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僕が再び△に会ったのは、季節を丸々ひとめぐりする頃。
桜前線のきざしが見えかくれしているころだ。
カウンターにいくと、△がいた。分厚い業務日誌のファイルを熱心に読み込んでいる。記憶の中より、頬の輪郭線がほんのり丸くなっていた。
「ひさしぶり…」
カウンターに返却本を置きながら、僕は思わず口走っていた。やばい。
「へっ? あ、あの、たしかに私、一年ほど仕事お休みしてました。顔覚えていてくださったんですね。おひさしぶりです」
椅子から立ち上がり、へこへこと△は頭を下げた。三つ編みが揺れる。首からぶらさがっているネームホルダーが揺れる。そこにある名前は、栞子でも読子でも遠子でもなく、それどころか名前に子がついていなかった。一年間の休暇。ジュール・ヴェルヌの小説のように、無人島に流されていたわけではあるまい。休んでいた理由など、おおよそ察しがつく。
本8冊の他に、僕は長年使った利用カードを差し出した。
「僕、引っ越すんです。明日。だからこれお返しします」
「そうだったんですか……」
△は笑顔のまま利用カードを受け取って、危なっかしい手つきでパソコンに触り、処理を始める。近隣住民でなければ、この市立図書館はで本の貸出はできない。(閲覧やコピーはできるけど)といっても、引っ越すからといって律儀にカードを返しに来る人は稀だろう。普通はただ自分でカードを捨てて、そのうちに有効期限が切れるだけだ。
「お引っ越しということで、こちらのカードを無効にいたしました。いままでご利用ありがとうございました。また機会があればよろしくおねがいしますね」
必ず機会はある、という言葉があるけど、機会はもうないのだ。
永久に失われた。
僕の引っ越し先は、この町からずっと遠くだから。
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