第69話 まだ私を思い出さないで

 すずちゃんが聞いたら驚くかもしれないけど、実は私もこの世に記憶を持たず生まれてきたのよ。


 それも、目を開いたらもう大人だった。


 そして、この神社の前で突っ立っていたのよ。


 本当に何も分からなかった。


 この場所は、って脳の後ろの方で考えてた。特に焦りもしなかったけど、只何でって。


 そしたら隣に知らないおじさんが立ってた。


 誰だろうって、朦朧とした意識の中でその人を見た。


 そのおじさんは私を見ずに拝殿を見て静かにこう言ったの。


 「おかえり」


 何がって勿論思ったけど、どうしてか私は微塵も不安にならなかった。


 あ、この世に生まれてきたんだって、ただその感覚しかなかったの。


 でもおかしな所は勿論ある。


 何故大人なのかって、記憶が無いのかって、この人は誰なのかって。


 そしてね、そこで名前を貰ったの。そのおじさんから。


 その後こう言われた。


 「もう一度、やり直せるかもしれない」って。

 

 何かは分からなかったけど、聞く気がおきなかった。なんかもう知ってる気がしたの。


 聞かなくても分かる気がした。


 そして私は産声をあげた。


 「そうですか。」


 だからでは無いけどすずちゃんの気持ちは分かるよ。


 私達はここで死んで、ここで生まれたんだと思う。


 すずちゃんと初めて会った時、この子はこの場所の事をよく知ってる子なんだって。


 ここだと死ぬことすら叶えてくれそうだよね。


 死が正義でも不義でもない。ただの願い事だって目で神様を見つめてた。


 ここの神様はすずちゃんを愛してる。


 叶えてあげない訳ないんだよ。


 でも、それで私達は一度死んだ。


 いくら記憶が無くなってしまったとはいえ、同じ過ちを繰り返してしまっては意味がない。


 だからここですずちゃんを殺してはいけないの。


 あの日みたいに許してはいけないのよ。


 あなたにはね、まだ見えていない力が山程あるの。


 全くのお世辞は無いわ。断言する。


 だから、だからね、


 まだ私を思い出さないで。

 

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