第10話 どっちも
「ど……どっちもお断りする!」
決断を迫られた俺の出した答えがそれだった。
「な……っ!?」
にべもなくプロポーズを断られたクライスはぎょっと碧い目を見開いた。
まさか断られるなんて夢にも思ってなかったといった顔だ。
「考えるまでもなくオレ様を選ぶべきだろう!? どうしてだ!」
クライスは白い顔を真っ赤に染めて叫ぶ。
王族とは思えない直情的な反応だ。
感情が分かりやすいという点ではアルと似ていると言えなくもない。
もしかしてこの国の王族はみんなそういう感じなのだろうか。
「いやだってクライスは俺を物扱いしているから論外だし、アルは悪い奴じゃないとは分かっているけれどまだ会ったばかりだから結婚するかどうかなんて決められないし……」
アルとクライスの両方をお断りする理由を述べる。
「私はタツヤがそう言うと分かっていたよ。クライス、実際に聞いて分かったと思うが神の
アルが静かに言い聞かせる。
その様子はクライスを諫めているようで、自分自身に言い聞かせているようにも見えた。
改めて断られてアルも少しショックだったのかもしれない。しまった、もう少し言い方を考えるべきだったか。
俺だってアルのことを何とも思っていない訳じゃない。
アルは命を張って刺客から俺を守ってくれた命の恩人だし、この世界に召喚されてから彼にはずっと親切にしてもらっていた。
ただ、だからといってこんな風にいきなり決断を迫られて当てつけみたいに「クライスなんかよりアルの方がずっといいです」なんて選び方は出来なかった。
アルを選ぶときは、きちんとアルのことを好きになってから選びたい。
「物扱いだと!? 一体何処が物扱いだと言うんだ!」
クライスの態度にはもはやアルを冷笑していた時の余裕ぶった感じは微塵も残っていない。
てっきりわざとかと思っていたのだが、クライスは自分の態度の何処が問題なのかちっとも分かっていないらしい。
「だってそうだろ! 俺の髪と目が黒いから結婚したいだなんてそんな家具を選ぶみたいな理由、受け入れられるか! 俺にプロポーズするならせめて俺の人となりを知ってからにしろよ! 俺は髪と目が黒いだけの調度品なんかじゃなくて、れっきとした生きた人間なんだよ!」
「く……っ!」
クライスは端正な顔を歪めて強く歯噛みした。
「……な、なら」
お? 強硬手段に出るか?
俺が身構えると、ネビロスがどこからともなく姿を現して「ぐるる」と唸った。
どうやらネビロスには俺の感情が伝わるらしい。
「それなら、お前のことを知りさえすればいいのだろう!」
「は?」
予想外のクライスの言葉にポカンとする。
「オレ様はこれから城に滞在する。まさか実の弟が実家に泊まる権利もないとは言うまいな兄上?」
「それは、そうだが……」
アルは顔を顰めるが、反対は出来ないらしい。
「これからお前のことを知って、それから改めて婚姻を申し込む。それなら問題ないのだろう御子よ」
問題はそれだけじゃない気もするが、短気そうなクライスが多少なりとも態度を改めたのだから、俺もそれ以上強くは言えない。
「まず御子って呼ぶのを止めろよ。俺の名前はタツヤだ」
「そうかタツヤか。覚えたぞ」
ニヤリと笑みを取り戻したクライスが気に入らないのか、ネビロスが「ガウ、ガウ!」と吠えて飛びかかろうとする。
「ネビロス、やめろ!」
俺は慌ててネビロスを取り押さえた。
「地獄の魔犬まで使役しているとは、流石は将来の我が伴侶だ。これ以上刺激しては炎を吐かれそうだ。今日のところは退散するとしよう」
誰が将来の伴侶だ。
さっきまで顔を真っ赤にして激昂していた癖に、クライスは余裕綽々ぶって去っていった。
ちなみにクライスの馬車は俺たちが話をしている間に御者がとっくに駐車場っぽいスペースに留めて飛竜は竜舎に引っ張っていかれていた。
「はあ……嵐みたいな奴だったな」
