第29話 裏切り⑥

 世界の敵であるジンは、王城へ向かってゆっくりと歩いていた。その進行方向に1人の女性が立ちはだかっていた。当然、ジンはその人物が誰であるか知っていた。なぜなら、怪物達や人型の敵を操作して意図的に相対するようにしたのである。


「やぁ、無事で何よりだよ。レイナ」

「・・・・・ジン・・・・どうして?!」

 レイナはジンに向かって槍を構えた状態で問いかけた。


「どうして、こんなことを?!」

「勇者と同じようなことを聞きますね。理由は私が世界の敵だからですよ。他に理由はありません」

「・・・・・・・」

 レイナは目に涙を浮かべ、憤りや悔しさを胸に抱きながらジンの目を見つめていた。


「私も殺すの?街の人と同じように」

「・・・・・・本当であれば、そうすることになっています。しかし」

「何?幼馴染は殺せないの?」

「私は・・・・レイナを愛している」

「え?!」

「昔から愛していました。これは誰にも負けません。例えレイナの両親にも・・・・・コールにも」

「な、何を言っているの?こんなときに!」

 レイナは動揺を隠すために槍をきつく握りしめたが、その手は震えていた。


「昔はよくコールと、どちらがレイナをお嫁さんにするか喧嘩したものです。その度に怪我をしてレイナには治療してもらっていましたね。私は今でもその気持ちを忘れたことはありませんよ」

「馬鹿なことを言わないで!!こんなことをして、今更そんなことを言わないで!!」

 レイナは激しく言葉を放っていたが、ジンは淡々と言葉を紡いでいた。そしてレイナに徐々に近づいて行った。


「レイナ、一緒に来てくれませんか?」

「そ、そんなこと・・・・・できるわけ・・・・・ないじゃない!」

「大丈夫、私の隣にいてくれれば、後は全て私がやります。心配することはありませんよ」

「で、でも・・・・・最後はコールも・・・・」

「安心してください。最後の瞬間まで3人は一緒ですよ。最高の瞬間を一緒に迎えようじゃあありませんか」

 ジンとレイナは見つめあっていたが、ジンが何かを仕掛けたのか、レイナの目は徐々に精気が失われていくように曇っていった。


「ずっと・・・・一緒、私達は・・・・」

「ええ、一緒にずっと過ごしましょう」

 ジンはレイナをやさしくゆっくり抱きしめた。

「レイナ、私は貴方を遠い、遠い昔から好きでした。愛しています」


 レイナは目を閉じ、槍を落とし、ジンに体重を預け、ジンと同じように抱きしめた。

「私も・・・・愛しています。ジンのことを・・・・・世界で一番・・・・・愛しています。ずっと一緒にいてください」

「はい、一緒に行きましょう。どこまでも」

 レイナには既に世界の事など目に入っていなかった。永遠にジンと過ごすことだけを考えていた。




時を少し遡り王城の様子を確認する。


 王城では怪物が出現した当初は、兵士や魔法士達が城壁を有効利用することによって十分な防衛が実施されていた。しかし、黒い人型の敵が出現してからは戦況が一変してしまった。人型の敵には長弓を使いこなす者がおり、矢に異常な付与魔法を施し攻勢を仕掛けてきていた。城壁の上から攻撃していた兵士や魔法士は遠距離からの矢や魔法によって次々に殺されてしまった。兵士達は反撃も試みたが射程距離が違いすぎるために全く効果が無く、為す術もなく殺されていった。


 攻撃が手薄となった門は、巨大な人型の敵が盾を用いて突進されたことで打ち破られてしまった。侵入してきた人型の敵には、事前に門の周辺で待ち構えていた兵士や魔法士によって大量の攻撃が撃ち込まれたが、盾によって防がれ、後続の怪物達の侵入を許してしまった。

 城内でも激しい戦いが繰り広げられたが、怪物達の圧倒的な数のために徐々に兵士達は疲弊し隙を見せたところで食べられてしまっていた。


 ルージュやクルルのように優秀な魔法士や騎士も存在しており、一時的に盛り返すこともあったが、新たに出現した剣を用いる人型の敵や、短剣を用いる人型の敵に敵わずに次々と討ち取れてしまった。王族や一部の上級貴族は脱出を試みたが、道中で怪物達の大群に襲われ、護衛の兵士達と共に食べられてしまった。


