第28話 裏切り⑤

 勇者はラビリアス家の館まで到達していた。周辺に怪物や人型の敵がいないか注意して進んだが、特に何もなく飛ばされる前に滞在していた部屋まで問題なく着くことが出来た。部屋の中に入ると、机や椅子が片づけられており唯一残されていた椅子にジンが座っていた。


「やっときましたか。待ちくたびれましたよ、勇者」

「はぁん!そうかい、そうかい。こちとら、お前が配置した怪物どもが邪魔してなかなか着けなかったんだよ!そう言うなら、怪物どもを引かせれば良いだろ!」

「そういうわけにはいきません。世界の敵となり、勇者を倒すことが私の役目なのですから」


「ちっ!マジで世界の敵なんだな、ジン!!ラーラ様はどうした?!」

「ああ、ラーラ様ですか。既に御退場頂きましたよ。3人の幼馴染とともにね」

「あぁん、何言ってんだ?!・・・・・まさか、てぇめラーラ様どころかリナちゃんにも何かしたのか?!!」

「ええ」

「そんなことして、ルージュた・・・ち・・・が・・・・」


「ええ、先ほど述べた通りルージュ達にも御退場頂きました」

「え・・・・退場って?まさか、殺したのか?!!!」

「やっと理解しましたか」

「お、お前ぇ!!!自分が何をしているのかわかっているのか?!!!」

「正確には私の可愛い者達に食べてもらった、という方が正しいですが。あ、ルージュに関しては私が直接手を下しましたよ」


 勇者は言葉が出ない状態であった。既にラーラ姫やルージュ達が死んでいることを知り、助けが手遅れな状況であったことを認識したのである。


 勇者は激情と共にジンに問いかけた。

「ジン!お前!!何も感じないのか?!!一緒に訓練したり、敵と戦ったりした仲間のことを殺して、なんとも思わないのかよ!?!!」

「不思議な質問ですね。私は世界の敵ですよ!勇者や街の人間を殺すことが役目なのです!その目標を殺して、目的達成が近づいたという実感以外に何を感じるというのですか?!」


「クソ!!このやろう!狂ってんじゃねぇよ!!お前はそんなやつじゃないだろ!正気に戻れよ!!」

「何を馬鹿なことを言っているのですか?私はこのために生きてきたのですから、当然の行動や言動だと思いますが」

「どうやら、一発痛いのを食らわないと駄目なようだな!!」

 勇者は剣を構えジンと相対した。

「そうですね、世界の敵と勇者は剣で語るのが筋でしょ」

「しゃれたことを言ってるんじゃねぇ!!」


 勇者はジンに突進したが、ジンは難なく受け止めた。その動きは訓練で何度も繰り返した攻撃パターンであり、ジンにとっては目を閉じていたとしても受けることは容易であっただろう。


「その程度の攻撃では私は倒せませんよ!」

「うるせぇ!!戦いの中で喋ってるんじゃねよ!!」

 勇者は一旦距離を取った後に連続で剣技をジンに叩きこんだ。


 普通の騎士であれば勇者の動きについていくことは難しく、翻弄され、隙を見しかないはずである。しかし、どんな攻撃もジンにとっても既に見たことがある動きであり、多少の特異な動きも慣れ親しんだ、と言わんばかりの対応であった。


 勇者は先の人型の敵の際に見せた煙幕や局所防御、壁走りや大地割りなど様々な攻撃をジンに仕掛けていたが、全て見切られていた。どの技もジンと一緒に築いてきたものであり、ジンとしては驚くことはでは無かったのである。


 勇者は無茶苦茶な動きのために何度か隙を見せていたが、ジンは隙を突くことはしなかった。


「おい、どうした!随分慎重じゃあないか?!今のタイミングなら俺に致命傷を与えられたんじゃあないのか?!」

「そう焦ることありませんよ。楽しもうじゃないですか!」

「けぇっ!随分余裕じゃないか!それとも何かを待っているのか?!」

「別に何もありませんよ。こう、勇者が弱いと簡単に倒せてしまいますからね。少しは盛り上げてやろうと思いましてね」

「このやろう!!ふざけやがって!!!舐めるなーーーー!」


 勇者とジンは正面から激しい打ち合いとなった。ジンの攻撃は複数の剣によって攻撃しているのではないという程の連続攻撃が繰り出されていたが、勇者は高い集中力と局所強化によってギリギリの所で凌いでいた。


 勇者とジンは剣と剣が打ち合い鍔迫り合いとなった。

「どうしました!!勇者!!これで終わりですか?!」

「ちきしょう!こうなったら!!」

 勇者の全身が光り出した。


「今更全体強化など!」

「馬鹿が!!」

 その瞬間、勇者の体は爆発した。いや、勇者の体の周りが爆発したという方が表現が近い現象である。


「な?!!」

 ジンは目の前で起こったことに対する認識の処理が追い付かず、一瞬ひるんでしまった。

「そこだぁぁぁ!!」


 勇者はジンの隙を見逃さず、勇者の伝説の剣はジンの首を捉えていた。が、しかしジンの首が落ちることは無かった。ジンは剣が接触する瞬間に避けることに成功し、かすり傷を負う程度で済んでいた。ジンはそのまま振り向き様に勇者の肩口を斬った。


「がぁ」

 斬られた勇者は床に倒れてしまった。


「・・・・馬鹿な勇者だ、最後のところで手を緩めるとは。あのまま剣を振りぬけば、床に転がったのは貴方ではなく私の首であったであろうに」

「・・・・うるせぇよ!少し手元が狂っただけだ」

「・・・・・その迷いの結果がどれほどの犠牲を生むことか。貴方には、わかりませんよね」


 勇者は倒れたままジンに問いかけた。

「・・・・・俺を殺して世界も終わりか?」

「いえ、まだ貴方は殺しませんよ」

「はぁ?なんだ、幼馴染は殺せないってか?」

「ふふふ、貴方が勇者だから殺さないんですよ。このまま貴方を殺しても面白くないじゃないですか」

「・・・・・何を言っているんだ?」

「貴方が気にすることじゃあないですよ。」


 ジンは勇者に何かの魔法を掛けた。

「おい!何を掛けた?!」

「そう焦ることはありませんよ。行動できないようにしただけです。しばらくは、ここで過ごしてください。大丈夫、間違って殺されないように私の可愛い者達は近づけさせませんから」

「ふ、ふざけるな!!クソ!!動けねぇ!!」

 勇者は何とか動こうとしたが、全く体が動かなくなっていた。


「さて、勇者よ。しばしばお待ちください。あなたに相応しい舞台を用意して差し上げますよ」

「ば、馬鹿なこと言ってんじゃねぇ!ここでやれば良いだろ!!」

「そういうわけにはいきません。残念ながら、まだ舞台は整っていないのですよ。では、勇者。また会いましょう」

 ジンは勇者に別れを告げる部屋から出ていった。

「ふざけてんじゃねぇぞ!おい!ジン! 俺と戦え!! おい!ジンーーーー!」

 ラビリアス家の館には、身動きができない勇者が幼馴染の名を叫ぶ声が響くのみであった。


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