第11話 独占欲

「俺がアルと同性であることはこの世界では問題ないのか?」


 覚悟を決めてアルに尋ねた。


「え?」


 アルはきょとんと呆けた声を出した。

 やっぱり俺が男だって分かってなかったのか!?


「確かに私とタツヤは男同士だがそのことの何が問題なんだ?」


 アルが首を傾げて発した言葉に俺はほっと胸を撫で下ろした。

 どうやら俺が男であるということは分かっていたようだ。

 この世界では同性愛に対する忌避感もないようだと同時に理解できた。


「分かった、説明するよ。俺がいた世界ではいくつかの国で……いや実質ほとんどの場所で同性愛は忌み嫌われるものだったんだ」

「そんな、性別が同じだというだけで!?」


 アルの反応に俺の推測が間違っていなかったと悟る。


「ああ、男同士では結婚ができない。だからこの世界に来てからずっと疑問に思っていたんだ。俺は男だけど大丈夫なんだろうかって」

「そうだったのか。不安な心持ちにさせてしまってすまない」

「互いの世界の文化の違いなんて少しずつ知っていくしかないんだから仕方ないよ」


 俺の言葉にアルはハッとしたように身体を強張らせる。


「ということは、私が婚姻を申し込んだ時にはタツヤにはそのことが……かなり奇妙に感じられたんじゃないか?」

「まあ奇妙と言えば奇妙だったけど」


 例え男女であったとしても初対面ではプロポーズしないと思うけど。

 初対面プロポーズがこの世界の常識なのか、貴族界の常識なのか、それともアルとクライスが例外なのか分からない。


「ではもしかして私のこともクライスのことも選ばなかったのは、そもそも同じ男と結ばれるのが嫌で……」

「いやいや待て、どうしてそうなるんだ」


 暴走しそうになるアルのネガティブ思考を止める。


「アル、別に俺は男が相手でも……むしろ男が相手の方がいいんだ」


 まさか死んだ後でカミングアウトすることになるとは思わなかったな、と内心自嘲する。


「前の世界では周りの目が怖くて男と付き合おうとは思わなかっただけで、本当はそっちの方がいいんだ」


 言ってしまうと、重荷を下ろしたような気分になった。

 まああえて周囲の目を気にしながらでも付き合いたいと思うような相手が現れなかったというだけの話ではあるんだ。そんな干物みたいな前世だったおかげで、恋愛感情というものがどういうものだったかほとんど忘れかけていた。


「己の恋愛感情すら自由にならないなんて、やはり神の世界とは理想郷のようなものではないのだな」

「いやまあ、言うほど不自由ではなかったぜ?」


 深刻そうに首を振るアルに、俺はハハハと笑ってみせた。

 そこでふと新たな疑問が湧いてくる。


「って、あれ? 俺が召喚されたのって御子の血を取り入れたいからって話だったよな? それはつまり子作りをしなきゃいけないってことで……男同士で子供ができるのか?」

「逆に神界では出来ないのか? 此処とはことごとく世界の仕組みが違うようだね」


 どうやらこの世界では男同士でも子供が作れるらしい。

 アルは穏やかに説明してくれる。


「もしも貴方が婚姻に了承してくれればの話だが、その時には貴方の身体を少しずつ作り変えることになる。そうして貴方の身体が私の子を孕めるようにするんだ」

「孕めるように……?」


 よく分からない言葉が出てきて俺は眉根に皺を寄せた。

 なんだそれは腹の中を手術でもするのか。


「その"身体を作り変える"っていうのは具体的に何をするんだ?」

「!?」


 ごく当然の質問をしたつもりだったのに、何故だかアルはビシリと硬直して固まってしまった。


「え、アル? ごめん聞いちゃいけないこと聞いたか?」

「……ああいや、すまない。そうか、そういったこともタツヤはまったく知らないのか」


 平静を装う彼の声が揺れていることと、彼の首筋が赤くなっていることから俺は何となく悟った。

 『身体を作り変える』という行為は恐らく性的な行為に類するらしいと。

 赤ちゃんは何処から来るのと親に質問してしまった幼児のような気分になった。大の大人がそんな質問をするのはアルの側から見ればだいぶアレだろう。


「いいかいタツヤ、私以外の者にそんなことを聞いてはいけないよ。特にクライスには」

「ああ、何となく分かった」


 彼の声音に独占欲の色を感じながら、こくこくと頷いた。

 どうやらアルの中にも嫉妬の感情があるらしい。その事実が少し嬉しいと思ってしまう俺はおかしいのかもしれない。


「でもまったくの無知はいけないね。良ければ私が少し教えてあげようか――――一体どんなことをするのか」

「え? それって……」


 彼が身体を寄せてきたと思ったら、気が付いたら俺の身体はソファの上に押し倒されていた。


「っ!?」


 彼は俺の上に覆い被さると、ゆっくりと仮面を外す。

 彼の美しい二対の瞳が露わになり、にこりと俺に微笑んだ。


「大丈夫だよ。楽しいことだからね」

「や……」


 こ、こんな――――こんな顔の良い男に押し倒されて俺が抗える訳がないだろう!

 俺は視線を縫い付けられたかのようにアルの顔を見つめたまま顔を真っ赤にするしかなかった。

 彼の吐息を感じるだけで身体が熱くなる。


「身体を作り変える時はね、タツヤのお腹の中をじっくり変えていくんだ」


 彼の手が衣服の上からそっと俺の腹を撫でる。


「こう……何ヶ月もかけてね」


 腹の上を円を描くように緩やかに彼の手が動く。

 それだけで下腹部がゾワゾワと熱く疼いて……


「ま、待った!」


 思わず彼の腕を掴んでその手を止めてしまった。


「こういうことは、まだ早いと思う!」

「あ……すまない」


 アルもそれ以上続けることはなく、素直に手を引いてくれた。

 彼はしょんぼりと眉を八の字にする。


「申し訳ない。私は少し、焦ってしまっていたようだ」


 彼としてもゆっくりと俺との絆を深めようと思っていたところにクライスというライバルが出現して平静ではいられない気持ちがあったのだろう。

 それは共感出来るが、俺はあえて頬を膨らませて憤慨した。


「まったくだよ、アルのスケベ!」


 このまま流されてしまえば……と一瞬思ってしまったのを悟られたくなかったから、照れ隠しに彼を睨み付けたのだった。

 だってまだ心の準備が出来てなかったんだもん! このまま流されてたら心臓爆発決定だったよ俺!


「本当に申し訳ない」

「無理やりなのは好きじゃない」


 アルが俺の上からどいてくれた後も、そのまま暫くそっぽを向いてへそを曲げた振りを続けておく。

 アルの見せた意外な積極性にまだ心臓のドキドキが収まっていなかったからだ。


「次に押し倒すときはちゃんと一言断ってからにしろよ」


 そう口を滑らせてしまった後で自分の失言に気付く。

 しまった、合意の上でならいいのかと言質を取られてしまった!

 ばっとアルの方を振り向くと、彼は「本当に反省している」などと呟きながら俯いているところだった。

 気付けよ!!! さっきまでの積極性はどうしたんだよ!!! もー!


「とにかく、俺はそんなに怒ってないし気を付けてくれればいいから」


 落ち込み過ぎたアルをそんな言葉で励ますことでその場を収めたのだった。



 正直、嫌ではなかった。あんな風にアルに見下ろされるのは。

 俺の心の準備が出来たその時には……そんな風に思ってしまうのだった。

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