第3話 明らかになる事実

 風に揺れる彼の金髪が日の光を受けて白く透けている。


 魔族の王子────まあそうだろうな。

 話の流れ的に彼の身分は魔王かその後継だと思っていた。


 俺はその王子からのプロポーズをこの訳の分からない状況の中でいきなり断ってしまったのだ。

 もしかして今、すっごく不味い状況だったりしないだろうか。


「あの……ということはつまり」

「うん、何だい?」


 アルは小首を傾げて俺を見つめる。

 正確には仮面のせいで俺を見ているのかはどうか分からないが、少なくともそのように感じる。


「もしかして俺はアルのプロポーズを強制的に受けなきゃいけなかったりする?」


 その問いにアルは仰け反って驚いた様子を見せた。


「まさか! そんなことはない!」


 あれ、違うのか。これは予想と違った。

 わざわざ百年に一度の儀式まで行って異世界人を呼び出したのに、その異世界人がプロポーズを断れば帰っていいのか? 拍子抜けだ。


「決して無理強いしたりはしない。神の御子に無理やり婚姻を迫れば天罰が下ると言われている。正しい手順を踏み、きちんと了承を得て、双方の合意の下に契りを結ぶ。それもまた王族の務めだ」


 そういうことか。

 なんだ、てっきりこの後強制的に彼と閨を共にさせられたりするのかと思っていた。

 そうなったらきっと全力で抵抗していたな。


「じゃあアルは俺に何もしないのか。その天罰が云々って話があるから」


 俺は確かめるように尋ねる。

 紳士的な伝承があるとはいえ、いざとなったら既成事実を作ってでも婚姻を結ぼうとするのではなかろうか。

 それが王子である彼に求められている役割ならば。


「……いや」


 彼は口を開く。


「言い伝えとは別にして、私は貴方の気持ちが私に向いてくれるまで待つつもりだよ」

「えっ」


 意外過ぎる言葉に俺は驚きを隠せなかった。


「い、一体何故? アルが紳士だからか?」

「おや、私は紳士的だと思われてるのか? それはありがたいね」


 彼がくすりと笑みを漏らすのが聞こえた。


「でもそういうことではないよ。そうだね――――理由は、貴方の意思で私のことを好きになってもらいたいからかな」

「そ、それって……っ」


 聞き間違いではない。

 好きになってもらいたい。確かに彼はそんな風に言った。

 そんなの、まるでのような言葉じゃないか。


「ああ、そうだ。私は貴方とになりたいんだ」


 なんで、こんな言葉に胸が鼓動してるんだ。

 おかしいだろ。俺はこいつのことなんて何とも思ってない筈なんだ。


「そ……っ、いやいや何でだよ! あんたは俺のこと何にも知らないだろ!」


 だって会ったばかりじゃないか。

 なのになんでこいつは俺のことが好きとか言えるんだ。


 そうだ、こいつは代々のしきたりを守るために俺を口説き落とそうとしているに違いない。どう考えたってこのイケメンが俺に惚れたという可能性より、異世界人と結婚しなければならないという決まりを遂行しようとしている可能性の方が高い。


 なのになんでだろう――――仮面越しで表情も見えない彼の言葉が、本気だと感じられるのは。

 俺の直感が言っている。彼は嘘が吐けない男だ。仮面を付けていたって感情が駄々洩れの見たまんまの男なんだと。


「何でだろうな……。君が召喚される前は、神の世界くにの住人とはどんな感じなのだろうと考えていた。どんな人であっても好きになる努力をしようと思っていた。でも、実際にはどうだろう。そんなことを考える必要はなかったんだ!」


 彼の白い肌が紅潮していることが、彼の首元を見れば分かる。


「一目貴方を見て、脳内が痺れたよ。貴方の出で立ちや怯える様子が既に愛おしかった。そうだな。何故かは分からないが――――私は貴方のことがすこぶる好きになってしまったみたいなんだ」


 それって――――ってやつか!?