 王様は最後まで城に残り指揮を続けたが、次第に周りを守る兵士達は減っていき、最後には無残に殺されてしまった。



 勇者とジンとの戦いに決着ついた段階で、王城の方でも決着がついていたのである。王城に兵は無く、ルージュやクルル、ソーラは討ち死に、勇者は身動きが取れずレイナはジンと共に生きることを決めてしまった。


 ジンとレイナは王城に到着した。そこは既に怪物達と人型の敵によって片づけが済んでおり、1人の生存者も存在しなかった。

「さぁ、レイナなこちらで衣装に着替えるんだ」

「着替えるの?」

「そうさぁ、これから結婚式を開くんだ。それに相応しい衣装に着替えるんだ」

「結婚・・・式、そうね。これから結婚式を開くのでしたね」

「ああ、さぁこの者と一緒に行くといい、身なりは真っ黒だがメイドもしていたことがある者だ。しっかりと着せてもらえるはずだ」

 ジンの後ろから短剣を用いる人型の敵が現れ、会釈によって挨拶をしているようであった。


「わかった・・・・・よろしくお願いするわ」

「私も着替えてくるので、準備が出来たら城の屋上まで来てくれ」

 レイナは頷くと人型の敵と共に衣装部屋に向かった。ジンも準備に向かおうとしたが、ふと外を見た。


「おやおや、まだ生きているとは。流石と言うべきか、あいつらの怠慢と言うべきか迷うところですね。仕方ありませんね。私が迎え撃つとしましょうか」

 ジンは準備のために歩み始めた。



 ソーラと別れたティアは王城へ向かっていた。自分だけではジンを倒すことは出来ないと考えたため、王城にいる騎士や魔法士に応援を頼むためである。

 ティアは急いで王城に向かっていたが、行き掛りで度々にわたって怪物の襲撃を受け、ある時は負傷しながら倒し、ある時は倒すことを諦めて撤退し、遠回りをする形で王城に向かっていた。


 ティアは王城の門近くまで来たところで驚愕してしまった。既に門は破られ、王城内外に怪物達が跋扈しているためである。なんとか城内に侵入することが出来たが、兵士達が戦闘をしている雰囲気は無く、王城も陥落してしまったと判断できる状態であった。また、世界の敵であるジンが王城内にいることを感じることが出来た。


 ティアは味方を探すことを諦め、ジンと雌雄を決することにした。ティアには魔力はほとんど残っていなく、戦闘にすらならないかもしれないが、世界の敵を、仲間を殺したジンを見逃すことはできなかった。



 ジンとレイナは結婚衣装を着て、城の屋上でダンスを踊っていた。参列者はいないが、新郎新婦は美しく踊っており、街の火の海が2人の可憐さを引き立てていた。もはや、この世界には2人しかいないのではないか、と思えるほど静かな空間であった。その空間を破壊したのは2人の元仲間であった。


「ジン!」

「やぁ、ティア。やっときましたね」

「あ、貴方は何をしているのですか?!それにレイナも、その恰好は・・・」

「結婚式ですよ。もちろん私とレイナのね」

「馬鹿なことをおっしゃいますね!このような地獄を作っておきながら!!」

「それは仕方のないことです。私は世界の敵なのですから」

「レイナは良いのですか?!こんな者を世界に解き放てば全てが滅びますよ!!」

「私は・・・・ジンがいれば良い。あとは・・・・何もいらない」

「なら、私が貴方を止めます!」

「ええ、お相手しますよ。レイナは下がっていてください」


 ジンはレイナを戦闘に巻き込まれない位置まで下げると、剣を抜きティアと相対した。ティアは近接用の短剣を構えていた。ティアは放出系の魔法が主体のため近接用の武器を持つことはほとんど無かったが、既に限界が近いティアにとっても藁にも縋る思いで短剣を握りしめていた。


 その戦いの勝敗は誰の目に明らかであった。

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