大親友であるこの俺を無視するとは感心しないぞ!!」
今度は少女たちの蒼一点、サンタ服の少年が右腕に飛びついてくる。
痛い……。
点滴が刺さっているのに空気を読まない奴だな。それとも性格悪いのか?
「兄さん、止めてあげて。それと暑苦しい」
オレンジ色のパーカーを被ったショートヘアーの少女がそう答える。
こいつらもそっくりな顔をしてるな。
双子で間違いない。異論は認めん。
ってかこのミニサンタ、俺の手を掴んで離そうとしないんだけど。
この世の笑顔を全て詰め込んだみたいなニコニコ顔で嬉しそうにしてやがる。
……なんか気持ち悪いな。
「今、こいつの顔を気持ち悪いなと思いましたね(笑)」
えっ……金髪妹ちゃんに心読まれたんだけど。
サンタ少年はショックの色を隠せずにこちらを見ている。
その目には薄っすらと涙が光っていた。
ここでごまかしても後々良い事ないだろうし、妹ちゃんに同意しておこう。
「何こいつ、と思いました」
「おいぃぃぃ!! お前……それが十年来の旧友に対する狼藉かぁぁぁ!!」
案の定のキレ具合。ミニサンタは俺に怒号を飛ばし、飛び掛かってくる。
まずい。この事態は想定していなかった。
俺、病人だよ?
助けて、妹ちゃん!!
そう思ったその瞬間……
ドスッッッッ!!
「がはっ!?」
右横腹を抉るようにして、何かがミニサンタを吹き飛ばした。
その体は宙を浮き、俺が寝ているベットの背の壁に激突して落ちた。
壁とベットの間に隙間があったお陰で俺に直撃することは無かったが、約2メートル程の高さから床に落ちたミニサンタは、そのまま気を失ってしまった。
「危なかったな。ジュン君」
「危なかった。割と。マジで」
息ぴったりに声が交差する。
その声の主達は、お互いに純白の白パーカーを纏い、左側に立つポニーテールの少女は右拳を、その右隣りに立つ眼鏡ロング髪の少女は左拳で空に向かって正拳突きを放っていた。
やだめっちゃカッコいいんですけど!!
立ち姿最高!!
土日の朝やってるような魔法少女ものアニメのツインヒロインみたい!!
あとやはりというべきか可愛い!!
顔立ちもさることながら、かなり筋肉質で引き締まったスタイルをしている。
先程の正拳突きといい、立ち姿もとても様になっている。
どちらとも武道の心得がありそうだ。
「あーあ。だから言ったのに、ほんとバカだなぁ兄さんは」
そう言って、倒れた兄の元へ足を運ぶショートちゃん。
しかし、俺の視線は二人のカッコいい少女に向けて固定されていた。
「大丈夫。あなたに怪我はさせない。加減した」
無機質な機械みたいに単語を並べて歩み寄る眼鏡ちゃん。
歩く度に胸のあたりに影が落ちるほど、スタイルがいい。
どうしても気になってしまうのは男だから、という全てが許されてしまう自己完結型の言い訳を頭に思い浮かべつつ、俺はその人に一礼する。
「すまない。また君を危険な目に遭わせてしまったな。まぁ他の子達のを見て慣れてしまっただろうから、これ以上驚くこともないよな」
同じく俺に近づくポニテちゃん。
男勝りな口調とは裏腹に、揺れる髪が可愛らしい。
さらに、眼鏡ちゃんに負けず劣らずのスタイルの良さ。
そしていい匂いがする!! 何かの香水の匂いかな?
「ジュン……私のことは分かるか?」
「ジュン……私の事。分かる?」
この子達も似てるなぁ……。
揃ってほぼ同じ事を俺に聞いてきた。
わかるかと聞かれると、そりゃあ勿論分からない。
だって自分が誰かも分かってないんだもん。
ジュンだなんて呼ばれても、違和感でしかない。
こんな可愛い子達に迫られても、期待に沿える正答は持ち合わせていない……。
「ごめんなさ――」
「そいつ、冒険の書が消えてるわよ」
不意に殺気が立ち込めた。
俺の声はかき消され、皆の視線は一瞬にしてその方向に向いた。
来客の訪れですっかり忘れていたが、その前に来ていた他人の存在を完全に忘れていた。
「正確に言えば、プレイヤーも変わってるわよ」
いつの間にか部屋の隅に移動し、もたれ掛かってゲームで遊んでんだ……。
「へぇ……居たんだ、あんた。全く気付かなかったわ……」
ツンデレさんの眼が再び赤く染まり、他人に向けられた。
それに対抗するかのように、他人も紫陽花色の瞳を赤く変えてひと睨みする。
部屋の勇気が一変したのを感じ取った。
「ねぇ……これってヤバいんじゃ……」
ショートちゃんの危惧は予想通りというか予定調和というか、その通りの未来に確定した。
「どの面下げてこいつに会いに来たのよ!!」
「黙りなさいよ」
2つの赤い眼光は、まるで稲妻のように具現化してぶつかり合い、病室を飲み込んだ。
「――っ!!」
妹ちゃんもまた、その瞳を赤くして2人の方向を向く。
まさかこの子も参戦するつもりじゃないよな!?
