第4話 いつでも駆けつける
「話を元に戻すけど」
空気を換える為に仕切り直す。
「生き返らせる代わりにもう二度と元の世界には戻れない。そういう契約を無理矢理課すのがあの儀式だった」
確認の言葉に、アルはこくりと頷いた。
相変わらず彼の顔は仮面に阻まれてまったく見えないが、なんだかだんだんと見慣れてきた。
彼はずっと仮面を付け続けているが、どうしてだろう。儀式の時みたいにちょっと素顔を見せてくれないのだろうか。本当に綺麗な瞳だったからもう一度見てみたいんだけどな。
「ああ」
「そうか、俺はもう元の世界に戻れないのか……」
まだまだ生きて読みたい漫画の続きとかあったのにな、としみじみする。
まあそれは不用意な死に方をした俺が悪いので諦めるとしよう。
「残念ながら召喚された御子が再び神界に戻れたという記録はない」
遺憾そうにアルが首を横に振る。
「そのことはいいんだ。ともかく、帰れないなら俺はこの世界で生活していくことになる訳だよな」
「ああ、そのことなら心配はいらないよ。城の上階に貴方の部屋を用意した。貴方がここで暮らしていく上で不自由はさせないと約束する」
それは良かった。とりあえず衣食住に困ることはなさそうだ。
まあ魔族としてはせっかく召喚した異世界人が外に出て行って知らないところで死んだら困るから囲うという意味もあるのだろうが。
「それは助かる。ところで、召喚された人たちの記録というのを閲覧してみたいんだが」
「それなら司書を呼ぼう」
アルが軽く手を挙げて合図をすると、すぐに司書さんが来てくれた。
その司書さんも御伽噺の鬼のように頭から一本の角を生やしていて、人間ではなかった。
ほどなくして司書さんが諸々の書類をテーブルに積み重ねてくれた。
「公式の文書に、御子自身の手で遺した日記などだ」
「日記もあるのか!」
過去の同郷人が何を日記に遺したのか気になる。
この世界での生活はどんなものだったのだろう。
俺は真っ先にその日記の一つに手を伸ばした。
「…………」
「どうだい? 読めるかい?」
読めなかった。
アルファベットで書いているということは理解できるが、俺の知らない言語だった。
そうか、同じ地球出身だからといって日本人とは限らないのか……。
「いや、俺の知らない言語みたいだ」
しょんぼりと肩を落とす。
「そうか。我々も御子の日記を解読することはできなくてね。こうして保管するだけになっているんだ」
魔族にも解読はできないということは、やはり地球の言語ではあるのだろう。
うーん、文明の利器さえこの手にあれば翻訳できるものを。
「あれ、そういえば俺はアルの言葉はこうして理解できるけれど、文字はどうなんだ……?」
疑問に思って魔族側が書いたという公式文書をめくって見る。
さっき以上に意味不明な文字がのたくっていた。
日記の方がアルファベットであることは理解できる分まだマシだった!
