13.廃墟の二人
「『大人組』でこの後、ドライブデートでも決め込まない?」
もうすっかり日の沈んだ時刻、解散して他三人を送り届けた後、最後に残った地雷ちゃんに提案した。
「いいけど……なんで?」
「ちょうどいい温度と湿度。明日からは本格的に夏になるって、天気予報で言ってた。今日が今年最後の涼風かもしれないから」
「それ理由になってる?」
笑いながらも後部座席から助手席に乗り換え、口紅を塗り直しながら疑問を口にした。
「大人組って初出語よね。お嬢も今年成人式で、誕生日を迎えてるから二十歳だったと思うんだけど」
「まだ大人じゃない。親の顔色を伺ってるようじゃあね」
確かに二人は親の力に頼らずに生きている。巫女くんの家庭事情など知らないが、独りでも生きていけることは見て取れた。むしろ、独りで生きていけない状況でも平気でやり過ごしそうな雰囲気すら漂っている。
「良いライターだ」
「吸う?」
「じゃあ一本貰う」
助手席で早速煙草を咥えた地雷ちゃんのピンク色をしたライターを横目で褒める。箱を運転席の方に向けてくるので、引き抜いてから「貰う」と唱えた。
煙草を吸いながらの運転が合法だったかは定かではない。ベリーのフレーバーが入った箇所をパキリと噛み潰し、ライターを借りて火を点けた。
「勧めといてなんだけど、意外」
「そう? ……まあ、普段は吸わないよ。天気が良いからね」
巫女くんの基準はわからない。
ドライブに出掛けたり、煙草を吸ったりすることと気候には何の関連性があるのだろうか。
繁華街の渋滞をゆったり走り、落ちかけた灰を地雷ちゃん持参の携帯灰皿に擦り付ける。行き先は告げないで、ドライブに誘ったにも関わらず無言だった。
「ショッピングモール跡、行くよ。何もないけど」
「いいじゃん。自撮りしよ」
ショッピングモール跡とは、数年前に全店閉店となった近所の小規模ショッピングセンター……その廃墟のことだ。車でないと通えない立地のためあっという間に潰れ、しかも取り壊しの目処も立っていない。
既に機能していない駐車場に勝手に停めた。見つかればことなので、物陰に。先客がいたら色々と面倒だが、幸運なことに他の車は見当たらなかった。
外の街灯で少しは明るい階段を十段飛ばしで飛び降り、重い靴音を立てて廃墟同然となっているステージに立った。巫女が振り返って見上げると、連れは便乗せずに一段一段降りていた。
「よくやるよね。イカれてる」
「それは光栄。お褒めに与り恐悦至極にございます」
呆れたような地雷ちゃんに、巫女くんは花火の時のように大げさな口ぶりで口角を上げた。
互いの笑い声が高い天井に反響し、耳にキーンと残る。
「巫女くんってさ、結構人によって態度……じゃないか、性格? 変えてるとこ、あるよね」
「ある、かも。今は必要以上にはっちゃけてる。けど素に近いよ」
「それお嬢の前でも言ってたり」
「言ってないって」
足をぶらぶらさせ、腰丈ほどのステージ上に座る巫女。廃墟のショッピングモールには場違いすぎるほど場違いで、低い位置でポニーテールにした黒髪に緋袴は、清楚な和風美人という言葉が相応しかった。その口で「これが素の自分だ」などと宣うのはにわかには信じ難い。
「本当だよ」
巫女くんは笑うのをやめて、ステージ下のベンチで座る友人の方に身を乗り出す。
「アウトローじゃなきゃ、こんなとこ来ない」
「間違いない」
地雷ちゃんは何本目かの煙草に火を点け、煙を吐き出し、また笑った。
「めちゃくちゃ絵になる。廃墟、ピアスバチバチの美少女、煙草」
いつも通りにフリルのあしらわれたブラウスとスカートを身につけた姿は、薄ぼんやりとした背景も相まって、どこかの写真集に載っていてもおかしくない。
「さて、本来の目的。自撮りしよ」
「暗いけど大丈夫そう?」
「ライト持ってる」
「有能」
二人で明るい場所を探し、地雷ちゃんが小さな革のバッグから携行用の自撮りライトを取り出した。
自撮り用のアプリを起動すると、巫女くんが慣れているとも不慣れともつかない仕草で映り込む。いつも通りにフィルターを掛けて撮影した。
「暗いと顔面やばい。強めに加工かけていい?」
「いいよいいよ。私も事故らせないでくれたらいいよ」
「最初から顔面優勝してるから大丈夫」
場所を変えたり、フィルターを変えたりして何枚か撮り、時間も時間なので車に戻って帰ることにした。
「背景はモザイクかけとく。バレたらまずいし」
「助かる」
巫女くんの服はすっかり煙草の匂いが染み付いている。絶対洗濯必要だな、と巫女は考えた。
「今日遅いし、うち泊まってく?」
「それってつまり、お持ち帰りかな?」
「違うわ」
寝るまで喋り明かしたい気分なのだ。お泊まり会は、何歳になっても楽しいものだろう。
「いいよ。オールで飲み明かそ」
「明日仕事ないので……いいよ」
「それマジにお持ち帰りのやつじゃん」
コンビニで酒と簡単なつまみを買って帰る。地雷ちゃんは車で早速缶を開けようとしていたものの、運転席の友人からの恨めしげな視線でやめる。
地雷ちゃんがストローで発泡酒を飲まないので巫女くんは内心かなり驚いた。
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