15歳にもなって迷子になった男子高校生の話
終礼が終わってから20分、俺は廊下を徘徊している。したくてしているわけではない。ただ美術室を探しているうちに自分がどこにいるかわからなくなっただけである。認めたくはないが、つまりは迷子、15歳にしてなるとは思っていなかった。とりあえず職員室を探そうと思うが、一階に行くための階段すら見つからない。
周りを見回す。よし、誰もいない。アレをするしかないだろう。この完璧なシチュエーション、これを逃したら二度とできまい。深く息を吸い込む。踏みとどまるなら今しかない、がここで止まるような俺ではない。謎の主人公感、いいぞ、やるんだ。
「も、もしや、俺、異世界に転送されたんじゃ…」
やっと言えた。3年前にどハマりした異世界転生系漫画の主人公のセリフ。家で言うとインコに真似されそうだし、外で言うには人がいないところを探さないといけない。無事チャンスをものにできた達成感から、本来の目標を忘れるところだった。
パタン…
後ろを振り向くとおとなしそうな女子生徒が筆箱を落として固まっていた。綺麗な回れ右をして廊下に走り去っていく女子生徒。やばい、学校始まってほんの数日で黒歴史を作ってしまった。とりあえず今は誤解を解くために、走れ!
曲がり角を右に曲がったあと彼女は教室に駆け込んでいった。恐る恐るその教室に入る。
「あ、あの人…」
さっきの彼女が俺に指を指しながら他の女子生徒のカーディガンの袖を引っ張っていた。
「あ、あの、いえ、さっきのは…
「君!よくも私の奏を驚かしてくれたね。
で、何をしでかしたんだ?」
言い訳する間もなくもう1人の女子生徒が警察官のように質問をしてくる。
こんな例えをしたからと言って、俺はこの15年間警察のお世話になったこともないし、今後世話になる予定もない。ただの偏見である。
「すいませんでした。でも何をしたかはそこの彼女から聞いたんじゃ」
「ああ、聞いたよ」
「じゃあ、なんで聞くんですか」
不可解である。二度手間である。
「そりゃあ、奏をびびらした罰を与えるためにね」
「というと?」
「そんな恥ずかしいことやったって自分で説明するって苦痛でしょ」
「…悪魔だ」
「え、今なんて?」
つい思ったことを呟いてしまった。そんなことを思いつくなんて過去どんな経験を積んだのだろう。気にはなるが、意識しないことにした。偶然にも昨日彼女はサディスティックな主人公の出てくる小説を読んだのかもしれない。それよりもここをどう切り抜けるかだ。
「いや、まあ、ちょっと廊下で役を演じていただけです。使命だと思ったので。」
「使命って、とんだ厨二病だね。で、なんの役を?」
高1男子が厨二病認定されるとなかなかにメンタルにくることが、たった今実証された。結構きつい。
「"異世界転生したらドラゴンがペットになった"の主人公をやりました。」
ああ、もう、死にたい…何階か分からないがとりあえず飛び降りたい。
「セリフは?」
「え、そこ聞く!?もう、よくないですか」
「そのセリフ次第で君をどう処理するか決めようかな」
ええ…やっぱり俺は異世界転生されたのかもしれない。というか、処理という言葉が似合ってしまう彼女がとてつもなく怖い。
「ちなみに、どう処理するんですか」
「…えーっと、
彼女が黙り込んでから30秒は経った。右手に持っていたボールペンを回し始めた。これ、絶対なんも考えずに行った言葉だろう。案外チョロいのかもしれない。
「考えてなかった、合ってます?」
「…図星だね、からかって悪かったよ」
悪魔という言葉はやっぱり撤回しようと思う。自分の非を認めることができるいい"先輩"なのかもしれない。素直になることは簡単なようで難しいから。
「会って初めて言うのもアレですが後輩いじりは程々にしてください」
"いい先輩(仮)"は数回素早く瞬きをした。
「え、私、1年だけど」
………
「ええええええ…敬語なんて使うんじゃなかった」
「何を失礼な、君、同じクラスでしょ」
「え、嘘だ、俺5組だけど」
「私も5組だよ!ちなみにこの子も」
そう言って彼女は俺の行動を見て逃げ出したもう1人の女子生徒の背中を押した。目すら合わせてくれない。にしても俺の記憶力はなかなかに酷い。今に始まったことではないのだが。
「ちなみに名前は、えっと、確か"爽"だっけ?」
「なんで名字の方覚えてないのさ」
嫌な予感がする。
「なんか、先生が下の名前で点呼とった時に1人だけ反応しなかったから」
深いため息をつく。こういう時の予感は大抵当たるのが、自分の中、もしくはこの世界のお約束だ。多分今俺の印象は"下の名前で反応しなかった人"それに加えてこの2人においては"廊下で漫画の役になりきっていた痛い人"なのだろう。両方マイナスイメージでしかない。とりあえず早く名字を覚えてもらわねば…
「名字は七瀬です。覚えておいてください。ちなみに2人の名前は?」
「私は真瀬 雛子、こっちの子は平戸 奏。なんとなく聞くけどなんで放課後に廊下にいたの?」
ああ、これも聞かれたくなかったやつだ。どうやら彼女、人の傷心を抉るのが上手いらしい。
「いや、その、美術室探してたら迷子になって」
「おめでとう」
「は?」
心の声が盛大に漏れてしまう。壮絶な煽りにしか聞こえなかったのは気のせいだろうか。
「ここ、美術室だから、ちなみに私達は美術部員」
「ま、まじか…」
「美術部志望者?」
「まあそうなんだけど」
メンツ的に大丈夫なのかこの部活。破綻しないだろうか少し心配である。それにさっきから先輩はおろか、顧問すら見当たらない。
「それで、体験入部とかどうやったらいいんだ?」
2人は困り果てた顔をした。なにか自分が地雷を踏んだのかと心配になる。
「いやあ、それがさ、驚かないで聞いて欲しいんだけど、この部活本当はもう無いんだよね」
つい黙り込んでしまう。想像を絶する回答でどう答えたらいいのかがわからない。
「じゃあ、どうやって活動してるんだよ…」
「各自が勝手にこの部屋を使って絵を描いているだけ、楽だよ」
「つまり、非公式部活ってことだよな?」
「まあ、そうなるね」
よくそれが入学数日で受け入れられたものだと思う。真瀬(活発な方)の適応力は凄いらしい。無人島サバイバルにでも行けるのではないか、というくらいに。まあそんな機会があればの話だが。一応活動形態も確認する。
「じゃあいつ参加してもいい、みたいな感じで合ってる?」
「さすが、飲み込みが早いね、漫画のセリフ覚えてるだけあるわ」
「それは関係ないだろ」
少なくとも美術部にいる間はこのネタを言われ続けるだろう、と確信した。先が思いやられる…とりあえず今日は、逃げよう。
「まあ今日は道具がないから帰ります」
「そっか、またねー」
美術室のドアを閉める。こんな惨事があったのにも関わらず、高校入学お祝いで買ってもらったアルコールマーカーを試せる日が来る、と胸を高鳴らせている俺がいた。単純だ。
下校中、ふと我に帰る。非公式部活なんて入って推薦やら内申点やら大丈夫なのか…
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