アルの喋っている言語は知らない言語なのに何故か理解できる。
そして俺がアルに話している時の言語もその謎の言語なのだ。
自分の意思とは関係なく知らない言語が口から出て来るのは不思議な気分だ。
「召喚の際に、御子がこの世界の言語を理解できるように術式を組み込んでいるらしい。もっとも文字はその対象にならないから、過去に召喚された御子はこうして彼らの世界の文字で記録を遺したようだ」
「なるほど」
どうせなら文字も読めるようにしてくれれば良かったのに。
がっかりした俺の様子を見て彼がふふっと微笑む。
「こちらの方は私が読んであげようか?」
「ありがたい!」
ということでアルに魔族が遺した記録を読んでもらうことになった。
アルの長い指がぺらりとページをめくる。
「神界から
「えーと儀式は100年に一度だから、建国から1500年ってことか。歴史があるんだな」
「そうだとも」
アルは頷いた。
「これが初代国王とその伴侶である御子を描いた絵姿だ」
アルが指を指して示す。
「え……?」
初代国王とやらの似顔絵を見て俺は思わず言葉を失ってしまった。
その姿はどう控えめに言っても人型ではないというか、触手をたくさん生やした怪物のように見えたからだ。
アルは瞳の数以外は人間とまったく変わらない姿をしているが、それとはまるでかけ離れている。
「やはりこうした姿は貴方の目から見ると奇異に映るか」
アルが少し寂しそうに呟いた。
その反応を見て、驚きを露わにしてしまったのは間違いだったと悟った。
魔族も自分の姿を奇妙だと思われたら傷つくのだ。心の動きは人間と変わらない、彼らも血の通った生物だ。
「ごめん、思わず驚いただけで……」
「いいんだ。私の先祖はこのような姿をしていたが、代を重ねるごとに
アルがページを繰っていく。
彼の言う通り、代を重ねるごとに魔王の姿が人間に近づいていくのがよく分かる。
似顔絵の中にはいくつかアルのような仮面をつけているものがある。アルの仮面は王族に伝わる由緒正しい衣装なのかもしれない。
人間の方は多種多様な人種が召喚されているように見えた。
アジア人らしき人間の似顔絵もいくつかあったけれど、日本人かそうでないかまでは判断が付かなかった。
俺の一人前、ちょうど100年前に召喚されたらしき人はアルとそっくりの美しい金髪を持った女性だった。きっとアルは彼女の血が強く出たのだろう。顔立ちもどことなく似ている気がする。
召喚された人は皆一人残らず魔王もしくは王子と結婚したのだろうか。結婚しないという選択をした人はいなかったのだろうか。アルに見せて貰っている公式文書とやらでは文字が読めないので、そこら辺のことがよく分からない。
俺はそのことを調べてみたくなった。
「先人の遺した日記をじっくりと読んでみたい。もしかしたら俺に読める言語で書いてある部分があるかもしれない。大丈夫か?」
「ああ、貴方の為ならそれくらい問題ないよ」
日記を調べてみることにした。
いちいちアルに魔族の文字を読み上げてくれと頼むのは忍びないから、魔族側が遺した記録の方はとりあえず手のつけようがない。
「貴方が図書室に来たときはいつでも記録を閲覧できるように手配しておこう」
「え、そこまでしてくれなくても……」
「いいんだ。きっと一日程度では終わらないだろう?」
確かにアルの言う通りだ。
奇跡的に日本語で書かれた文書が見つかったとしても、きっと今日中には読み終わらないだろう。
彼の言うように取り計らってもらえるなら確かに助かる。
「じゃあ頼む」
「ああ、了解したよ」
そのとき、ぐう~っと間抜けな音が二人の間に響き渡ってしまった。
恥ずかしさに俺は顔を赤くする。
「ふふ、お腹が減ってしまったかな? 一旦食事にしようか?」
彼の提案を聞いた途端、空腹を実感する。そういえば何か腹に物を入れたい気分だ。
どうせ明日もまた図書室には来れるのだから、ここで根をつめたところであまり意味はないだろう。彼の言葉に甘えることにした。
「貴方の部屋に案内しよう。すぐに誰かに食事を貴方の部屋に運ばせるよ」
「あれ、アルも一緒に食事してはくれないのか?」
てっきりこの流れだと一緒にテーブルについて食事をということになると思っていたので、意外だった。
「いや、その……そうしたいのは山々なんだが用事があってね。貴方も一人になる時間が欲しいだろうし」
彼は少し口ごもった。
そうか、アルは王子なのだから色々用事は山積みだろう。
なんだか無意識にずっと一緒にいてくれるような気がしてしまっていた。
「そうか、そういうことなら分かった。色々と悪いな、貴重な時間を俺に割かせて」
「そんな風に考える必要はない。貴方は国の重要人物だ、何かあればいつでも私を呼んでくれて構わない。いつでも駆けつけよう」
いつでも駆けつけるなんて騎士みたいなことを言うアルは、正直すごく様になっていた。
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