第53話 鈴は鳴らないが華は咲いた

 「夜姫さん、相談があります」


 「うん。なに」


 「私の力、見てもらえますか」


 「え…」


 「今、どうしようもなく辛い」


 泣きそうだ。爆発しそうだ。


 「話したいっ。言葉にしたいっ、不甲斐ない」


 熱い…熱い!!!


 胸が熱い!!


 なんだ、悩みを言葉にしようと脳みそを動かした瞬間、手に握っていた心臓が熱くなる。


 大切に掴んだばかりなのに、胸から取り出して投げ捨てたい。


 「言霊の使い手でありながらっ、言葉が上手く出てこないっ!」


 言葉にならない。誰か。誰か名前をくれっ!


 「し…」


 「すずちゃん」


 「っううぁ!!」


 「すずちゃん!落ち着いて」


 「ううん!嫌だ!」


 「どうしたの!?教えて、何が起きたの」


 「ーーっ!」


 「鈴音!」


 「夜姫さんっ。仁さん!あぁっー!!」


 言葉、言葉が欲しい!


 名前が欲しい!


 音が、音が欲しい!


 形にして。外に出して。


 このままだと感情に自分が呑み込まれてしまいそうだ。


 これが怖くて私は何度も捨てた。


 心がある部分を何度も何度も何度も。

 

 蘇れば捨て、成長しては捨て、投げ捨てた。


 置いていった。


 今頃になって欲しい。私は、どこにいるの!?


 伝えて!!!!


 「コ…」


 「こ?」


 「コト…バ」


 「ことば?言葉?」


 きっと言葉が私を繋ぎ合わせてくれるはず。


 だから、


 「オト…おと」


 お願い!どんな音色でもいいから、私に音を頂戴。


 形のヒントをくれ。


 「し…」


 夜姫さんと仁さんがこちらに向かう足音にという言葉が生まれた。


 外に出てって!音にして!


 誰でもいいから音をつくって!


 気持ち悪い。形が欲しい。


 空間や心や身体中に飛び交う結晶が何かを創り出そうとしているのに、それらを繋ぐ形がない。


 「ハァ、ハァ、ハァ」

 

 「どうしたんだ!」


 息ができない。死にそう。死んじゃう。


 苦しい。暗い。皆、手を握って。


 お願い、私を、掴んでて。


 「すずちゃん!私はここにいる!」


 「握って。て、握って。」


 「握ってるよ!ほら!ね!」


 「だめ…感覚が…」


 無い!!


 誰もいないの?ねえ!お願い!一人になる!


 言葉ってどうしてこんなに私の中に落ちないの。


 納得のいかない水蒸気のようなもやで呼吸が苦しい。


 まるで首を絞められているかのように、喉が開かない。


 「っうあ!」


 「すずちゃん!!!」


 「鈴音!!」


 あ、消えちゃう。私。


 ここから、いなくなる。


 だって言葉に出来なかったんだもん。


 誰にもどうして欲しいか言えなかった。


 そりゃ、私も分からないわ。君の助け方なんてさ。








 さよなら、皆。束の間の幸せだった。









 バタン


 「すずちゃん!!」


 「鈴音!!」











 『飾らなくていい』


 シャン


 『言葉は飾らなくていい』


 シャン


 『大切なのは、貴方の口に合う音を探すこと』


 チリーーン

 

 『それが例え、まだ生まれていない言葉達だったとしても』


 シャン


 『貴方が生めばいいだけよ』


 「……」


 『聞こえていたんでしょ』


 『私達の声が』


 「きこ………え…て」


 『コトダマ、それはいつも優しい祈りの側に』


 『ナマエ、それはいつも美しい願いの側に』


 「美しい…」


 『えぇ。貴方は願いを込められなかった訳では無い』


 チリーン、チリーン


 『ただ知らないだけ』


 「わたしにも、あるかな」

 

 『勿論。だから教えてあげる』


 『貴方の名前は』


 「わたしの名前は」

 

 『紫・華』


 「し…か……」


 『そして、その裏には


 



 




 「……はぁっ!!!!」


 「すずちゃん!」


 「鈴音!」


 「っ、はぁ、はぁ、はぁ」


 「どうしたの!?大丈夫だった!?」

 

 「鈴音、気は確かか!」


 「はぁ、はぁ、はぁっ、はぁーーーー」


 聞こえた。聞こえてしまった!


 「仁さん!夜姫さん!」


 「!?」


 「どうした!?」


 「聞こえちゃった」


 「え?」


 「ん?」


 「私、聞こえちゃった」


 「何が?何が聞こえたというの?」


 「私、名前、聞こえちゃった」


 手がジンジンする。身体の輪郭が大きくなったかのように一瞬で自分が変化したような感じがした。


 もしかして、手に入れたのか?


 私は名前をようやく授かったっていう事か?










 


 



 





 










 





 





 

 

 







 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る