一章 悪鬼の目覚め 3

……嘘だろ!?

なんてタイミングの悪い映り変わりだ!

続きが気になってしょうがないじゃないか!

憤慨していると、また頭がくらくらしてきた。

激しい目まいが俺を襲う。

「今回の事件の被害者の詳細は公表されておりませんが、小学生の男女合わせて10人が死傷したとのことです」

なんとか意識を保ちつつ先程の映像について考えていたが、やはり今の不自然過ぎる映像の途切れ方は違和感でしかない。

あの流れでいくと、少年Aが残った5発の弾丸の内、4発を使って少年D、E、少女D、Eを射殺したことは間違いないと思う。

テロップには〈小学生10人死傷〉と表示されているから、その後最後の1発で少年Aが自殺を図ったとすると、いじめっ子達全員の数とも一致する。

最後の銃弾で磔の少女が殺された可能性についても検討したが、それは限りなく低いのではないかと思った。

〈奴〉が言うには、その少女は自身を凌ぐ程の強さらしい。

少女や〈奴〉がナイフや銃弾を防いだり、少年Aを武装解除した時のあの技があれば、死ぬ可能性は万に一つもありはしないだろう。

よって、少年A~Eと少女B~Eの9人が銃撃により死亡、唯一生死がハッキリしなかった少女Aが重症、合わせて10人が死傷したことになる。

……なんておぞましい事件なんだ。

「今回の〈いじめ生配信殺人事件〉の一部始終はYourtube(ユアチューブ)上に掲載されており、未だ運営による削除が為されていません。また、映像の中でも映っておりましたが、今回の事件は複数の子供達が共謀して撮影を行っており、別角度からのアングルで録画された映像も次々投稿されています。動画は瞬く間に拡散され、事態は悪化の一途を辿っている模様です」

「いや、言葉が出ないね。いじめの様子を生配信ってだけで十分過ぎるほどタチの悪い映像だけど、まさか小学生が拳銃をねぇ……」

「はい。使用された2丁の拳銃は、2日前に横浜市旭区で発生した希望ヶ丘駅前交番襲撃事件の被害者である2名の警察官が所持していた事が、先程の警視庁と神奈川県警の合同記者会見で明らかになりました。また、一連の事件に関与したとして、少年Aの父親である警視庁警視総監・西垣浩介容疑者が殺人容疑で逮捕されました。さらに、交番襲撃事件の実行犯である暴力団員の情報を西垣容疑者に提供した者がいるとして、警視庁組織犯罪対策部長である朝比奈義国氏をはじめ、組対部に所属する警察官全員に監察官聴取が行われていることも明らかになりました」

「警視庁のトップに立つ人間が、息子の為に若い警察官の命を金で売り、あまつさえその請負人まで殺すだなんて、前代未聞のスキャンダルですよ。警察組織への信頼は過去最悪と言ってもいいでしょう。近頃は、警察庁が警察省に格上げされるなんて噂も立っていましたが、今回の事件を受け、事態が鎮静化するまでの間は遠のきそうですね」

「今回の事件を受けまして、警視庁は会見にて謝罪しました」

画面が切り替わり、警視庁の会見の映像が流れる。

左瞼に切り傷のある、薄い黒髪の厳つい初老男性がセンターに映り、警視庁副総監・時雨十三の名前がテロップで表示される。

そのサイドにも沢山の警察関係者が。

テロップには出ないが、机上のネームプレートはハッキリと映っていた。

公安部長、刑事部長、警備部長、総務部長、地域部長、生活安全部長と、かなりの重役が顔を揃えていた。

各部の部長クラスが一堂に会する。それが物語るのは、今回の事件の悲惨さと重大性だった。

「……えー、今回の事件を受けまして、警視総監という、都民の、国民の皆様の安全を守る仕事、そのトップに立つ人間が、先の交番襲撃事件、さらに昨日発生しました事件におきまして、12名もの死者、そして一名の重傷者を出す程の重大事件の引き金となりましたことを、同じ警視庁の人間として、深く、深く、謝罪申し上げます」

深々と、頭を下げる副総監と部長の面々。

大量に焚かれるフラッシュは、彼らの下げた顔に映る口元の緩みすら逃さなかった。

如何にも意味深な笑みだ。階級社会ってそんなに窮屈なのか?

そんなテレビの映像に釘付けだった俺だが、不意に誰かの殺意を感じて振り返った。

それは病室の扉の方から向けられた気がしたが、気のせいだったようだ。

再びテレビに目をやるが、何やら気が散ってそれどころではない。

……やはり誰かが殺気を飛ばしている。

俺の様子を観察しているのか、監視しているのか、それは定かではないが、気分の良いものではない。

それが女の子だったとしても。

「出歯亀趣味な女は嫌われるぞ。そこの奴!」

「……バレちゃった? 流石はジュンだね」

俺の呼びかけに対して、知り合いのような口振りで返事が返ってきた。

戸の隙間から一人の少女が姿を現し、さも当たり前かのように病室に入ってきた。

藍玉色のパーカーを羽織り、肩からスポーツブランドのショルダーバックを掛けた制服姿の少女は、俺が横たわるベットに一直線に向かってきた。

「…………」

少女Aは、俺の目を覗き込むように、ただじっとこちらを見ている。

距離にして15センチ。近い。うっとおしい。馴れ馴れしい。

何これ? 何この状況? 何か言った方がいいの? 

仲間になりたそうにこちらを見ているの?

見ず知らずの女の子に突撃急接近されてる、なぅ。

普通なら喜ぶべきラブコメ超展開なんだろうけれど、今の俺は昨日のニュースの詳細を知るためテレビが見たい。

こう近くで覗き込まれると、気が散ってしまうのだが。

それになにより、この子が超絶美少女過ぎて、音声を聴くのに集中できない。

整った綺麗な顔立ちに、透き通った紫陽花色に影が刺したような暗い眼、その陰で塗りつぶしたかのような純黒のサラサラロングヘアが浮世離れした美しさを放っている。

少女は、尚も俺を覗き込んだまま、先程とは一変した猫撫で声で話し始める。

「あれぇ、本当にジュンだよねぇ? なんで抵抗しないのぉ?」

「……抵抗?」

ライオンとは違い、ナチュラルに悍ましい気配がする。

彼女の口調から、知り合いであることは間違いなさそうだが、信用するには全く足りない。

俺を挑発するような物言いも余計に疑いと謎を呼ぶ。

脳内コンピューターをフル稼働させて、彼女の真意を読み解こうとするが……

「君……ジュンじゃないんだね」

彼女の気は短かった。ほんの数秒の思考時間も許されなかった。

「はぁ……もういいや。死んじゃえ」

彼女の紫陽花色の双眸は、強いアルカリ性の感情で赤く染まった。

深紅の眼光が瞳の中でクロスしたのが分かったが……

その瞬間……意識が……遠……


…………

…………

…………

…………。

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