やばい担任

キーンコーンカーンコーン…


もう始業のチャイムが鳴ってしまった。友達作りはレクリエーションの時間にまわそうと諦めた。


「ねえ、担任どんなやつかな?」

「イケメンだといいな〜」


「はよーざいまーす」


えっ?

教室がどよめく。しばらくの沈黙。

皆の表情を見渡す限り、私と同じことを考えているに違いない。

この男がまさか担任???


「おーおー、どうした。元気の無いクラスだなぁ、そんなに俺に見惚れたか?安心しろこれから毎日拝めるぞ。なんてったってこのクラスの担任だからな」


「嘘でしょ」

「えっ、待って無理」

「マジで?」


後ろの陽キャ女子がコソコソ言い合ってる。いちいちやかましいし、周りにも聞こえるような声でよくそんなこと言えるなあと思う。


この女子達が今どんな表情でどんな声のトーンであのセリフを言っているか2通り予測がつくと思う。まず1つ目。黄色い声でうっとりした表情。歓喜のあまりの興奮気味の早口。

2つ目。低くゲンナリした声で顔を歪めている。この世の終わりのような表情。

答えは後者である。

私は…ひたすら驚いている。驚きが強すぎて他の感情が追いついてこない。

まずこの…教師の風貌についてだが。

ネクタイは恐らく目のいい私が見る限り、アリス・イン・ワンダーランドのネクタイ。赤やら黒やらゴチャゴチャした柄物だ。ピンク色に白のストライプの入ったワイシャツを腕まくりして、黒のスキニーにインしている。足は細いが、そこまで長くはない。そしてベルトと色を揃えた高そうなエナメルの茶色い革靴。ホストのように遊ばせた髪の毛。

そして私よりも威勢のいいよく通る声。比較的整った顔つき。


「「ホストかよ」」


後ろの女子が声を揃えて言った。恐らくこのクラスの全員がそう思っている。私もそう思った。それ以外に形容できない。

絶対に聞こえたであろう女子達の軽口を無視して、ホスト…もとい、担任教師は自己紹介を始めた。


「名前は、京塚 雪。ゆきちゃんって呼んでくれ、可愛いだろ?出身は埼玉。ド田舎ね。あ、彼女とか必要ないんで。結婚もしてません。死んでもしたくないね」


「ゆき?」「ゆきちゃんって…笑」

「きしょ…」「埼玉県民敵に回してるw」

「結婚できないだけだろ」「女なんだかんだでいそうじゃね?」


後ろにいる彼女らの周りの女子たちも一緒になって言い始めた。というか、名前に関しては割と皆クスクス笑っている人もいる。

私はそれにすごく不快感を覚えた。自分の名前で馬鹿にされてきたことがあったから余計にそういう理由で人が見世物みたいに笑うのは腹立たしい。

しかし、私が、もし、吹雪という名前でなくて、もしくは男として生まれていたり、『佐倉』という苗字でなく普通の苗字だったら、担任の名前について陰口を言っていたのだろうか。そう考えると根本は私もこの子たちと何ら変わりない汚い人間なんだと思ったりもする。

暗くなる私や好き放題言いまくる奴らを他所に先生は紹介を続ける。


「俺遅刻とかルール違反とか許さねえから。容赦なく怒鳴るから覚悟しとけよ。あ、俺、世界史担当ね。授業は昔ながらの板書スタイルね。寝たら叩き起してやるから安心しろ!あははー」

「だからさ、俺旅行すんの趣味なんだよね。一人で色んな国行くの。最近行ったのは北朝鮮かな。あそこ全然危なくないんだぜ?みんな色々勘違いしてるけど、イスラム圏の国とかも急に拉致られたり、街が爆発したりとかそんなの無いから。北朝鮮行ってミサイル打たれるわけじゃねえし。そうやって今まで見えなかった世界を見るのが大事だと思うんだよね、俺。授業やってく時に写真とか見せるから楽しみにしとけよ!」


相変わらず後ろの女共は自分語りだの名前のことだのホストがどうとか言っているが、私はこの人のことを秒で見直してしまった。それどころかもっと知りたくなっている。なんて面白そうな人なんだろう。この人をホストみたいだとかチャラ男だと片付けるのは勿体無い気がする。


「まあ、お前ら高校入って浮かれてる頃合いだろうさどさ…東野のBコースごときでぐうたら遊んでテキトーに過ごしてたら、大学行けないから」


場が一気に凍りついた。文字通り高校生活という4文字に浮き足立ちまくってる私たちに現実というナイフをいきなり心臓目掛けてぶん投げられたようだ。


「そりゃ、高校生だしね、遊ぶなとは言わねえよ?存分に遊んではめ外す時は外せばいい。恋だって喧嘩だってすればいい。ただ、やるべき時に何も出来ないと社会に取り残されてくだけだからな。現状に甘んじて下ばっか見て安心するなよ。Eコースがどうとか選抜様はいいなあとかそんかことほざいてばっかいたら、なんも出来ないつまらん人間になるぞ」


妙に説得力があった。というか、もうこの校舎に来た時点でそう思っていた。下にEコースがいてこいつらよりはマシだと信じ込み、選抜コースが恨めしいとついさっき鮮烈に思っていた。この人はすごい。ちゃらんぽらんな風貌だが、きっと凄い人、な気がする。

世界史の授業受けてみたいな…。

やはり人は見かけによらないものだ。

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東野高校・Bコース 比々野 渚 @aoiwasakura

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