「まずいな……このままだと我々も巻き込まれるぞ」
「まずい。このままだとジュンがまずい」
「「かくなる上は……」」
眼鏡ちゃん達が俺を庇うように壁に立ち、拳を構える。
本気でどうしよう!?
お前等全員俺の知り合いあるいは友人って感じの雰囲気出してたじゃないか。
これじゃ仲が悪いってレベルじゃねぇぞ。
いきなりの最終局面、ガチの殺し合いじゃないか!!
どうしたらいい?
どうすれば2人を止められる?
ベットの上の病み上がりに何ができる?
考えろ。
俺には無駄に知識があるじゃないか。
訳の分からない眼力パワーに対抗する方法が何かあるはずだ。
内なる自分と対話しろ。
そして智謀を巡らせろ……。
……あぁ……そうか……友達の友達は他人ってか……。
……そうかそうか、よく分かったよ他人共……。
……今の俺から見たら全員他人なのを忘れてたよ……。
……他人の……俺の病室で喚くな……。
「「……黙れ、雑音」」
内なる声に導かれるように〈あいつ〉の技を思い浮かべて俺は左手を掲げる。
それに呼応するように、テレビ台に置かれた黒傘は弧を描きながら左手に吸い込まれた。
瞬間、自身の周囲を円形に、内と外で大気の流れが一瞬の内に切り替わるのを感じた。
嵐は外、凪は内。
思い起こすは風の天災。
狙いは赤雷の交差点……
そして得物を手にした左手は再び天を突き、時間の流れに逆らって、勢いよく薙ぎ払った。
「「テンペスト!!」」
大気を切り裂き剣が唸る。
斬撃の軌跡は確かな実体として風に乗り、狙い通りに一閃する。
衝撃音が駆け抜け、少女達の眼光は荒れ狂う気流の中へ一瞬にして霧散した。
その光景を目の当たりにした彼女達は目の色を元に変え、睨み合いを止めた。
病室は元の静けさを取り戻し、その視線は俺一点に集まって……。
…………?
誰かが俺を揺り動かしている。
誰かが俺を呼び起こしている。
あれ……なんだかおかしいな……。
みんな……俺じゃない誰かを見ている……。
どうしよう……意識が混在してるみたいだ……。
このままだと……俺じゃない誰かに……乗っ取られる……死ぬ……。
そう思った次の瞬間、
「戻ってきなさい!! ジュン!!」
その叫び声で、俺じゃない誰かの意識は吹き飛び、俺の意識だけが再び現世に舞い戻った。
「がはっ!?」
急な目覚めと重力の負荷で変な声が出てしまった。
そして走り込みの後のような……後半15分の息遣いにまで疲弊した体が、ひたすら酸素を求めていた。
「はぁはぁはぁ……」
息が重い。体が重い。
「良かった……無事戻ってこられましたね」
妹ちゃんの声が近くに聞こえた……。
っていうか近っ!?
目の前には妹ちゃんが俺に馬乗りになって赤い眼光を向ける光景が広がっていた。
急な重力感はこの子の……いや、それ程重くはなかった。
いやむしろ軽すぎるくらいだ。
無意識だったから分からなかっただけなんだ、許してくれ妹ちゃん!!
