第4章 2012年 その3 春雨

   「2012年の立春」


立春と思へば軽きスニーカー 梅は見えねど笑みのほころぶ


らふばいと知らざりし枝の黄の照りを傘閉じ仰ぐ 花と雫と


春や春 山たたずみてさ緑のなだるる先のせせらぎの音


雪の朝 扉ひとつの先にある白き野に出づ 仔犬の如く


凍り付きわが眼疑ふ画面いくつ 祈り足らぬか平成の日々




    「世にまたとなき」


子の職は実験音楽家 くう揺する波に楽器は要らぬと書きて


つひに立つ孤高の響き 伝へ合ふ波のうねりは無音でもよし


究めたき世にまたとなき超絶音 ギターと心 声音震へり


漆黒の真中に月のあけし穴 洩れくるごとく雪は放射す




   「弥生の祈り」


仏の座 氷雨にもあれ恵みとし ひとふし延ばす弥生咲かむと


霧晴れてその名ゆかしき仏の座 ひとつ紅咲く触るれば散りぬ


十五分の車中に遊び書きすれば かすかに雨の育む春あり


菜種梅 雨傘マークと十一度天水貰へよ 鉢花を出す


弥生の忌 手を合はすれどふさわしき言葉のあるや頬濡るるのみ




   「稀にはあらむ」


ぐずぐずと細かい歌は止めにして大風呂敷を広げたき野辺


今夜こそ大満潮なる繊月の笑みの上下に並ぶ 惑星


薄やみの川に潮の盛り上がる 雲の上なる満月の圧


少ししか無いのか または二十年の残余であらばじつくりいけるが


なにゆえか悲しき生の束の間に 楽しき刻の稀にはあらむ


房総のひねもす唸る風の日に 明日は我が身の弥生の噂




   「春雨」


土砂降りの朝の駅には冴え冴えと 本物の傘花と溢るる

 

濡れ縁に腰を下ろして春の陽にたださらされて けふは猫なり


雨止めば雀とヒヨが豌豆とブロッコリーの畝 分け合ひて食む


薮椿いまだ在らずも日だまりに空の色せる花の群れ居て ==オオイヌノフグリ

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