隠れてこっそり…守りたい?
「今度の週末、ルルと街へお出掛け致します。」
そう麻衣沙から報告された俺は、樹にも知らせていた。街へ女性2人が行く事に、危険だと感じたからである。これが別に一般市民で、街に行くのも慣れているのならばいいのだが、あの2人は…何処にいても、お嬢様だと分かってしまう。瑠々華さんは何故か、普通の容姿だと思い込んでいるのだが、樹が一目惚れしただけあって、割と可愛い容姿である。言うまでもなく、麻衣沙は…美人だしね。
2人は、お互いの着物を選ぶ約束をしたらしいが、本当に仲が良い。初詣に着る着物かあ。俺が、選びたいぐらいだな…。麻衣沙はいつも、落ち着いた色合いの着物しか着ないから、瑠々華さんも明るい着物を、選びたいのだろうな。
「はあ〜。俺も、ルルの着物を選びたかったのになあ…。何で変装してまでこっそり、後を追い掛けているのかな…。ルルと一緒に…歩きたいのに。」
隣を歩いている樹が、ぶつぶつ呟いていて、正直に言って…煩わしい。先程から、同じようなことを、ずっと呟いているのだから。いい加減に諦めろよ。瑠々華さんは、こいつの事を優しい穏やかな奴だと思っているけど、俺から見れば…諦めが悪くて、裏表の激しい奴にしか、見えないんだよな…。
俺達が後からついて行く、という話は、麻衣沙には話してある。だが、瑠々華さんには内緒だ。瑠々華さんは、俺達…特に樹がついて来ることに、難色を示すだろうと麻衣沙も言うので、俺達は変装することにしたのだ。俺達は、外国人風の怪しい人物に成り切って、周りから声を掛けられないように、していたのだった。
樹はそれでなくとも、人目を引く…目立つ容姿である。こういう人が大勢いる場所では、逆に目立ってしまうのだ。だから、変装した方が目立たない。イケメン過ぎるのも、大変だな…。まあ、俺も似たようなものだが。
別に俺達が護衛をしなくとも、樹が個人的に雇っている本格的な護衛が、2人を常に守っている。流石にそれは、麻衣沙にも誤魔化して説明してある。樹の家の使用人が、瑠々華さんの護衛をしている…と。
確かにあの時は、樹に感謝したけど。麻衣沙には、バレたら嫌われるんじゃないかと、ヒヤヒヤしている俺は。麻衣沙が俺を疑わずに、信じてくれたことには…彼女も人が良過ぎる、と…思わずにはいられなかった。まあ、バレても…樹が睨まれるだけだ。俺も第一声は、「はあ?…何、人の婚約者を監視したんだよ!」だったことだし…な。
その時、麻衣沙達に…異変が起こった。ナンパ目的の男達に、声を掛けられたのである。相手は、俺達と同じ年頃の大学生のようだが、以前絡んだ男よりは礼儀はあるものの、下心が透けて見えていた。要するに、彼女達が危ないのには、変わりはなく…。
俺より先に、飛び出そうとした樹だったが、瑠々華さんが思いもかけない言動をして、俺達も一瞬だけ呆然としてしまった…。…いや、彼女の行動は、予測がつかないな…。「お菓子に釣られなかったのは、いいけれど…。」と、樹も目線を遠くに向け、ボヤく。流石の樹も、彼女にはお手上げのようである。ある意味凄いなあ、瑠々華さんは。
まあ、あれは…ご令嬢の言動の範疇から、はみ出していたからな。ナンパ男達も、ご令嬢にあるまじき彼女の言動に、若干…退いたようではあるが。追うか追わないか迷っている間に、俺達は釘を刺しに行く。樹の目は、イっちゃっている人みたいな雰囲気を、醸し出していた。…あ〜あ。瑠々華さんを追い掛けたいのに、追い掛けられなくて、イライラしているんだな…。
「…彼女達は、俺達の婚約者だ。俺達を本気で怒らせる気があるならば、法的にも…抹殺してやるから、そう覚えておけ。お前達の素性など、今すぐにでも調べさせてやるからな。」
「………。」
彼女達をナンパしたコイツらは、樹のヤバい雰囲気に飲まれたようだ。顔を真っ青にして、一言も口を聞けない様子を見せた。まあ、樹が言っていることは、本当の事だからな。俺の家でさえ、そのぐらいのことは出来る。だか、こういうのは…こういう場での、単なる脅しでもあるが、樹に限っては…脅しではない。これ以上のことをすれば、若しくは2度目があれば、樹は本当に…家の力を使うだろうなあ。彼らも、厄介な奴を敵に回したものである。
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「ルルが、麻衣沙嬢と…街へ出掛ける?」
おかしいな…。彼女の護衛達からは、そんな報告は…受けていないぞ。俺は昔から慎重派で、ルルが大きくなるにつれ、心配で心配で…居ても立っても居られなくなり、彼女達に護衛をつけることにした。初めのうちは、ルルにだけ使用人を付けていたのだが、ルルの行動が早すぎてついて行けないと言われ、そこで専門の護衛に頼むことにした。その際に、麻衣沙嬢に何か起これば、ルルも巻き込まれるかもしれないと、護衛対象を2人にしたのである。