「そのくらいのことで怒ったりはしませんわ。とにかく無事で良かった……」
「ええっ!?」
っと思わず驚きの声を漏らしてしまう。
心を読まれるどころか、それに対する返答が返ってきたとあっては驚かざるを得ない。
先程のミニサンタの様相に対する主観的質問もとい、パーナム効果のような心理現象の類とはまるで次元が違う。
でももし本当に心が読めるのなら……。
……いまいち状況が呑み込めていないのですが、また助けて頂いたみたいで、本当にありがと――。
「びっくりしました……急に別人になったように傘を振るうんですもの。あ、傘は立て掛けてあります」
えぇ……心読んでくれなかった……。
この思いが通じるならそれは運命とでも言いたい所だが、男の自己完結的な好意など、ただ虚(むな)しいだけである。
ちょっぴり傷ついたなぁ……。
それより気になったことが。
今この子は〈別人になったように〉と、そう言った。
幾許かの自覚もあるから間違いない。
あの技を放った瞬間、俺は確かに別人だった……。
「あなた、元に戻ったの?」
「あんた、元に戻ったの?」
さっきまで殺し合いをしてた2人が詰め寄って来る。
「「私に被せないでくれるかしら?」」
睨み合いを止めるつもりは無いらしく、目元で電撃がバチバチ弾けてるのが見える
「ていうか、あんたはいつまでそいつの上に乗ってんのよ。退きなさいよ」
「あら、私としたことがうっかりでしたわ」
そう答えた妹ちゃんは俺の上から身を退(ど)ける。
一瞬、彼女が赤い左眼でウインクしてくれたように見えたが、そんなことないよな。
姉とは似ても似つかない綺麗な言葉使いだけど、俺を叩き起こした時のあの口調はやはり双子なんだなと感じさせるものがあった。
「人の質問に答えなさい。あなたは元に戻ったの?」
最初に来た他人が、他人らしからぬ事を問いかけてきた。
「戻ったも何も、ジュンはジュンだよヒナ。この通りピンピンしてんじゃん」
俺が答える前にミニサンタがベットの下から顔を出して答えた。
お前居たのね……。
「あなたには何も聞いてないわ。軽々しく、しかも間違った名前で呼ばないで」
「おおっと」
赤い瞳がミニサンタを狙って向けられるが、再びベットの下に身を隠して難を逃れる。
「あなたに聞いているのよ、他人。あなたは元に戻ったの?」
赤い眼光が消え、視線が俺の目に戻ってくる。
俺への認識はあなたなのか他人なのかハッキリしないなこの他人。
「他人のあんたに答える筋合いはない……とのことですよ(笑)」
まずい、妹ちゃんにまた心の声が漏れてしまった
「そうね。他人に対して気兼ねなく質問するような内容ではなかったわ。ごめんなさいね、存在の照明という純哲学的な質問に対する答えがあなたのような頭悪そうな他人から得られる訳ないって始めから分かってたのに、それでも答えてくれると期待して聞いてしまったのは私の一生の不覚だったわ。二度と聞かないようにするわ。ごめんなさいね」
どうしよう。さらに嫌われてしまった様子……。
まあいいや。願ったり叶ったりだ。
大体何様のつもりだよ。
自分のことすらまともに把握できてないのに、お前等のことなんざ知らねえよ……。
「あなたのことは知らないみたいですよ」
やめて妹ちゃん!! 油に水を注がないで!!
あと他人の事だけ知らないみたいに言うのは何か裏があるんですか?
「頼まれてもいないのに勝手に他人の心を読むあたり、性格悪いわよ。あなた」
「だって本当の事ですもの。ついでに言うと、私達のことも分かってないみたいですわ」
案の定裏はなかったが、嫌味を言われても軽く受け流してしまうのは驚きだ。
あのツンデレ姉さんの血筋だから、てっきり女同士の陰険バトルが始まるものとばかり思ったのだが。
「おいジュン!! お前やっぱり記憶ぶっ飛んでたのか!? いやまあ何となくそんな感じはしてたんだけどさ……」
嘘つけ。お前怒って俺に飛び掛かろうとしただろうが。
「兄さん、いちいちうるさい」
ショートちゃんが兄にツッコみを入れる。
この子達は意外と仲良さそうだな。見ていて和む。
「そんなことより、先程彼が放ったあれは〈風刃〉ではないのか?」
「断言。間違いない。凄過ぎる!!」
今度はポニテと眼鏡ちゃんまで、羨望(せんぼう)の眼差しを向けながら迫って来る。
何か物騒なことを言っているが、何なんだ〈風刃〉って……。
「そんなことよりじゃないわよ。記憶が無いって、そっちの方が問題じゃない!!」
ツンデレ姉が、思い出したように血相を変えて俺を覗き込んできた。
何でこいつらは異様に距離が近いのかな……。
「そうだよ!! 姉(あね)姫(ひめ)様(さま)の言う通りだよ!! こいつの記憶が無いなんて大問題じゃないか!!」
また出てきやがったこいつ。
ブロンド姉妹に分かりやすく惚(れてんな。
「ていうか兄さん。もう一つ問題が……」
ショートちゃんが引きつった困り顔で語り始める。
「関係者以外面会謝絶じゃなかったっけ?」
その言葉に静まり返る少年少女達。少年は1人だけだが。
「ちょっと待て。面会謝絶って、俺に対してじゃないよね?」
…………。
いや誰か喋れよ!!
