第10話 決意

 王女人質事件では負傷者を出したが、幸いにして死者は出なかった。しかし、重症を負ったレイナは今も眠りについている。事前にソーラによって付与魔法が衣服に掛けられており、レイナ自身も身体向上系魔法を体に掛けていたため大事には至らなかったが、その傷は深かった。レイナが眠る横で勇者はずっと考えていた。自分の弱さ、仲間の負傷、敵の憎悪、勇者の役目、そして・・・。


「やっぱり、ここにいたのか。レイナは相変わらず目は覚まさないか」

「ああ、死んだように眠っている」

「縁起でもないことを言うな、レイナの傷は治っている。大丈夫だ、少しすればきっと目を覚ますさ」

「ああ、俺もそう信じているさ」

「コール・・・・・何を考えている?」

「いや、何でもない」

「・・・・・そうか。あまり思いつめるな。これは、お前のせいじゃない」

「!!。何言ってるんだ?!俺のせいだろ?!俺が、俺が勇者で皆を巻き込んで、しかも弱いから・・・・レイナはこんなことに。もっと、もっと強ければレイナも、みんなも守ることが・・・・」

「・・・・・確かにお前は勇者かもしれない。だが、その前にコールだ。俺はお前が勇者に選ばれたと知った時に、誇らしかったと同時に怖かった。お前が遠い存在になってしまうのかと思うと怖くて寂しくなった」

「・・・・・・・」

「でもコールは変わらなかった。昔のままだった、だから俺もレイナも一緒にいることにしたんだ」

「でも、でも俺は・・・・強くなりたい。何もできないのは嫌だ」

「そうだな。もうすぐ訓練の時間だ。少しでも強くなろう」

「・・・・・・ああ。強くなる!」

 勇者は何かを心に決めたように席を立ちレイナの眠る部屋を後にした。


 基礎体力の訓練後に魔法の訓練に移った。勇者は未だに水の生成に成功していないため、ジンとは別の場所でルージュと訓練をしていた。勇者の意気込みとは裏腹に、今日も水の生成には成功していない。

「ふぅ、今日も難しそうだな。今日は特に集中できていないように見える。勇者、今別のことを考えているな」

「ああ、少し相談がある」

 勇者は事前に考えていたことをルージュに伝えた。


「馬鹿な!そんなことはできない!」

「だが、他に方法はない。敵はどんどん強くなっていくのだろう?!このまま勇者が弱いままでは話にならない。水すら生成できない勇者では世界を救うどころか、身近な者すら守ることができない」

「しかし・・・・・・」

「ルージュが教えてくれないのであれば、それでも構わない。もう体の中の核のコントロールはできるようになっているんだ。あとは自分で何とかする」

「くっ。」


 勇者がルージュに伝えた内容は、以前から冗談で話していた内容である。それは、基礎である水の生成を会得せずに身体向上系の魔法の取得に移ることである。身体向上系の魔法は放出系の魔法よりも難しいとされており、放出系の魔法に属する水の生成すらまともに出来ない勇者が会得するの無謀とされていた。しかも、身体向上系の魔法は非常に危険が伴うため、基礎すら会得できなかった勇者では大きな怪我を負いかねなかった。


「ジンにも相談したのか」

「いや、これは俺が1人で決めたことだ」

「そうだろうな。あいつなら、いや、あいつらならきっと止める。勇者のことを大切に思っているからな。考えなおせ!他に方法があるはずだ!」

「他ってなんだよ!色々試したじゃないか!それでも出来なかったんだ・・・・・俺は・・・・強くなりたいんだ。みんな守れるようになりたいんだよ!!もう、あんなのはたくさんだ!」

「勇者・・・・・」


「随分と堂々とサボっているな、コール」

「ジン・・・・・聞いていたのか?」

「聞いていたも何も、あんなデカい声なら嫌でも耳に入る」

「お前も止めるのか」

 ジンは少し黙った後で何かを言いかけたが、思い直したのかルージュの方に向きを変えた。


「ルージュ様、どうか勇者に、コールに身体向上系の魔法を教えてやってくれないだろうか。お願いします」

 ジンはそう言うと頭を下げた。

「わかっているのか?!基礎の取得をせずに身体向上系の魔法を訓練する危険性を!ジンは使えるのだからわかるだろ?!」

「ああ、わかっているさ。だが、こうなったコールは誰にも止められない。例え、俺達が教えなくとも自分で試してしまう」

「しかし!」

「ルージュ様が教えないのであれば、俺が教えます。少なくともコールが1人でやるよりは危なくないだろう」

「ジンまでそんなことを・・・・・・。何を馬鹿なことを!!」


「ルージュ、もう僕たちには止められないようだ」

 近くで聞いていたクルルがルージュの肩を軽く叩き、覚悟を決めたように言葉をつないだ。

「最大限、僕たちでサポートしよう。それが最善だと思うよ」

「・・・・わかった。身体向上系の魔法の取得に移ろう。だが俺の言うことは聞くことが条件だ!危険と判断したらすぐ止めるからな!」

 勇者とジンは安堵し、ルージュとクルルにお礼を言った。そして、勇者の身体向上系の魔法の取得が始まった。

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