第24話 裏切り

 勇者は目の前で起きていることが理解できなかった。身動きが出来なくなった状況下で1人だけ立ち上がり、ラーラ王女を刺した者はジンであった。ジンは振り向くと皆に言った。

「大丈夫ですよ、急所は外しました。すぐに死ぬことはありません。まぁ、このままの状態が長く続けばわかりませんが」


(な・・・・・なにが起きている?!)

「おや、勇者。まだ何が起きているか理解していないのですか。ではお見せしましよう」

 ジンは服を少し脱ぎ、胸のあたりを皆に見せた。そこには世界の敵の証である紋章が浮かび上がっていた。

(な、なんでお前が!)

「さて、皆さんには所定の場所について貰いましょうか。なぁに、頑張ればラーラ王女を救うことは可能ですよ」

 ジンがそう言うと部屋全体が一瞬光に包まれ、そしてジンとラーラを除く全ての者の姿が消えていた。

「さて、宴の始まりです。皆さま、お楽しみください」



「ん!?ここは?!」

「街の外れ?!」

 ルージュとクルルはラビリアス家の館に比較的近い街の外れにいた。方法はわからないが、どうやら街の外れに飛ばされていた。

「くっ、急ごう!!姫様が危ない!!!」

「ああ、あのやろうふざけやがって!!!!」

 その時、周辺から悲鳴や叫び声が聞こえてきた。

「きゃー!」「うぁぁぁ!」「怪物だ!!!」「助けてくれ!!!」


「なんだ?!」

 近くの建物が突如崩れ落ち、そしてそこから怪物が這い出てきた。怪物は人程度の大きさで八本足の蜘蛛のような形状であり、上下に2つ口があり、口には人の半身をそれぞれ咥えていた。

「なんだこいつは!?」

 怪物はルージュ達に狙いを定めたのか急接近をしてきた。クルルは巧みに接近を躱し、足を斬り落とした。動きが鈍くなったところでルージュが雷撃の魔法によって息の根を止めた。

「こいつらはいったいなんなんだ?!今回の敵はジンなんだろ!!」

 近くから再び悲鳴と助けを呼ぶ声が聞こえてきた。

「た、助けてください!!」

 少し離れたところから女性が助けを求めて近づいてきた。しかし、突然横から先ほどと同じ怪物が現れ女性を食いちぎってしまった。怪物は上下の口で獲物を奪い合いながら女性の体をバラバラにした。そして、怪物からは人を食べたときに発生する骨が砕けた音を鳴らしながらルージュ達の方に近づいてきた

「な!!まだいたのか?!」

「ルージュ!周りを見て」

「おいおい、嘘だろ!!」

 ルージュ達の周りには先ほどと同様の怪物が1体、2体と現れ始めていた。

「くそ!!貴様らの相手をしている場合ではないのに!!」

「早くしないと姫が!!くそぉぉ!!!」


 ソーラとティアも街外れに飛ばされていたが、そこでも同様に怪物が現れ、人を食い殺しまわっていた。そこにいたのは、人型であったが上半身が異常に発達しており、大きな顔を持ち、目が4個ある怪物であった。その怪物は逃げまどう人を腕で押し潰していた。狙っているのか、下半身のみを一気に潰し、まだ息のある状態の人をつまみ上げ、口の中に放り込んで食べていた。

 ソーラ達は接近戦を避け、遠距離からの魔法で攻撃を加えていた。怪物は2人の集中砲火を加えることで倒せるが、どこからともなく、1体、また1体と現れ被害は拡大していった。

「こいつらーー!!」

「ソーラ!闇雲に攻撃しても浅い傷であれば再生するようです!確実に倒していきましょう!」

「でも!!それじゃあ街の人が!!!」


 勇者とレイナはラビリアス家の館から最も遠い位置の街外れに飛ばされていた。そこにも他と同様に怪物が跋扈しており、狂気と混乱の渦であった。それは、4足歩行で首が長く、一つ目の怪物であった。その怪物は高速で動き回り逃げまどう人に軽々と追い着き頭を引きちぎっていった。勇者やレイナが住民の盾となろうとしたが、横を簡単にすり抜けられ住民を引きちぎっていった。

「このののの!やめろろろろ!」

 勇者は怪物を次々と切り倒していった。怪物に全力で走られれば追い付けないが、動きは単調であり目で追えない程ではなかった。問題は怪物たちが勇者ではなく住民を積極的に襲っていたため被害が拡大していた。

「はぁぁぁぁ!」

 レイナも勇者と協力して怪物を倒していたが、圧倒的に怪物の数が多く、倒しきれるものではなかった。

(ジン、お前がこんなことを仕組んだのか!!なんで!!)

