第49話 模索

 勇者の思いや記憶は、いくつかの世界で復元された。それは、神が創生した世界に飽きて破壊を試みる時であったか、勇者自身が幸せになった時であったか、不幸になった時であったか、定かではなかった。その復元のタイミングは様々であったが、勇者は全てのタイミングで神への挑戦や打倒方法の模索を実施した。


 勇者は、ある時は限界まで己の鍛え、ある時は多くの仲間を集め神に挑戦した。しかし、その全てで失敗した。しかも、神と戦うどころか、試練を1つも突破することが出来ない状態であった。仮面の者が相手の時は言うに及ばず、他の者が相手の時ですら全く歯が立たない状態であった。


 しかし、勇者は諦めなかった。記憶を取り戻した世界での思いは、次なる世界で取り戻すことが出来た。勇者は多くの世界を生きた経験を積み上げていった。


 それでもなお、勇者の剣が神に届くことは無かった。


 勇者は再びある世界で記憶を取り戻した。

「俺は・・・・・勇者・・・・・そうか、またここからか」

 勇者の手には短剣が握られており、目の前に自分を襲ってきた兵士が息絶えていた。勇者の体は10にも及ばない幼子であった。しかし、記憶を取り戻したことで、その力は並の兵士では遥かに及ばないものであった。

「母さん・・・・・」

 勇者は近くで血を流している母親のもとに駆け寄った。母親には既に息が無く、その体は冷たくなっていた。勇者は家から外に出ると、そこには多数の兵士がおり、村の人々を襲っていた。この世界は[10の世界の敵]と戦った時と似た世界であり、文明レベルも同様であった。異なる点としては、多数の戦争が常に発生しており、人々はその余波に苦しめられていた。敵国の村や町であれば略奪など自由な風潮であり、敗戦国の村は勇者の母親のような女性であれば弄ばれ殺されるか、勇者のような幼子であれば奴隷として売られるのが常であった。


 勇者は村にいた兵士達を次々に倒していった。その光景は兵士達からすれば悪夢の様であった。幼い子供が自分達よりも速く剣を振り回し、強大な魔法を使いこなし、そしてその全てを無表情で行われている光景は夢を見ているのではないか、と思う程であった。村は炎による赤さと、兵士達の鮮血による赤色で満たされた。



 この世界での勇者の母親は女手一つで勇者を育てていた。父親は勇者が生まれてすぐに死んでしまった。

「・・・・・・・・行こう」

 勇者は母親を埋葬すると旅に出た。この世界が狂っていることは、すぐに理解できた。あまりに戦争や憎しみ、憎悪が満ち溢れ過ぎていた。おそらくは、神の仕業によるものである。そうなるように仕向けて世界を創生したと考えるのが妥当な状況であった。


 しかし、勇者はその現状を打破しようとはしなかった。ある世界で勇者は記憶を取り戻した際に運よく世界を統一し、平和な世界を築くことに成功したことがあった。しかし、その世界に神が飽きてしまい終焉を迎えることになってしまった。勇者は人々を率いて戦ったが最終的には敗れてしまった。


 過去の経験から勇者は世界に干渉することを極力控えるようになった。そうすることで世界の終焉を迎えるまでの時間を稼ぎ、神の打倒のための策を練っていたのである。


 この世界では運が良いのか悪いのか、幼子の段階で記憶を取り戻すことに成功した。そのため、長い時間を掛けて策を練ることができる。老人になってから記憶を取り戻すこともあったが、どうすることも出来ないままに死を迎えたこともあった。それに比べれば何と得難い状況であったか。


 勇者が旅出る目的は複数存在した。一つはかつのて世界で共に戦った者達を探すことである。特に[10の世界の敵]で共に戦ったジンやリオ、ムー、巨人を重点的に探した。彼らは明らかに神との戦いに慣れた様子であり、自分と同じように何度も神に挑戦している考えられたからである。

 また、可能性は限りになく低いものの、神を殺せる方法を探していた。それは、巨大な魔法でもいい、強力な伝染力と死亡率の高い病気でもいい、方法は問わず多くの体験や調査を通じて神に対抗できる、神を殺せる方法を探した。

 勇者自身も自らの力の向上には余念がなかった。自分が神を打倒出来る程の力を身に付ければ何の問題もないからである。しかし、勇者は弱かった。確かに各世界で積み上げた努力によって、勇者は成長していた。だが、強くなればなるほど、敵の強さを正確に把握することができると共に、その絶望的な差に打ちひしがれるだけであった。


 勇者はある時に長らく疑問であった謎に対してヒントを得ることが出来た。それは、なぜ記憶や経験を別の世界でも取り戻すことが出来るのかである。そのヒントを貰えた相手は、賢人の教えであったか、愚者の戯言であったか、酔っぱらいの妄想であったか、覚えてはいなかったが、朝起きて確かに何かを掴んだ気がしたのである。


<思いや記憶、経験は体や頭に蓄積されるのではない。心に蓄積されるのである>

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