第56話 記憶にはまる痛い日

 いま、やったよね。私。


 確実に使ったよな、力を。


 そもそも、私言霊を操っていないか?


 背後の直彦の足音が気になる。


 一緒に帰ろうとは言ったものの、早足で何か言いたそうについてくる音に逃げたくて逃げたくてしょうがない。


 どうせ、今のなんだったんだ、説明しろとか面倒くさい事を投げかけてくるんだ。


 距離を取ろう。


 大股かつ早足で家に向かって歩いた。


 家に帰ればそんなファンタジーな話し、誰がするか?しない。いや、しない。


 ほら、早く。早く着け!


 「鈴音!!」


 「うるさいっ!!」


 「っ!!」


 「いい加減にしろよ!やめろよ、やめてよ!」


 泣くぞ…


 どうせ、この人には涙なんてただの水に過ぎないだろうが。


 どれだけ泣きじゃくっても強くなれ。そう言って慰めひとつしてくれやしない。


 それで泣くのをやめた。何の手段にもならないんだよ!


 だから、泣くのは無駄だと気づいた。


 意味のない感情だって、知らされた。


 「だけど…」


 だけどさぁ、…自然に流れてくるものは、仕方なくない…?


 「おい!待てっ!鈴音!」


 何なんだよ!声、震えてるの聞こえないのかよ!


 どれだけ自己中なんだ。


 私はまるで、幼い悪ガキに育てられていたかのようだ。


 この鈍感野郎が。


 足なんて動くようにしなければ良かった。


 「はぁーーーーっ」


 「おい、こら待て!」


 ガシッ


 「っ!!!!」


 思いっきり肩を掴まれた。いつぞやの、お前の握力!殴られ…っ!


 「触るな!!」


 「っ!?触るなとは何だ」


 「きもい。気持ち悪い!!」


 「はぁ!?親に向かってなんだその口の利き方は」


 「親とか言ってんじゃねぇよ。お前に触られると思い出すんだよ!言ってやろうか」


 「あー!なんだよ。言ってみろ」


 「お前に殴られた日のことだよ」


 「っはぁ?」


 「は?知らないとでも思ったのか?忘れてるとでも思ったのか?」


 「何の事だかさっぱりだな。うわ言もいい加減にしろ」


 「おい、馬鹿にしてんのか。お前の力なんて無いのと同じだぞ。どうやらお得意技は呪いのようだが、私は言霊を司る者。お前に負ける訳がない」


 「言霊?お前に力なんてねえよ」


 「言うな?じゃあ試すか?」


 「ふっ、いや。こんな所で体力を使うなんて御免だ。帰るぞ」


 直彦はそう胸を張り私の前を歩こうとした。


 怒りが絶頂に達そうとした。いや達した。


 「消してやろうか」


 通り過ぎるのと同時に怒りと暗い闇を込めて放った。


 「イッ…!」


 すると、ピタリと直彦は足を止めた。


 氷のように固まってしまった。


 「言わないがな、消せるぞ」


 口止めは守る。だが、怒りは伝える。


 あの二人が見え隠れする程に私はまだ人である。理性は失ってはいない。


 それに、こんな所でこの馬鹿とやり合う暇なんて無い。


 なんせ私には家にいる二人が心配でならない。申し訳ない事をした。


 二人は無事だろうか。


 家に帰ってまでコイツの相手なんぞしてられない。


 切るか。


 「いいか。ほたえんなよ。わたしはお前の罪を握っているし、お前に恨みを持っている。娘でありながら娘でない。お前がそうさせたんだ。命を、魂を握っていると思え。舐めるなよ」


 脅し、に当たるが私にとって大切なのはお前の頭でっかちな意見じゃない。家族の記憶と命だ。


 お前に触られると思い出すよ。


 殴られ、蹴られ、怒鳴られた日々を。


 苦しいよ、怖いよ。


 だが、泣くのを許さないならそれでいい。


 その代わり、私の前を行くな。お前の背中なんぞ見たくない。消し去ってやりたいんだからな。


 ちりーーん


 「鳴った」


 耳に心地よい音がした。どうやら身を隠してくれるらしい。


 「甘えよう」


 呟き目を閉じて首を下ろした。


 横髪が顔の前になびいたのを悟り、顔を上げた。


 そして、居た。


 玄関で眠る二人の前に。


 「…ごめんね…」


 唇が震えた。ごめんなさい。こんな事するなんて。家族なのに。


 「ごめんなさいっ…」


 久しぶりに声が零れた。


 「うっ…っ。うぁっ…」


 殺してくれ…誰か私を。


 記憶ごと、魂こど消してくれっ。


 震えながら、声を抑えつけて泣いた。


 それが出来るのは私以外いない事を悟って。






 









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