第6話 難問

「ねえ浩輔ー、あたし太ってないかなぁ?」

 鏡の前で、奈々未が部屋着の裾をめくって自分のお腹と腰のあたりを見ながら二度、三度と回っている。


 --女というのは時々さらりと難問を出してくる。


 今の問いがなぜ難問なのかといえば、それは「正解」がないからだ。

 さらにいえば、正解はないのに「間違い」はあるからだ。

 今まで、何度か答えを「間違えた」ことのある俺は学んでいた。


 順に追っていこう。


 この場合、まず回答として「そうだな、太ったんじゃないか」は即アウトだ。

 明らかに通常の三倍ぐらいに増量していればアリかもしれないが、「ちょっと厚みが増えたかも」ぐらいでの使用は厳禁だ。


 そうなると、目に見える指標に頼りたくなるだろう。

 では、「具体的に何キロ太ったのか言えよ」や「見てやるからちょっとつまませろよ」はどうかといえば、これもアウトだ。

 相手の逃げ場を完全に奪ってしまうような返しは、ガチの喧嘩ならまだしも決定的に場の空気を破壊する悪手だ。


 だから今の場合、俺の選択はこうだ。

「いや、俺には特に変わったようには見えないけどな」

 もしも本当は少し太ったかも、と思ったとしてもそれは誤差の範囲ぐらいに割り切ることも大切だ。


「そうかな? 本当? 本当に太ってない?」

 奈々未はなおも鏡の前で回りながら、重ねて問いかけてくる。

 そう、相手もさすがに1度の答えで丸め込まれはしない。

 そこですかさず二の矢を放つ。


「んー、俺にはいつもの可愛い奈々未に見えるよ」

「本当!? 大丈夫? かわいい?」

 奈々未が食いついてきた。

 いい展開だ。趣旨が少しぶれてきている。


「でも、これ以上太ったら、浩輔イヤだよね?」

 これは……太ることに対して連帯責任に持ち込む戦術というわけか。

 ならば俺の答えはこうだ。

 一応クギは差しつつも、否定せずに持ち上げる。

「まあ、あまり重くなられちゃうと抱っこしてあげられなくなるから困るけど、奈々未は奈々未に変わりないだろう?」


『お前本気で言ってんのかよ? 歯が浮くわ!』

 そう思う向きもあるだろう。

 歯ぐらい浮かせとけばいい。浮かすだけならタダだ。


「うれしい! 浩輔大好き」

 奈々未は上機嫌で抱きついてきた。

 --よし、なんとかしのぎきれたか。


「あ、そうだ」

 そう言うと奈々未は俺から離れて、冷蔵庫から白い紙の箱を手に戻ってきた。

「美味しそうだから買ってきたんだー。あ、浩輔の分もあるからね」

 箱の中には、大きめのケーキが2つ入っている。


 ……なるほど、これを食べるための予防線を張りたかったのか。


 正直、俺はそこまで甘いものが好きなわけではないし、今はあまり腹も減っていなかったのだが「よし、一緒に食べようか」そう言って奈々未に微笑んだ。

「じゃあ、お店の先輩にもらった美味しい紅茶があるからそれも淹れるね」

 奈々未は楽しげにキッチンへと向かう。


『これを食べたら本当に太るかもしれないけどな』


 そう思ったが、もちろん言わない。

 結局のところ、こうして奈々未が笑っていることが、この問題の正解と言えるのだから。















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主にカレシの事情 椰子草 奈那史 @yashikusa

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