第68話 自分に会うまで半日前
夜姫さんと再び目が合ってしまう前に私は視線を仁さんに戻した。
「今夜、ですか」
「あぁ。鈴音にその覚悟があるのならな」
覚悟。
私は今この人に試されているのか。そんな気分になった。
ここでどう答えるべきなのか。私は自分に自信がない。だから一発で出てくる言葉に自信が持てない。強く“うん”と言えない。
自分の言葉に責任を持てない。
「まだ無いのか。覚悟は」
仁さんの言葉は私に冷たく問いかける。私というよりは、心の奥に隠れている私に話しているようだった。
ゾワゾワとする感覚。心臓が暗い空洞になりそこに居る私が何かを感じているような。
深い深い場所で生まれた気持ち。
それを言葉にしなくてはいけないのは、そこから遠く遠くに居る私だけ。
その間も夜姫さんは口を出さない。
黙って動かない。
今は純粋に私から出てくる言葉を待っているようだ。
今の私に影響している音は木の先についた葉の音だけ。あとは脈々と流れる自分の血の音だけだった。
そして血の音はこうだった。
【行け】
「お願いします。」
その言葉に仁さんは真正面から受け止め、じっと私を見た。夜姫さんは頭の先がほんの僅かに動いた。
心の鍵を開けるのに180度回さないといけないとするなら、今の言葉はきっと15度だけ動かした。
そうか、これがある意味覚悟なのかもしれない。
瞬時に言葉に出来なかったが、この言葉の後に覚悟が決まった事は分かった。
これで私の暗い心臓にも僅かな光は差しただろうか。
救えるのなら救いたい。それが心に決まった。
「そうか、ならば今夜20時に此処へ来なさい。そこで試せば良い、自分の力を」
「20時ですね。分かりました」
「ただ条件がある。必ず一人で来ることだ。お前の真の姿を今見ていいのはお前だけだ」
真の姿…
当然一人で来るつもりだった。だが、誰にも見せてはいけない自分とは何なのか。それはあまりにもピンとこなかった。
「だが、今日は生憎満月だ。これも巡り合わせというのか、何が起こりうるか分からない。それでも導かれた事には意味がある。きっとお前の良いように働くだろう。そこまで構える必要は無いが未知の夜である事は自覚しておいた方が良い。なんせお前達は月に属した力だからな」
「そうですね…」
微かな細い糸のような声で夜姫さんが答える。
「月、ですか」
これもピンとこない…とは悪いが言えない。
何度か、体調や気分が悪い時、どことなく空を見ると満月だったという事を体験していた。
自分はウミガメか?と呆れていたが、どうもこればかりは関連付けざるを得ないくらい、何度も経験している。
その謎も今夜分かるかもしれない。
でもひとつだけ疑問があった。
「何故夜なのですか?今では駄目な理由があるんでしょうか」
ここが私の現実を生きる面白みの無い所で、今終わるなら今終わらせたい。早く知れるなら早く知りたい。家に帰ってまた来る、面倒くさい。
分かるでしょ?笑
「此処に結界をはる。万が一を備えてな。その場合私達の力を使う。死人が大胆に動くには夜の方が都合が良いんだよ」
意外と仁さんは困り眉で微笑んだ。
確かに日中の眩しい日差しで誤魔化せてはいるが、仁さんは明らかに足が見えない。
服装が神主の袴だから違和感が少ないが、どう見ても死人だ。
これには私も納得した。
「そうですね」
私も確かになと困り顔で笑った。
ちょっとだけ肩の力が抜けた。
暖かい田舎の隅で、ほんのり優しい時間が流れた。
「じゃあ、取り敢えず一旦帰りなさい。この姿も本来あまり見せられない。いくら田舎とはいえ何処かで誰かが見てしまうかもしれないからな」
「分かりました。また後で来ます」
「気を付けてね」
「はい、じゃあ失礼します」
そしてこの時間は終わった。
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