第51話 好きは真実を宿す

 「や…、片岡さん。」


 「すずちゃん、これはどういうこと」


 「…。」


 「私、信じてた。すずちゃんは人を傷つけない子だって。賢くて、心から優しい子だって」

  

 (やめてよ。そんな期待…)


 「夜姫…」


 「仁さんは黙っててください!」


 「…!」


 「ねぇ、今何考えてる。すずちゃん」


 (やめてよ、名前、呼ぶの)


 「私、次に何て言うと思う?」


 (なに、それ…)


 「どうせ…」

 

 (軽蔑した、みたいなことでしょ。勝手に期待したくせに)


 「ンフッ」


 片岡さんは口角をやや上げた。


 「ざんねーーーん!」


 「…え」


 「私がすずちゃんを軽蔑すると思ったんでしょ?」


 (え……)


 そう言うと、片岡さんは人差し指を立ててチッチッチッと舌を鳴らした。


 そして、二歩、三歩、歩いて私に近づいた。


 私より数センチ背の高い片岡さんを見上げた。


 二人の間に夏の匂いをした風が吹いた。


 私の背後から来た風は片岡さんの横髪をはらい、顔がハッキリ見えた状態で、空から無数の光が入り込んだ。


 綺麗な肌は時折、透き通って見える。


 風が輪郭を揺さぶるように。


 「私はすずちゃんを信じてる。というか好きなの、すずちゃんの事が。誰よりも、どの人間よりも」


 「す……」


 虹色に輝く瞳が私を逃してはくれない。


 初めて…かも。人として好きって言ってくれた人。


 もしかしたら言われてたのかもしれない。


 けど、ここまで心に届いた事は無かった。


 記憶が操作されているにしても、私の血は初めての音の響きに、とんでもない流れを帯びている。


 何故かって…


 「なぜって?」


 それは…


 「それはね」


 この人は


 「私は」


 私を


 「すずちゃんの事」


 『誰よりも知っているから』

 「誰よりも知っているから」


 シャン!!


 「ハッ…!!!」


 この…響き…


 「どこかで…」


 「うん…そうだよ。すずちゃん」


 「あっ…はっ…」


 どうしよう…泣きそう…


 この人を…


 「忘れてたんだ…」


 「思い出してくれたかな。私の事」


 前に見た、暗い夜に。


 この人といた。


 「やっ…」


 「……」


 「夜……」


 「うん…」


 「夜……姫…さん…」


 「うん……!」


 「夜姫さん…」


 「うん…!」


 「あっ…夜姫さん!!」


 「すずちゃん…おかえり」


 「うっ…うっ…」


 「一人にして、ごめんね」


 「うわぁぁぁぁぁーーー!」


 やっと…会えた。


 記憶に、きっと一番大切な人を私は思い出せた。


 離れないで。どうして、今までいなかったの。


 どうして、いつも一緒にいてくれたのに、急にいなくなったの。


 離さない…


 お願い。寂しかった。


 どこにも行かないで!


 言葉に出来なかった。


 初めて、純粋な感情が目覚めたかの様だった。


 言葉がこの世にないかのように、伝えたい事が音に、発音にならなかった。


 今、私は微塵も力を使っていないだろう。


 そんな事どうだっていい。


 お願いだから離れないで、そう強く、強く願い、夜姫さんの服を握りしめた。


 言葉に出来ない、言霊をこういう時に使えない。


 力を使う事を上回って感情が先走っているからだ。


 新しいものが次々と光り咲くようだった。


 でも早くこの想いを伝えないと、またすぐどこかに行ってしまうでしょ?


 だから、私は一番速く伝わる様に身体全身で泣いた。


 あなたがいない事がどれだけ寂しいか、どうか…伝われ。


 (すずちゃん…この瞬間あなたは生まれ変わった。言葉は生まれていなくても、想いが生まれた。新しい想いが。いつか、あの話をしなくてはね。私はその為に来たようなものだから。それに、あなたは何度だって変われる。だって、生きているんだよ。それがどれだけ素敵な事かもっと分かって欲しい)


 「私にはもう無いんだから」


 




 

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