第4章 2012年 その2 悪妻

   「隣人の恵み」


購ひし枯れ木の如きつる薔薇に語りては剪る 赤き芽の上


我が窓に赤きの葉のかかり来は かのゆずり葉と隣人に聞く


ヤーコンはアンデス産の不思議の実 外は里芋 梨のさくさく


抜き立てを「ほら」と賜ひし根深葱 1枚剥けば香りてま白


香り立つ深葱どつと鍋にいれ 卵落として一人の昼餉




   「大田区」


呑川のみがわに急げる舟を見たること「おふねこわい」と孫の語り初む

                      ==大田区の川


ポケットに探し当てたる百円を渡せば 言はる「一円ですよ」


凍蝶いてちょうか 風に煽られ高低く揚力つかふは枯れ葉なりけり


何ひとつ持たざる人よこの町に 野の花として養はれあれ ==若いホームレス




   「悪妻」


苦虫のやうなるつまの背を掻けば われの手求め熊と蠢く


夫とわれ占星術の獅子と獅子 譲るができぬ三十年戦争


真似事に手相占ふ もし夫に先立つとせば憤死なるべし


二十年死を傍らに生くる夫 脅し文句の「明日やも知れぬ」


老医師の唸りつつ視る心電図 つひにわれもと秘か喜ぶ




   「この概念」


尊厳死さうみなすべき汝が最期 意に染まぬ生肯んじえぬと


つひにこの概念に遭ふ 部屋うちへ西日しみじみポトスを照らす


負けならず さうかさうかと誇らしくわが頷きて合点するけふ


揺り椅子に一日読書に音楽に 時におなかに語りかけてし


あの夏はカッターシャツの君なりき 七年ぶりの白き邂逅




   「苧環の露」


苧環おだまきのくるくる巻きの葉の中にたっぷりと露 緑の薔薇よ


ほのかなる街灯受けて 苧環の若葉に夜も乗れる白珠


さめざめと優しき雨の止みてなほ 苧環ひと葉にひとつの光り


家々の影の黒きに春めける矩形の窓の 童話の黄色

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