 勇者は戦いの中でジンについて考えていた。この惨状を作り出した世界の敵、今まで共に過ごしてきた幼馴染、敵との戦いを一緒に切り抜けてきた仲間、色々な思いを重ねながら勇者は剣を振るい、怪物を倒し考えていた。


 

 ラビリアス家の館ではジンが外を眺めていた。そして、短剣を刺された状態のままのラーラ姫がジンに問いかけていた。

「な、なぜ・・・・こんなことを?」

「なぜ?そうですね、私が世界の敵だからでしょうか」

「皆を悲しませて・・・・・心は痛まないのですか?」

「心ですか・・・・痛みますよ、そりゃあ。でも、これが世界のルールです。それよりもいいのですか、このままでは貴方は死にますよ?」

「・・・・どちらにしろ、全員殺すつもりではないのですか?」

「いえいえ、私は役目を果たせればいいのですよ。殺すことは目的ではありません」

「いったい・・・・何を・・・・言っているの?」

「おや?帰ってきたようですね、少し姫様には静かにしていただきましょうか」


 何かを取りに行っていたリナが部屋に帰ってきた。

「皆さん、お待たせしました!・・・あら、皆さんお出かけになったのですか?」

「お帰り、ちょっと街の方で問題があったようでね。今は勇者やルージュが見に行っているところだよ。俺とラーラ様はお留守番になったんだ」

「そうですか・・・・・お兄様は大丈夫でしょうか」

「大丈夫だよ、すぐに帰ってくるさ。帰ってきたら笑顔で迎えてあげよう」

「そうですね!ん?ラーラ様はどうかなさったのですか?」

 ジンはラーラ姫に状況について黙っているように合図をした。

「も・・・問題ないわ。大丈夫よ、少し疲れがでたのかもしれないわ」

「それは、ごめんなさい。私がお待たせしてしまったからですよね」

「そんなことは・・・・ないわ、大丈夫よ」

「そういえば、何を探していたんだい?」

「あ、えっとですね、お守りを作ったので皆さんに配ろうと思ったんです。ラーラ様やジン様の分もありますよ」

「それはそれは、ありがとう。勇者やルージュも喜ぶと思うよ」

「私にはこんなことしかできませんから・・・・・」

「そんなことはないよ、リナちゃんの気持ちは本当にありがたい。いつも励まされているよ、ねぇラーラ様」

「ええ・・・・そうね」

 ラーラ王女は刺された短剣の痛みに耐えながら受け答えをしていた。この異常な事態にリナを巻き込まないためにラーラ王女は必死であった。


 

 街中では大量の怪物が発生しており大混乱であった。警備兵や駐屯していた兵士達も動員されて対処していたが、怪物の姿とその凶行に混乱していた。本来であれば4、5人の兵士で1体づつに対処していけば問題ないはずであったが、怪物への恐怖や住民の殺害による怒りによって兵士たちの統率は取れておらず、個々に対応してしまい大きな被害が出ていた。しかし、その中でも一部の冷静な指揮官によって整然と統率された軍団もおり、怪物達は駆逐されていた。

「隊列を崩すな!!冷静に対処すれば問題ない!!前衛、敵を押し返せ!!」

 怪物たちは兵士達によって押し返され、一か所に集まる形になっていた。

「今だ、魔法士隊!!放て!!!」

 怪物は魔法士達によって一掃されていた。

「よし!怪物ども見たか!」「隊長!一体、生き残りがいるようです!」「何!?」

 怪物の死骸の中から一体の人型の物体が起き上がった。全身を真っ黒な鎧のような物を纏い、片手には剣のような物を持ちゆっくりと兵士達の方に向かってきた。

「なんだ、あいつは?!しかし構ってられんな、総員!構え!放て!!」

 魔法士隊が一斉に攻撃を加えた。激しい爆発が起こり、人型は吹き飛んだと思われたが、煙の中から黒い人型が現れた。

「な、クソ!魔法士隊!攻撃を加え続けろ!!」

 激しい攻撃が放たれたが、黒い人型は一気に加速して前衛の兵士達に突入してきた。兵士達は次々に斬られた。兵士達も一斉に斬りかかったが、ものともせず弾き飛ばし被害が拡大していった。そして、兵士達の指揮官も斬られてしまい、兵士達は統率が取れなくなり、合わせて襲ってきた怪物達に次々と喰われてしまった。


 他の場所も同様に怪物以外の人型の敵も次々に出現していた。人型は剣以外にも長剣、双剣、長弓、大盾、魔法など様々な方法を駆使して攻撃を仕掛けてきていた。しかも、黒い人型の敵は積極的に指揮官や魔法士達を狙っていくため戦況はさらなる混乱へと陥っていった。

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