第2章 2007年 その2

   「紫陽花前後」


万緑を透かして聞こゆ竹の秋 凄まじきかな矩も越ゆべし


苦しとも思はず母を押して行く あぢさゐ過ぎてこの世の径を


今生の債務を果たす緑陰のひとつの虫も等しと思ふ


朝顔や風鈴 ほほづき市も立ちややいらだちてクチナシを嗅ぐ


しつとりと文月始まり向日葵のつぼみ迫り来 予感のごとくに




   「美しき言の葉」


美しき言の葉ざくざく集めよう手当たり次第に 見てよこの世を


露草は葉月五日にわつと咲く 永久とわにとどめむすべ無きままに


幻とするほかはなき青よ青 ツユクサ惜しも狂ひて撮りぬ


先達に倣ひていつそ世を捨てな 詩を為し書して嘆きわたらむ




   「月食に遇ふ」


若きらの未知なる生の門前にただ晒されてつ 愛ほしさ


月食の影のカーブは紛れなき地球の稜線 想へよ円弧


見納めと皆既月食くらぐらし 身の内沈み健やかにして

                    ==今生に二度とない配置とか


いかめしき炎帝 空を望月にゆづりて澄みぬ 風の鈴音すずおと


物好きな生け垣欲しき お茶の木か 小笹からたち くちなし山茶花




   「猫のチビ」


匂い濃き木犀の下 生き延びし外猫チビが忙しげなり


運命に選ばれざりし一人とし 地を這ひてなお為しうるを為す


露草を鉢にこんもり咲かしめて冬まで愛でむ このそらの色 ==長男


世に絶えてあらざる響きひ合はす 旅の楽士よその長き影 ==次男


幻の物理学者よ 清明せいめいの氷上スピン光りあやなす ==三男


三角の上弦の月が金色の眼をして闇より睨んでをりし


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