第5話 ふの遺産

 原稿を上げて一息ついていると、足音が聞こえてきた。

「黒井先生、これ、ネタにできますか?」

 清だ。

 清の手には数冊のノート。

「ネタに使うって、何が書いてあんの?」

「中身は確認してません。依頼者によれば小説らしいのですが」

 清が私にノートを一冊手渡す。ヨレヨレになったそのノートは閉じた状態でもたくさん書き込まれているのが分かる。

「───読んで」

「えっ」

「読んで読んで読んで読んで読んで読んで読んで読んで───」

「うわぁっ!?」

 思わずノートを投げ捨てる。その途端声が止んだ。

「このようにノートを持った者への訴えがあまりにも激しいので気味悪がって誰もノートの中身を読んでいないんです」

「これは確かになぁ……」

 恐る恐るノートを拾う。相変わらず「読んで読んで」とうるさいが、とりあえず中身を確認しなければならない。慎重にノートを開く。すると声が止んだ。どうやら読む時は静かにしてくれるようだ。

「えっと、どれどれ……」

 いきなり始まったのはキスシーン。どうやら恋愛小説らしい。暫くキスシーンが続き、それから愛を囁き合う。

「うん?」

 その囁きから二人の名前が分かったのだが、その名前には見覚えがあった。確か数年前に人気になった漫画のキャラクターだ。しかもそのキャラクターはどちらも男。

「えっと、あれ?」

 私もその漫画を読んでいたが、あれは少年漫画で、二人は恋愛関係にあるという設定はもちろん無い。

 つまり、これは───。

「二次創作じゃん!しかもBL!」

 清がきょとんとした顔をしている。どうやら二次創作もBLも知らないようだ。いや、知らないならこのまま知らないでいてほしい。

「あの、それは」

「これは、その、女性向け、そう、女性向けの小説!だから清には面白くないから!」

「いや、面白くないかどうかではなくてですね」

「これはあたしが預かるから!」

「いやでも」

「大丈夫だから!」

 清を玄関まで引き摺っていき、そのまま玄関から外へ放り出す。そして鍵を閉めた。

「ひぃ……どうしよう……」

 私も二次創作自体は理解しているものの、書いたりしたことはない。これをどう処理していいか全く分からない。

「このまま家に置いておくわけにはいかないし……」

 頭を抱えていると、何故かパソコンが起動した。おまけに勝手に検索サイトが開かれ、そして何かを検索し始める。もしかして、このノートの持ち主だろうか。

「えっと?」

 そして開かれたのは、とあるサイト。どうやらイラストや小説を投稿するサイトらしい。

「これだ!」

 私はすぐにアカウントを作って、ノートに書かれている小説を投稿し始めた。

 ノートの持ち主はこの小説を読んでもらいたいと強く思っている。ここならこの小説を求めている人々が読んでくれるに違いない。

「よっしゃー!」

 それから私は寝食も忘れて投稿を続けた。一刻も早く全て投稿し、このノートを葬り去るためだ。

「もう少し……もう少し……」

「黒井先生、何してるんですか?」

「えっ!?」

 振り返ると何故か清がいた。一体どうしてここに?

「ノートを渡した日から連絡が取れないので、万が一のことを考えて来たんです」

「そ、そうなんだ。でも、あたし、今大事な作業中だから」

「一体何をしてるんですか?」

「読んでほしいみたいだから、サイトに投稿を」

「なるほどー。どれどれ……」

「駄目!見ちゃ駄目!」

「えっ、なんでですか?」

「駄目ったら駄目!絶対駄目ぇぇぇぇ!」


 後日、全ての小説を投稿し終えた私はそのノートを庭の隅で燃やした。その時光が天に昇っていくのが見えたので満足したのだろう。これで平穏な生活に戻れる。

「ひゃあぁぁぁぁ!」

 部屋から清の悲鳴が聞こえた。急いで駆けつけると、なんとあのサイトを見て清が赤面していた。

「こ、こんな倒錯的な、破廉恥な、黒井先生の変態!」

「あたしが書いたんじゃないのにぃぃぃぃ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る