 ま、待った。イケメンに告られて、それがしかも一目惚れで。

 いくら出会ったばかりの相手とはいえ、理性がぐらりと傾ぎそうになる。

 プロポーズさえ受けちまえばイケメンな夫ができて地位も安泰、暖かい城の中で美味いもん食っては寝ての贅沢三昧の生活が送れるのではないだろうか。

 そんな即物的な欲に誘惑された。決して俺もアルのことを憎からず思っているから胸がトキめいたとかではない。


「だから私はいつまでも待つよ。貴方が私を好きになってくれることを」


 アルは仮面の向こうから俺に微笑んだ。

 そんなアルに対して、契りを結ぼうと今言うのは不誠実に感じられた。

 だって俺はまだアルのことを何とも思っていないんだから。

 ここで彼に頷くのは好きだからではない。それは不誠実だ。


「いや、いつまでもって言うけどさ」


 だからその代わり俺は彼に言った。


「その間に俺は元の世界に帰っちまうかもしれねーぜ? 俺が帰りたいって言ったらどうするんだよ」


 その言葉にアルが硬直した。


「それは……」


 口ごもったその様子を見れば、彼がどんな表情を浮かべているのか見えなくても分かる。

 半ば予想はしてたんだ。俺が向こうへと帰ってしまう可能性をまったく考慮していない彼の口ぶり。

 きっとそもそも帰る方法なんてないに違いない。


「うん、分かってたよ。無いんだろ? 元の世界に帰る方法」

「……すまない」


 アルは申し訳なさそうに肩を落とした。

 別にアルが悪い訳じゃないだろうにな。


「その辺のこと、詳しく話してくれないか」

「ああ……とりあえず座れる場所に行こう」


 俺とアルたちはバルコニーから移動することになった。

 城には沢山の蔵書が収められた図書室があるらしい。


「そこには今までに召喚された天人ひとの記録も収められている」

「今まで何人いたんだ?」

「さあ……百には届いていないはずだが」


 そんな話をしていると、図書室に辿り着いた。

 思いの外広い空間で、かなり蔵書量になりそうだ。

 人気はないが、よく見るとチラホラとテーブルに座って本に目を落としている人がいる。

 人と言っても、みんな髑髏頭だったり人間にはあり得ない青い肌をしていたりするんだが。要するにみんな魔族だ。


 俺たちは彼らから離れた席に座り、向かい合う。


「元の世界に帰る方法がないとはどういうことなんだ?」


 なんとなく大声で話す内容ではないように思われて、声を顰めて彼に尋ねる。

 彼も周囲を確認するような素振りを見せると、そっと話し出した。


「私は魔術師ではないので儀式の術式に関しては詳しくないのだが……それでも私が知っていることはいくつかある」


 こくりと頷いて話の続きを促す。


「何でも召喚の儀では、神の御子をお喚びした瞬間にある契約を結ぶらしい」

「契約?」


 契約なんてものを結んだ覚えは俺にはない。

 一体それは何だ。嫌な予感がする。


「生命の危機に瀕しているのを救う代わりに元の世界にはもう二度と戻れない。そういう契約の下、反魂を行う。それがあの儀式の内容らしい」

「なん……だ、それ」


 反魂の儀式? もう元の世界には戻れない?

 確かに俺はトラックに撥ねられて死んだ。

 次の瞬間にはこの世界にいて、血塗れの服は着ていたものの怪我は一つもなくなっていた。


 あれは……俺が一度死んで生き返ったからだったのか?


「本来ならば魔術で死者を生き返らせることなどできないが、世界から弾き出された時に生じるエネルギーを変換し術式を成立させる。城の宮廷魔術師はそう語っていた。そのことを知っていたから貴方が血塗れの姿で召喚されてきた時も私は驚かなかったのだが……タツヤ? どうかしたのかい?」


「いや……なんでもない」


 俺の顔色はきっと蒼白になっていたのだろう。

 アルはすぐに俺の異変に気が付いた。


「……まさかまだ気が付いていなかったのか?」


 彼の言葉にこくりと頷いた。

 てっきり死ぬ直前にこの世界に召喚されたものだとばかり思っていたから、自分が一度死んでいたという事実に少なからず衝撃を受けた。


「それはすまない、私はなんて配慮に欠けたことを軽々しく……」

「いや、いいんだ」


 いずれどこかのタイミングで知ることになっていただろうから、逆に今知れて良かったかもしれない。


「アルは悪くない。俺が死んだのは俺のせいだから」

「それは……」


 アルは言葉の続きを口に出しかけて押し黙った。

 きっと俺が死んだ原因を聞きたいに違いない。けれど死因によっては俺の地雷を踏んでしまうかもしれないと思ったのだろう。


「死んだ理由なら、別に聞いても大丈夫だぜ。車……ってこの世界にあるのか? それに子供が轢かれそうになっていて、気が付いたら身体が動いていた。子供を庇って俺が轢かれて死んだ。それだけだ」


「――――」


 アルは言葉を失った。

 そう悪くはない死に方だと思うんだがドン引きされただろうか。

 あるいは自分の死に様をあっさり言葉にする語り口が引かれたのかもしれない。


「貴方はとても勇敢な人なんだな」


 やがてぽつりと彼は言った。


「勇敢だなんて止めてくれよ、考え無しだっただけだ。もう二度と同じことを出来る気はしない。死にたくないからな」


「ああ、貴方が自分の命を大切にできる人で良かったよ」


「…………」


 今度は俺が黙り込む番だった。


 なんだよこいつ、俺が一度死んで生き返った死人だって最初から分かってて一目惚れとかしたのか。気持ち悪くなかったのか。

 あるいはこの世界は死を忌み嫌う感覚が薄いだけかもしれない。

 だが少なくともアルの態度が俺の気持ちを幾ばくか楽にしてくれたことは確かだった。

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