第4話 魔法の壺
「黒井先生ー」
今日も清がやって来た。ちょうど煮詰まっていた所なので相手をしてやろうと振り向くと、清が緩んだ顔で八を撫で回していた。どうやら猫が好きらしい。
「あたしに用なんじゃないのー?」
清がハッと我に返り手を止める。八はもっとと強請るように頭を清の脚に擦りつけた。
「これが猫又の力……侮っていました……」
「いや、違うし」
仲良きことは美しきかな。平和で何より。
「もしかして、八に会いに来たんじゃ……」
「違います。これを持ってきたんですよ」
清が見せたのは風呂敷に包まれた何か。風呂敷の内側からゴソゴソと音が聞こえてくるが、風呂敷は微動だにしない。つまり何かに入っているのか。
「これ、何?」
「魔法の壺ですよ」
そう言って清が風呂敷を解く。風呂敷の下から現れたのは土の色をしたなんの変哲もない壺。
「まさか蠱毒じゃないよね?」
蠱毒とは壺に入れた毒虫を共食いさせて最後に残った一匹の毒を飲食物に混ぜて人に危害を加える古代から伝わる呪術である。もし蠱毒なら音からするに最後の一匹がこの中に入っていることになる。
「違いますよ。これは何でも願いを叶えてくれる魔法の壺なんです」
「胡散臭ー」
これが本当に魔法の壺ならば私の所に持ってくるはずがない。まず持ち主が手放さないだろう。それなのにここにあるということは何かしら問題のある壺なのだ。
「中身が気になるなー」
「見たいですか?」
「そうだね、見たいね、中身」
言ってからハッとした。これは『願い』ではないだろうか。私は無意識に『願い』を口にしてしまったのでないだろうか。清の顔を見ると、口だけが笑っていた。わざと私に『願い』を言わせたのか。
「この壺は何でも願いを叶えてくれる壺なんです。まぁ、代償は願った者の命なんですけどね」
「そんなもん持ってくんなし!」
壺から何か飛び出してきた。がさりと音を立てて畳の上に落ちる。私の掌ほどあるそれはもじゃもじゃとした体にギョロギョロとした目玉が付いていて、針金のように細長い脚がたくさん生えていた。
「なんかきもい!」
それは私の脚をものすごい勢いで這い上がってくる。全身に鳥肌が立った。服越しでも分かる脚の動きに固まっていると、それはあっという間に首元にまで上がってきた。
あぁ、噛まれてしまう!
次に来る痛みに耐えるため目を瞑って歯を食いしばったが、それは一向にやって来ない。おそるおそる目を開けると、私の肩に乗った八がそれを咥えていた。
「へ?」
八が音も立てず畳の上に下りる。一度それを離して前足で押さえると、むしゃむしゃと食べ始めた。私に背を向けるように食べているのでどうなっているかは分からないが、それを見ている清が青ざめているので相当酷い状態なのだろう。見えなくて良かった。
「すみません、吐いていいですか?」
「トイレ行け!」
清が暫く八に近寄らなくなったのはまた別の話。
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