第2話 叫ぶ鍋
私は黒井黒乃介、ホラー作家だ。今日も原稿に取り組んでいるがあまり筆が乗らない。かれこれ数時間原稿と睨めっこしている。そろそろ何か気分転換でもして頭をすっきりさせようか。
「黒井先生ー、料理します?」
慌てて声のした方を向くと清が立っていた。その手には何故か鍋。どこの家庭にも一つはありそうな両側に持ち手の付いた金属製の鍋だ。
「料理自体はするけど」
「じゃあ今からこれで料理してください」
「無茶振りだなおい!」
いきなり鍋を使った料理をしろと言われても困る。とりあえず台所に行って冷蔵庫に何があるか確認しなければ。話はそれからだ。台所へ向かうと清も後ろからついてきた。
「料理するのはいいけど、あんた食べてくの?」
「食べませんよ」
「食べないんかい!」
台所へ着くと冷蔵庫を開ける。うん、野菜と冷凍のカットベーコンがあるのでスープを作ってみよう。
「鍋ちょうだい」
「はい、どうぞ」
一旦鍋をコンロに置き、手を洗う。それから野菜の下拵えをしていく。
「おなべ、なべ、なべー」
適当に歌いながら野菜の皮を剥いていき、食べやすい大きさに切っていく。それから火をつけて鍋が温まったらカットベーコンを入れて炒める。野菜も炒めてから、計量カップで水を入れていく。私は材料を炒めてから煮るのが好きなのでいつもこのやり方だ。
「ところで、この鍋どっから持ってきたの?」
水をたっぷり入れたこの鍋は新品ではない。傷やら焦げ跡やらがある使い古された鍋だ。つまり何処かで使っていたものを持ち出してきたということだ。
「それですか?預かったものですよ」
「預かったって、それで料理していいの?」
「この鍋は料理しなければ何も言いませんから」
「はい?」
鍋が何かを言うとはどういうことだ?
「また料理の文句言いやがってあの糞ばばあ!」
私でも清でもない声がした。外で誰かが叫んでいるのだろうか。それにしては声が近い。
「文句があるなら自分で作れ!」
これは女性の声。しかも今まで聞いたことがない声だ。
「あいつもヘラヘラ笑いやがって!一体誰の味方なんだよ!」
よく聞いてみると、声はコンロの方から聞こえてきた。コンロには鍋しかない。まさか鍋が叫んでいるのか?
「黒井先生、これ、悪口を言う鍋なんですよ」
清が笑う。どこか呆れているような笑い方だ。
「良いネタでしょう?」
良いネタかどうかはともかく、料理中に悪口を言う鍋なんて使っている方は気分が悪い。なんだか料理も不味くなりそうだ。一先ず違う鍋に変えよう。
「いつもいつもうるさいんだよ!」
鍋は相変わらず叫んでいる。一体誰に向かって悪口を言っているのやら。
「こんなことになるなら、結婚なんてしなければ良かった」
この人は結婚しているのか。そうなるとこれは嫁姑問題というやつだろうか。だいぶ拗れているようだ。
「あのばばあ、さっさと死ねばいいのに」
なにやら物騒になってきた。まさか姑を殺した嫁が使っていた鍋なんて言わないだろうな?
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
鍋はそれしか言わなくなった。これは悪口ではなくて、もはや呪いだろう。こんな鍋で作った料理なんて食べたら本当に死んでしまいそうだ。
「ねぇ」
火を止める。それと同時に声がぴたっと止んだ。
「この鍋、誰から預かったの?」
「この声が言う糞ばばあですよ。なんでも嫁がいなくなってから鍋が悪口を言うようになったとか」
いなくなったとは家を出ていったのか、それとももうこの世にはいないのか。どうか前者であってほしい。これを悪口としか思えないような糞ばばあの手の届かない遠くへ逃げていてほしい。そう思わずにいられなかった。
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