折角頭悪そうに見られてる俺が気を効かせて静寂からの解放者になろうとしたのに!!
この状況での沈黙は気まずいにも程がある。
「なあ、ジュン。本当に、俺の事が分からないのか? ずっと一緒にサッカーやってきたじゃないか」
ミニサンタが涙目で訴えてくる。
どうしたらそんなに汚れを知らない目のまま育つことができるんだ……。
彼と彼女たちの事は全く思い出せないのだが、ミニサンタが1つだけ思い出させてくれたことがある。
すっかり忘れていたが、今日は12月25日、クリスマスなのだ。
そして訳の分からない他人達の介入で忘れかけていたが、今重要なのはあの事件だ。
こんなめでたい日の前日にあんな事件を起こすなんて何をしているのだ。
子供なら大人しく家でケェンタッキーのフライドチキンに舌鼓してろよ。
いつも以上に脂っこいものを沢山食べた後のクリスマスケーキで胸やけした夜の思い出を胸に刻んで大人になっていけよ。
そして大人になったら彼氏彼女で豪華なディナーに行くとか、ディザスターランドにデートしに行くとか、おうちで一晩中イチャイチャするとか……まぁ妄想だけで色々はかどっちゃいそう……。
ともかく、クリスマスの過ごし方というものがテンプレート化されつつあるこの世界で、あえて小学生が人質を取って事件を起こすだなんて頭のネジが外れているどころの騒ぎではなく、冷静なって考えてみれば可笑し過ぎる。
そして可笑しい事がもう一つ。
俺だ。
俺は何だ?
俺は誰だ?
俺という存在は何者なのだ?
無駄に知識はあるのに、記憶だけが無い。
この場にいる知り合い或いは友人もしくは赤の他人達の事も……
思い出せないのではない。そもそも思い出すべき記憶が無いのだ。
そう感じてしまうのだ……
そして、ライオンが言っていた、俺にとってショックな何かがあの事件にあるとするならば、俺はあの事件の登場人物の内の誰かということになる。
死亡したいじめっ子っ達は除外するとして……
手元にある物とニュースの映像を照らし合わせて答えを導き出す。
そして一つの結論に至った。
黒傘だ。
〈あいつ〉が持っていた黒傘と、今この病室に存在する黒い傘は完全なる同位体だ。
何のデザインの工夫もないシンプルな黒傘だが、手元はかなり擦れており、頻繁に使用されたものだと分かる。
映像の〈あいつ〉は、黒傘を片手剣のように振るっていたから、擦れていても不思議はない。
俺の正体が〈あいつ〉で、黒傘を武器として使用していたとするならば、最初に見た時、そして映像を見た時に、〈刀身の長い黒い傘〉だなんて中二病染みた感想は抱かなかったはずだ。
そして先程俺が放ったあの技は……俺の正体が〈あいつ〉でなければ使えなかったはずだ。
だが俺が〈あいつ〉だとすると疑問も出てくる。
病院に運ばれる理由が思いつかないからだ。
あのまま家に帰り、クリスマスケーキを味わって食べていたのならこんなことにはならなかったはずだ。
せいぜい、今頃は県警の事情聴取を受けている頃だろう。
……やはり、あの映像には続きがある。
そうこう考えている内に、ライオンが面接の合否発表に戻ってきた。
「おや、みんな彼の見舞いに来てくれたのかね?」
「うん! ジュンが復活したって聞いたから、居ても経ってもいられずに来ちゃった!!」
ミニサンタは泣くのを止め、満開の笑顔でそう答えた。
「ちょっとちょっとちょっと!! 何勝手に入ってきてるんだ君たちは!! 面会謝絶な上に、このフロアは関係者以外入れないようにしてあったでしょう!!」
ライオンの後ろから担当医師と思われる人が怒りながら入ってきた。
かと思えば、スーツに眼鏡をかけた女性やガタイの良い強面の長身男性が1人、同じくガタイのいいスキンヘッドの警察官と、その部下と思われるイケメン警官、最後にもう一人頼りなさそうな医者のお兄さんが次々と入ってきた。
「これは……学長の予想通りというか、本当に隠し事はできませんでしたね」
