第3話 思い出墓場
登場人物
同棲7ヶ月目。
「あたしと付き合う前の浩輔って、どんな感じだったの? ちょっと見てみたいな」
奈々未が唐突に切り出してきた。
――ああ。ついに、このテの話がきたか。
なるべく触れないようにと気をつけてきたつもりだったのだが。
「昔の写真かー。俺、前はあんまり写真好きじゃなかったし、一回スマホも水没させて最近のは結構無くなっちまったのも多いんだけど、確かアルバムがどっかにあるはずだから探してみるよ」
俺は棒読み的に応える。
はい、嘘つきました。
アルバムの場所はわかっている。押し入れの右から三番目のダンボールの一番底の黄色い紙袋の中だ。
更にいえば、それは見せても大丈夫なやつだ。
中身は高校時代から2年前位までのもので、ほとんどが友達か知り合いとしか写っていない無難な写真ばかりだ。
本当に見せられないものは、別のところにある。
さて、世の中には二種類の男がいる。
① 新しい彼女が出来たら、前の彼女との思い出を全て捨て去れるヤツ
② 捨てられないヤツ
お分かりいただけだろうか。
そう、俺は②だ。
いや、いろんな考え方があるだろう。
今の彼女への愛を最優先し、過去のことなど投げ打ってしまう、というのもある意味正しい。
しかしだ。
よほどひどい裏切りがあったとかならまだしも、考え方の食い違いでたまたま別れたような場合、それは本当に捨て去らねばならないものなのだろうか。
少なくとも、当時の写真に彼女と楽しげに写る自分に嘘はない。
もちろん、その時の彼女に対する想いにも。
後の破局を含めても、それは紛れもない自分の人生の一部には違いないだろう。
そう思うと、俺には捨てることが出来なかった。
とはいえ、それは奈々未には関係のないことだし、奈々未を傷つけるようなことはしたくないから、それらの写真はどうでもいいものばかり詰まったダンボールの一番奥の赤い紙袋に入れてある。
まぁ、いずれは捨てることになるかもしれないが、ひとまずは思い出として寝かしておこうと思っていた。
一週間ほど後、俺は奈々未に昔のアルバムが見つかったと伝えた。
実は、その時一つの計略を実行していた。
それは、奈々未が仕事や飲み会で帰るのが遅くなる日を狙って、アルバムの中身を再編集したのだ。
俺は意図的に中学や高校の時の写真の比率を多くし、社会人になってからの写真は本当に当たり障りのないものばかりに差し替えた。
「うわー、高校生の浩輔、髪クリクリで可愛いー!」
「ぷっ、新入社員の浩輔、ネクタイ地味すぎてオヤジみたい」
俺の計略は的中した。
奈々未の興味は垢抜けない俺の容姿をいじる方に向いて、恋愛に関することはついに触れなかった。
「あー、可笑しかった。それじゃご飯作るね」
機嫌よくキッチンに向かう奈々未を見送り、俺も密かな成功を祝って缶ビールを開けた。
――ふう、一仕事終えた後の一杯は美味いな。
その時、キッチンから奈々未の声がした。
「浩輔ー、明日燃えるゴミの日だから、脱衣所の前にあるものを一緒に出しておいて」
「ああ、わかったよ。全部まとめて明日――」
脱衣所の前には2つのゴミ袋と、その上には赤い紙袋が置かれていた。
俺は、恐る恐る奈々未のほうを振り返る。
奈々未は俺に背を向けたまま、トントントントン、と小気味よい包丁の音を立てている。
「はひ、ちゃんと、捨てておくから」
俺はひきつれた声で応えた。
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