俺のポケットマネーで雇っている護衛なので、当然だが…俺に報告が来る。例え、麻衣沙嬢のことであっても。その為、この前の麻衣沙嬢の事件では、岬も目の前にいたので、直ぐに知らせることが出来たのだ。お陰で、麻衣沙嬢も無事だったようで、岬からも麻衣沙嬢からもお礼を言われたよ。あの時の…岬の取り乱しようは、凄かったな…。あんなに落ち着いた奴が、慌てて飛び出して行くのを見て、俺も…ルルだったら、ああなるのかなあ~、と呑気に構えていた。
今回、麻衣沙嬢は岬に伝えたそうで、岬が「樹のことだから、護衛から聞いて知っていると思うが。」と、前置きして来た。そうだな…。本来ならば、俺は知っている筈だが…。岬が去ってから、護衛を呼びつけると。
「樹さまは以前、瑠々華さまと麻衣沙さまが一緒にお出掛けになる際は、自分には特に知らせなくて良い、と…仰いました。教えてもらうと、自分も行きたくなるから…と、仰っておいででしたが?」
「………。」
…ああ、そうだった。以前は…麻衣沙嬢が危ない目に遭うまでは、そうだったんだよ…。だけど、岬が後からついて行くというのに、俺だけ…蚊帳の外は、嫌なんだよ…。要するに、岬がするのに自分はしないなんて、嫌だったんだよ。
「いや、状況は変わったんだ。今後は俺に、全部教えてくれ。2人が危ない目に遭ってからでは、遅いんだ。」
「なるほど。確かに…この前のことも、ありますしね…。了承致しました。今後は、樹さまに逐一ご報告致します。」
俺はシレっとした顔で、誰もが納得する理由を取り付けた。俺の性格は、岬や麻衣沙嬢にはバレバレだけど、護衛達でさえ俺の本性には気付かず、納得したようだ。麻衣沙嬢の絡まれた事件のことを持ち出せば、確かに…彼らが、独自で判断する問題ではないと、踏んだようである。
改めて岬に、俺も行くと告げれば、「俺も変装して来るから、お前も変装して来いよ。」と、言われたのだが…。単に帽子とサングラスを用意して、岬の家に迎えに行ったら、即却下された。…はあ?…どこが悪いんだ?
「いや…全体に、だよ。これで、変装しているつもりなのか?…こんなバレバレの変装だったら、しない方がマシだよ。俺達が変装する意味は、分かっていないだろ?……俺達…いや、お前はその容姿なんだから、バレないようにするのは…瑠々華さんだけでなく、街の中の女性達にもだよ。ナンパは男もされることは、知っているか?」
「………。断ればいい…。」
「あのなあ、街の女性達は、一般市民なんだぞ。お前がいつも相手している、お淑やかなお嬢様じゃないんだ。お前の家柄を隠して置きたいのならば、完璧に変装をしろ。でないと、揉みくちゃにされるぞ。あの和田と同様の女に。」
「………。」
流石に…あの女は、酷かったな…。そうか…。一応、ご令嬢ばかりを相手している俺は、まだマシだったのか…。一般市民=和田という女…ではないだろうが、ご令嬢よりも逞しいということか…。俺の家柄を恐れるのは、自分達もある程度の家柄である為、なのかな…。仕方がない…。ここは、岬の言う通りにしよう。
そう決意して、岬の家の変装用具(?)を借りて着用する。…う~む。これが…変装か…。俺が思っていたのとは、少し…違うな…。逆にこれは…怪しくないのか?
それでも街中では、人が避けて行ってくれるから、有難かった。ルル達をスムーズに追いやすいし、女性陣からは無視されるし、気分が良い。出来れば、いつもこれで出歩きたいぐらいだな。
しかし実際に、目の前で起きたナンパを見ていると、俺は…全ての心の余裕が消えた。ルルがナンパされたかと思うと、怒りが…湧いて来て。正常な考えが出来ないくらいに。それなのに、ルルは…また、奇想天外な言動を起こして。あっという間に…俺達の目の前から、消えて行ったのである。…ああ、ルルを見失った…。
相変わらず…走るスピードが、尋常ではないよなあ…。あれでは、専属護衛ぐらいしか…追いつけないだろう。まあ、そのお陰で…冷静な自分に、戻れたけれど…。怒りを感じ過ぎて、ついついナンパ男達に殺気を放ったけれど。岬も言葉には出さないが、俺と同様の思いであるのは、言うまでもなく。
ルルをずっと見て来たから分からないけれど、彼女は令嬢らしいのに、時々…令嬢らしくない態度を取るのだが…。それでも、俺は…そういうルルだからこそ、ルルのことが…1人の女性として、好きなんだよ。
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前回の続き(?)です。前半と後半の視点が、別人物となります。
前半が主人公婚約者・岬で、後半がダブル主人公婚約者・樹の視点です。
内容的には続きというよりも、新年に着る着物を仕立てる…というお話の、彼ら婚約者側の裏話となっています。
※次回は、明日に続きます。読んでいただきまして、ありがとうございました。
また明日もよろしくお願い致します。
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