クライスの姿が見えなくなると、どっと疲労感が襲ってきた。
ネビロスも以下同文とばかりに「きゃうわう」と同意した。
「アルもあんな奴が弟で大変だな……ってアル!?」
アルのことを振り向いた途端に驚いた。
彼が肩を落とした状態でいつの間にか仮面を装着していたからだ。
仮面で表情が見えないけれど、彼の様子はどう見ても落ち込んでいた。
「どうした!? クライスに言われたことを気にしてるのか!?」
おろおろとアルを見上げると、アルはポツリと呟いた。
「……いや。私は今までの自分自身の行いを悔いていたのだ。私は自分が身勝手にタツヤを傷つけてしまっていたことにも気づかなかった」
「え?」
何のことか分からずきょとんとしてしまった。
アルが俺を傷つけたことなんてあった覚えはないのだが。
「タツヤは言っただろう。自分は生きた人間だ、人となりも知らずに婚姻を申し込むべきではないと」
「あ。あー……」
怒り心頭でクライスに言い放った言葉がそのままアルにも当て嵌まることに今更ながらに気が付いた。
俺の言葉はアルの繊細な心を深々と抉ってしまったらしい。
「決して貴方のことを物扱いしたつもりはないが、私の今までの言動はそうと捉えられても仕方のないものだった。貴方のことを好ましく思っている理由も決して見た目だけではないつもりだが、一目惚れしたなどという理由ではクライスの理由と大差が……」
「待った待った、アル」
くどくどと反省会を始めそうになったアルを止める。
「そういう大事な話は部屋に戻ってしよう、な?」
アルの手を握って彼の顔を下から覗き込むように見上げた。
彼は力なく頷いた。
しょんぼりとしている彼は少し可愛らしかった。
*
「まず俺はアルに粗雑に扱われたと感じたことはない。安心してくれ」
アルの部屋に戻った俺たちは、まず向かい合ってきちんと視線を合わせた。
「本当か?」
部屋に戻っても尚アルは仮面を着けたままだ。
どうやら彼は表情を悟られない時に仮面で顔を隠してしまう癖があるようだ。
それ故に彼の場合は仮面を着けるという行為そのものが分かりやすい表情の一つになってしまっている。
「しかし私は貴方に会って最初に婚姻を申し込んだし、私は貴方に一目惚れしたと言ったがそれは髪と瞳の色で貴方を選んだクライスと大差がないのではないのかと……」
「そんなことはない」
俺はきっぱりと言った。
「だって一目惚れっていうのはこう、見た目の要素も大きいかもしれないけれど、その人の表情や仕草から無意識下レベルでその人の性格まで読み取って好きになってしまう面もあるだろ」
「それは……考えたこともなかった」
彼が仮面の下で目を見開いた気配がする。
「そう言われてみればそうなのかもしれない。私は貴方のことを知れば知るほどますます愛おしくなっている。貴方は芯のある気丈な人だ。私は貴方のそういうところを感じ取って好ましく思ったのかもしれない」
彼の真っ直ぐな言葉に顔が火照るのを感じる。
油断するとアルは恐ろしいくらいストレートド直球な言葉を口にするし、それが口説き文句などではなく彼の心情をそのまま口にしただけの純粋な言葉であるのだからますます恐ろしい。
この調子でストレートな言葉をかけられまくったら彼に骨抜きにされてしまうのはそう遠くない未来だろう。幸いにもアルはそのことに気が付いていないようだが……。
「そ、そうなんだ。ところでさ、俺もアルに聞きたいことがあるんだけど……」
せっかく二人きりでいるのだから、この際疑問に思っていることを消化することにした。
「俺は生物学的にオスである訳だけれど、その辺のこと魔族の人たちはちゃんと分かってるのかな? ほら、アルと同性であることはこの世界では問題ないのか?」
パンドラの箱を開くような気持ちで俺は性別に関する質問をしたのだった。
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