「警備の者を洗脳したんだろう。恐ろしいまでの力ですな」
「洗脳なんてしなくても、パパの名前を出したらすんなり入れてもらえたわ」
黒髪の他人少女がそう言った。
こいつ権力者の令嬢だったのか。
「先生の名前を使おうがダメなものはダメなの!!」
医師の男性は厳しい口調で子供達を叱りつけるが、大してダメージを与えられていないどころか聞いてもいないようだった。
「院長、どの道この子達にも話さなくてはならないだろうから、今回は不問にしてはもらえないかなぁ?」
「とは言いましても……」
「お邪魔になるかとも思いましたが、我々もある意味関係者ですし、むしろ良かったですわよね」
ツンデレ姉も同調して答えた。こいつ、口調を使い分けてやがる。
「わかりました。今回は事情が事情ですし、大目に見ましょうか」
「ふふっ。叔父様も先生方も、お元気そうで何よりですわ」
「うん。メリークリスマスだね。今年はクリスマス会を開けるような状態ではなくなってしまったが、せめてものお祝いに後でケーキを送らせてもらうよ」
「やったぜ!! ありがとう、ライオン!!」
妹ちゃんに続いてミニサンタも答える。
ライオン呼びって公式だったのね。
「時雨の娘さん方も来てくれて嬉しいよ」
「ご無沙汰しております。叔父様。この度の事件で、彼には大きな借りができてしまいましたので、私が家を代表して挨拶に来たのです」
「右に同じ。加えて彼の強さに興味が湧きました。なので一緒にお見舞いに来た次第です」
ポニテちゃんと眼鏡ちゃんもライオンとは知り合いみたいだ。
ていうか、ポニテちゃん家に借りを作った覚えなんて全く無い……。
あれ、でも時雨って名前はどっかで聞いたような……。
「先生、ジュンの容態はどうですか? 問題ありまくりだったりしませんか?」
ショートちゃんがミニサンタの背中に隠れて聞く。
「ああ、その件なんですがね……どこから話せばよいのやら……」
医師は歯切れ悪く、話すことを躊躇しているように思えた。
ライオン他、大人達もまた口を噤んでしまった。
えっ、俺って何かヤバい病気なの?
子供達も顔に不安を浮かべて黙り込んでしまった。
おい、どうすんだよ。
感動の再会みたいな泣けるシチュエーションが一変して余命宣告前の癌患者とその親族みたいな感じになってるんですけど。
え、嘘だよね……嘘って言ってよライオン!!
「「とりあえず、自己紹介と状況説明から始めるべきかと……」」
救世主キタァァァ!!
不安に包まれたこの重苦しい空気を換気してくれたのは、イケメン警官と頼りなさそうだった医師のお兄さんだった。
ごめんなさい!! もう二度と、人を見た目で判断するような失礼な真似はしません!!
「そうだった!! 目覚めた時、あえて彼には何も聞かせないでいたが、説明を始める前にその必要があったよねぇ。すっかり忘れていたよぉ!!」
やっとかライオン。一番最初にその必要があったと思うんだけど……。
これでまともな説明を受けられるのか。
「「俺等、気が合いますね!」」
若手の2人は肩を組んで意気投合してるし。
警察官と医師って相性いいのかな?
「政府のお偉い様に警察の方まで、みんな彼のお客様なの? パパ」
他人少女はライオンの方を向いてそう言った。
え、パパってライオンの事なの?
どうしよう!! 娘に悪態付いたことがバレてしまう!!
「え~とだねぇ。そのことに関しても、ある程度の説明が必要だよねぇ。あぁ若い2人、廊下にある椅子を人数分持ってきてくれるかね」
「「はい!! 只今!!」」
イケメン警官と頼りになる医師のお兄さん達をパシリに使うライオン。
10秒もしない内に人数分のパイプ椅子が用意され、彼等と子供達はゆっくり腰掛けた。
「さて、何から話したものかなぁ……考えておくべきだったよ……」
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