第53話 諦観の果てに
勇者は多くの記憶を見た。それは、自分のもの、英雄のもの、他の4強のもの、他の反逆者達のもの、それら全てを何度も見直した。しかし、それは勇者を絶望の淵に舞い落した。
今までの勇者は、自らが考えらえる方法を練り、神に挑んでいた。そして見えない希望を掴むために4強を探していたのである。しかし、自らが考えた方法を遥かに超える内容で神に挑み、そして敗れる反逆者達の様を見た。そして、希望であった4強にも既に打つ手がない状態のように見えた。
最強と目される彼らの最後の手が勇者であったのである。それは、傍から見れば計画や作戦とは呼べるものではなく、願望や妄想に類するものであった。
『あのものであれば、無限の宝箱を破壊すること出来る』
『あいつなら、神を打倒する術を持っている』
『あやつに全てを託せば・・・・・』
「ふふふふ・・・・・・・はははははは・・・・はぁぁぁぁはははははぁあぁ!!!!!」
勇者は狂ったように笑い出した。
ひとしきり笑い終えたところで勇者は下を向き、ぼそぼそと涙を流しながら呟いた。
「無理に決まっているだろ・・・・・俺は・・・・・弱いんだよ。あの野郎に、神に勝てるわけないだろうが。神どころか、その部下にも勝てないのに、どうしろっていうんだよ」
勇者は神への挑戦心が薄れていった。今までの勇者であれば、どれほど失敗しようとも諦めることは無かった。しかし、勇者は多くの事を知り過ぎたのである。伝説の世界で神に迫りながらも、諦めてしまった英雄達と同じように、勇者もまた多くの事を知り、そして戦うことを、足掻くことを諦めてしまった。
勇者は以降の人生を、ただただ過去の楽しかった記憶を覗くことに費やしていた。それは、年老いた老人が昔の事を懐かしむように、ただただ幸せだった時の記憶に浸っていたのである。
しかし、そのささやかな幸せすら神は許さなかった。幸せな世界のほとんどは神に滅ぼされ、終焉を迎えていたのである。それほどまでに、神は人々の幸せを疎んじていた。いや、神は幸せから転落し、絶望する人々を見るのが大好きだったのである。
勇者が幸せな世界の記憶を覗く度に、その世界は神にぐちゃぐちゃにされていた。それは過去の記憶である。今更、勇者にはどうすることも出来ない。ただ見ていることしか出来なかった。
「やめてくれ・・・・・やめてくれ!!それ以上、皆を傷つけないでくれ!!!頼む!!なんでもするから・・・・・・頼むから!!!!俺の全てを捧げるから」
終焉を迎える世界を見続けたことで、勇者はついには神に祈ってしまった、すがってしまった、そこまで心が弱っていたのである。
神は答えなかった。当然である。既に神は勇者を見てはいなかった。最初は面白がって眺めていたが、自分の所にすら到達出来ない勇者に飽きれ、既に眼中には無かった。
勇者は、それからというもの毎日、毎日、何度も、何度も、神に祈り続けた。
「お願いします、お願いします、お願いします。神様、これ以上、皆を、仲間を、友を、家族を、人々を苦しめないでください。お願いします、お願いします、お願いします」
勇者はそれから人生の全てを掛けて神に祈り続けた。
しかし、神が答えることは無かった。
勇者は年老いて、寝床の上で過ごすことが多くなったが、それでも神に祈り続けた。
「ど・・おか、神よ・・・・・・人々をお助け・・・・ください。どおか・・・・」
「見ていられませんね」
「ぅぉ!!」
勇者が声に気づき、目を開けると、寝床の横には仮面の者が立っていた。彼ものとは何度も戦ったことがあるが、一度として勝てたことは無かった。
「無駄ですよ、全て。神は貴方を見ていない。無意味なことです」
「・・・・・たとえ、・・・・・・たとえそうだとしても、他に出来ることは・・・・・無い。力無き者に出来ることは、これくらいだ」
「願えば叶えてくれると?誰かが何とかしてくれるとでも?」
「・・・・・・・英雄殿なら・・・・・・いつか、なんとかしてくれると信じている。あのものなら、きっと!」
「ふふふ、お笑い種ですね。あいつは既に神によって封印されましたよ」
「???」
「封印っという表現は適切ではないかもしれませんが、あの者は二度と無の核から、他の何かになることはありません。全て終わったのです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「精々次は記憶が戻らないことを祈ってください。たとえ記憶が戻ったとしても・・・・・・気にせず生きれば良いのですよ」
仮面の者は次の瞬間には消えていた。それは、勇者が死の淵で見た幻であったかもしれない。全ては無駄であった。それだけは、事実であったかもしれない。勇者は目を閉じ、死を待っていた。
勇者は夢を見た。いや、無意識の内に別の世界の時の記憶を覗きこんだのかもしれない。
誰かが諦めるなと言っていた。誰かが絶対に勝とうと言っていた。誰かが幸せを掴もうと言っていた。
それを言っていたの、いつかの勇者であった。そして、いつかの英雄であった。
英雄や4強や反逆者達は繋いできたのである。多くの記憶を、多くの思いを、その願いを自分で終わらしていけない。
勇者は最後の瞬間に決心した。たとえ、どんな小さなことでも、どんなに無意味だと思うことでも、積み上げてみなければわからない。
勇者の力では他人の核に、別の記憶を刻み込むことなど到底できない。故に、勇者は自分の核に深く刻み込んだのである。
力ある者が、才気溢れるものが勇者の核に触れれば、そこにある記憶を全て読み解くことが出来るように、深く、深く刻み込んだのである。
そして勇者は無の核に戻っていった。
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