第3話 呪いの三毛猫

 私は黒井黒乃介、ホラー作家だ。

「真夜ちゃん、ちょっといいかしら?」

 本名は真夜、真の夜と書いてまやと読む。近所の人には作家業は秘密にしているので当たり前だが本名で呼ばれる。

「木村のおばあちゃん、どうしたの?」

 木村さんは二軒隣りに住んでいて、祖父の同級生ということもあり幼い頃から可愛がってもらっている。最近体調を崩していると聞いていたが、一体どうしたのだろう。

「八を知らないかしら?最近家に帰ってきてないの」

「八?いや、見てないけど」

「困ったわねー」

 八というのは木村さんが飼っているオスの三毛猫だ。木村さんの旦那さんが拾ってきた猫なのだが、その人が「八は末広がりで縁起が良いから」と八と名付けたのだ。

「私ね、入院することになったの。だから八のこと真夜ちゃんに頼もうと思って」

 入院する。思わず色々聞いてしまいそうになったが、その言葉を飲み込んだ。

「分かった。見つけたら家に連れてきておくよ」

「お願いね、真夜ちゃん」

 そう言って家に戻っていく木村さんの背中は丸まっていて昔に比べると小さくなっていた。その背中を見送っていると胸が締めつけられる。

 最後のお願いにならなければいいのだが。

 そんなことを考えてしまう。

「あー、駄目だな」

 頭を抱えてしゃがみ込む。

 人が死ぬことは当たり前のことであると理解はしていてもいざその時が来ると動揺してしまう。いや、まだ死ぬと決まったわけではない。元気になって帰ってくることを信じないでどうする。

「黒井先生、何してるんですか?」

 清の声だ。

 こんな時に会いたくなかったが、来てしまったのなら仕方ない。いつも通りにしなければ。

「別にー!ちょっと疲れただけだしー!」

 勢いよく立ち上がる。

 すると目の前に現れたのはなんと八だった。八は清の腕に抱かれていた。

「黒井先生、ネコですよ!」

 私は清を無理やり家の中に入れると、首を絞めた。

「ご近所さんの猫連れ去ってんじゃねえよこら」

「苦しいっ、苦しいっ」

 八は清の腕からするりと抜け出すと居間の方に行ってしまった。二本の尻尾がゆらゆらと揺れている。

「いやっ、依頼なんですっ」

「依頼だぁ?木村のおばあちゃんがさっき探してたんだぞ?」

「娘っ、娘さんからのっ、依頼なんですっ」

 木村さんの娘さんは遠方に嫁いだはずだ。その娘さんが依頼とはどういうことだ?

「詳しく」

 話を聞くため手を離してやる。清に睨まれたが、睨み返した。

「黒井先生も分かっているんですよね?あの猫は普通の猫じゃないって」

「ご近所さん全員が知ってますが何か?」

 そう、八は普通の猫じゃない。八が拾われたのは木村さんがまだ新婚の頃。その時はまだ子猫だったとはいえ、いまだに元気に走り回っているというのはおかしい。そして何より八の尻尾は二本ある。これは完全に猫又と化しているという証拠だ。

「知っていてスルーしてますが?」

「とんでもない所ですね」

「それだけ八が可愛がられてるってことだね、うんうん」

「しかし、娘さんは違った」

 清が咳を一つして背筋を伸ばす。

「娘さんはその猫を気味悪がっていまして、木村さんが病気になったのも猫のせいだと思っているんですよ」

「はぁっ!?」

 木村さんは今まで元気だといってももう90歳。その年齢なら心身共に衰えて病気になるのは仕方ないことのはずだ。それを八のせいにするなんて信じられない。

「猫の方も娘さんを良く思っていないみたいで」

「そりゃそうだろ!」

「それで余計に拗れているみたいです」

「今すぐ娘さんぶっ飛ばしてきていい?」

「社会的に終了していいなら。その時猫はどうするんですか?」

 そうだった。私は木村さんから八を頼まれたんだ。感情に流されてはいけない。しっかりしなければ。

「──ん?なんか最初からあたしが預かる流れなんですけど?」

「そりゃそうですよ。私達がたかが猫又一匹相手にするわけないじゃないですか」

 はっきり言うが実家は金がある。それは金がある所と取引しているからだ。そうなると一般家庭なんて目に入るわけがない。そうやって実家で無視された依頼が私の所に回ってきているのだ。今回はその仕組みに助けられた。

「この後どうするかは黒井先生に任せます。よろしくお願いしますね、黒井先生」

 そう言って清が懐から取り出したのはスーパーで売られているような大きなパックの煮干し。それにいつの間にかやって来た八が飛びつく。

「やはりこれが目当てだったか!それ!」

 清が煮干しのパックを投げる。パックは廊下に落ち、興奮した八がパックを引き裂き煮干しを撒き散らす。

「大惨事じゃんかよ!」

「じゃあ私は帰りますね」

「帰るな!片付けろー!」

 八は嬉しそうに煮干しをボリボリ食べながら喉を鳴らしていた。

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