黒井先生、ネタですよ!

カチ りょうた

第1話 伸びる人形

 私の名前は黒井黒乃介。勿論本名ではない。所謂ペンネームというやつだ。私はこの名前でホラー小説を書いており、まぁなんとか生活できている状態だ。明日を生きるために今日も原稿を書いている。

 しかし、なかなか筆が乗らない。どうしても展開に納得がいかないのだ。自分で考えておきながらこれはない。どうしたものか。そんなことを考えていると、こういう時にやって来る奴のことを思い出す。

「黒井先生ー、黒井先生ー」

 来た。チャイムがあるにもかかわらずでかい声で私を呼ぶ奴はあいつしかいない。近所には作家業を秘密にしているからその名前は叫ばないでほしいのだが。

「黒井先生、いるなら返事してくださいよー」

 玄関は鍵が掛かっているはずなのにいつの間にか部屋に入ってきているこいつは速水清。本名だ。清は私の親戚に当たる人間で、時々私の元を訪ねてくる迷惑な奴だ。何が迷惑かというと、いつもよく分からないものを持ち込んでくるからだ。

「今日も良いネタ持ってきたんですよー。是非使っていただきたくてー」

 清の足元に何かある。長方形の箱だ。なんだか綺麗な箱で、一箇所開くようになっている。確か葬式で見たことがある。私の祖父もこの箱に入って火葬場に行き焼かれてしまった。

「てか棺じゃね!?」

 どうしてこんなものが家の中にあるんだ?まさか、まさか、何処かの斎場から盗んできたのか?

「棺ですけどー、入ってるのは死体じゃないですよー」

 清はクスクス笑っている。いや、笑う所じゃないだろう。

「あれですよー、伸びる人形」

「は?」

 伸びる人形って、もしかして髪が伸びる人形のことか?もしかして、この棺いっぱいに髪の毛が?

「きもきもきも!どっちにしろきもい!」

「そんなこと言わずに見てくださいよー。本当に凄いんですからー」

 清が棺を開ける。そんな簡単に開けられるものだっただろうか?

「ほら、伸びてるでしょう?手足」

「ひいー!」

 棺に横たわっていたのはガラスケースに入れられて飾られていそうな日本人形。ただ他と違うとしたら、手足が長かった。体は日本人形そのままだが、手足が異常に長い。おそらく大人ほどの長さはある。

「ね?良いネタでしょう?」

 そう言って清は笑う。笑っているが、目が全く笑っていない。

「いやきもいから!こんなきもいもん持って来んなし!」

「そんなこと言わずにー」

 その時、人形がむくりと起き上がった。そしてくるりとこちらを向く。

「ちなみに動きますよー」

「早く言えし!」

 人形は棺から出ると四つん這いになりこちらに向かって移動を始めた。それが思った以上に速い。

「ひいー!きもきもきも!きもい!来んなし!」

 急いで立ち上がり座っていた椅子を持ち上げると人形に向かって振り下ろす。

「ギャアアアアッ!」

「ひいー!ひいー!」

 鳴き叫ぶ人形に何度も何度も椅子を振り下ろし、椅子から伝わってくる何かが潰れていく嫌な感触に全身に鳥肌が立つ。それでも身の危険を感じるため止められない。暫く続けていると人形の頭が割れ、その場に崩れ落ちる。そして一瞬にして灰に変わってしまった。

「はーい、お疲れ様ですー」

 清はその灰を掃除機で吸った。勿論それは我が家の掃除機ではない。

「いや本当勘弁して!物理効かなかったらどうするつもりだったの!?」

「どうにかなったんだから良かったじゃないですかー」

「良くないわい!」

 清の襟元に掴みかかろうと手を伸ばしたが、逆に手首を掴まれてしまった。だんだんと増していく力に思わず顔を顰める。

「勘違いしないでくださいね?貴女は自由に生きる代わりにこの仕事を引き受けたんですから」

 私は黒井黒乃介。ホラー作家だ。もし私がホラー作家にならなければ実家の家業を継いでいただろう。

 その家業とは、呪術師だ。

「私達が手を出すには及ばない依頼を解決するという仕事をね」

 清の言う通り、私はあの家を出てホラー作家になるためその条件を飲んだ。それは認める。だが、こう毎回毎回訳の分からないものを持ち込まれて平然と処理できるわけがない。もう少し私の気持ちも考えてほしいものだ。

「では、また何かあったら持ってきますねー」

「いらねぇよ!」

 叫んでいる間に清はさっさと行ってしまった。逃げ足の速い奴め。

「──はぁ」

 書きかけになっていた原稿に目を通す。

「うん、書き直そう」

 そして私は再び原稿を書き始めたのだった。

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