第2話 魔界の王子
「いやいや、一人で着替えられるから」
案内された先の部屋で髑髏頭たちが俺に服を着付けようとしたので、俺は何とかそれを断って服だけを受け取った。血が乾いてごわごわになったパーカーとジーンズを姿見の前で脱ぎ捨てる。
「……」
鏡に映った自分の姿を見つめる。
記憶にある姿とさほど変わらない。
トラックに轢かれた時の傷などは特に見当たらない。
治っている。あるいは無かったことになっているのか。
ここが黄泉の国だとしたら、現世の服を脱ぎ捨てて此処の衣服を着るのは死に近づく第一歩かもしれない。
果たして持って来てもらった新しい服を身に着けてもいいものか……。
「……はあ、今さら何を考えてるんだ」
自分の思考に自嘲した。
子供を庇ってトラックの前に飛び出した瞬間に「あ、これ死んだな」と悟ったのを覚えている。
意識が薄れていく中で地面にどくどくと血だまりが広がっていく感触も。
あれは死んだ。完全に死んだ。
今更あの世でのタブーを犯さなければ生き返れるかもなんて思考には意味がない。
俺はさっさと着替えることにした。
貰った衣服を身に纏い、その違和感に鏡の前で顔を顰めることになった。
……なんだこの中性的な格好は。
黒いチュニックのような一枚布に袖を通し、あとは白いストールめいたものを肩から羽織るだけ。足がスース―して落ち着かない。
もしかしてあの髑髏頭や四ツ目のイケメンたち、人間の性別を見分けることが出来てないんじゃなかろうか。
俺は女だと思われたからいきなり求婚されたのだろうか。男だとバレたら処される?
「いや、流石にそんなことはないだろ」
自分で自分の考えにツッコミを入れる。
俺は生前中性的だなんて言われたことは一度もないごく普通の成人男性然とした見た目だし、あのブロンドのイケメンも少しばかり眼の数が多いとはいえ人間とかけ離れた見た目をしている訳でもない。まさか人間の雌雄の見分けがつかないということもないだろう。
つまりこの生足丸出しの格好は彼らの文化圏ならではの格好ということだ。仕方ない。
あの四ツ目のイケメンは普通に西洋貴族的な格好をしていた気がするし、俺もああいうのが良かったんだけど、服を用意してもらえただけ良しとしよう。
自分の格好の奇妙さを意識すると恥ずかしいところはあるが、ひとまず着替え終わった俺は部屋の外に出た。
「おお、愛らしい!」
すぐさま駆け寄って来たのは仮面を付けたあの四ツ目の男だった。部屋の外で待っていたのだろう。
仮面に覆われて表情は一切見えないが、何か浮かれているであろうことは喜色満面の声音から窺えた。
「実に似合っているな、御子よ」
仮面の向こうからじっと視線を注がれているような気がして、一歩後退る。
どうやって可能にしているのかは分からないが、彼は仮面を付けたままの状態でもしっかりと視界を確保できている様子だ。何か特殊な細工でも施してある仮面なのだろうか。
「あの、俺はミコでもヒトでもなくて、
「タツヤ! いい名前だ!」
男は実に嬉しそうに俺の名前を繰り返した。
さっき仮面を外した時は超然として見えたが、案外親しみ易い性格なのだろうか。
「タツヤ、散歩でもしながら色々と貴方に説明してあげよう。いいかな?」
「ああ、いいけど」
いよいよ諸々の謎が明かされるのか。
ごくりと固唾を呑んだ。
歩き出すと、俺が今いるのはとても大きい建物なのだということが分かった。
お屋敷……いや、城と言っても差し支えないだろう。
廊下を歩いていると、働いている様子の髑髏頭が俺たちにさっと頭を下げる。きっとこの悪魔のような姿をした髑髏頭たちは召使いか何かなのだろう。そして今俺の隣を歩いているこの仮面男はやはり偉い身分の者なのだ。
こうして並ぶと、彼の方が俺より頭一つ分は背が高いことが分かる。190cm以上あるのではないだろうか。かなりの高身長だ。
「まずは何を知りたい?」
仮面男は穏やかに俺に尋ねた。
そうだな。ありとあらゆることが謎で、質問したいことは沢山ある。
だが、まずは……
「お前の名はなんだ?」
と端的に口にした。
「……!」
表情は見えないが、男は仮面の向こうで二対の目玉をぱちくりとさせたのではないだろうか。そんな気配がした。
「何だよ。名前を聞くのがそんなに意外か」
だって、いつまでも『仮面男』とか『四ツ目の男』とか正体不明のままにしておき続けるのは気持ち悪いだろう。あ、偉い人ならお前呼ばわりは不味かったか。
「いや、いやそんなことはないとも! 聞いてくれて嬉しいよ!」
彼が仮面の向こうでニコニコしているであろうことがありありと見て取れた。何がそんなに嬉しいのだろう。
ともかく、彼は俺が多少不躾な口調で話したところでまるで気にしないようだった。
丁寧な口調で喋るのは苦手なのでそれはありがたかった。
「それで名前は?」
「アリステッドだ、気軽にアルと呼んでくれないか」
「アルか。よろしく」
「ああ……! よろしく頼むよ!」
アリステッドことアルは俺が友好的な態度を示したことにいたく感激しているようだ。
どうやって前方を見ているのか謎な仮面を被っていても、感情が丸分かりだ。
彼は人間ではないかもしれないが、分かりやすい人物ではあるという点について俺は安堵を覚えたのだった。
今の意味不明な状況で内面まで不気味な奴が傍に付き纏っているとなれば、俺は恐怖に怯えて部屋に引き篭もっていたかもしれない。
「次に聞きたいことは、えーと……なんで、その……」
なんでいきなりプロポーズなんかしたのか、と聞きたかった。
だが気恥ずかしさにすんなりと言葉に出来ない。
「何故異界から貴方をわざわざ喚び寄せたのか、かな」
「ああ、うん。それも聞きたい」
アルは異界と口にした。
異界……異世界か。つまりこれは異世界召喚とかそういうやつなのか?
「我ら魔族は百年に一度異界より神の御子を招いている」
魔族ということは、やはりアルたちは人間ではないらしい。
予想はしていたがファンタジーな存在の明示にドキリとする。
そして神の御子とは? 俺のことを指し示しているらしいが……。
「御子って呼ぶけど、俺そんな大した存在じゃないぞ? ただの人間だ」
「我らの信仰では
天界の住人だなんてそんな仰々しい。
つまり俺にとっての現実世界がこの異世界では神のいる世界だと思われてるってことか。
それならそこからやって来た俺は天使か何かと思われているのか。あの髑髏頭の召使たちに妙に恭しく扱われていたのは、そういう訳だったのか。
俺の言動のせいで「こんなのが天界の住人なのか」と幻滅されていやしないだろうか。心配になってきた。
「ああ大丈夫だ、今までこの世界に召喚された
そうか、百年に一度の周期って言ってたし、今までに何人もこの異世界に俺達の世界から人が来てるのか。
今のは神秘的な力とかそういう雰囲気とかが何もなくても幻滅したりはしないというフォローだろうか。だとしたら助かる。
「そして我らは代々神の御子を血族に加えることで血筋の強化を図ってきた。少なくともそうすることで神威が増すと信じられてきた」
口ぶりから察するに、アルは魔族の信仰を尊重しつつも一歩距離を置いて冷静に捉えている面があるのだろう。
俺の半歩先を行くアルの足取りは上階へと向かっている。いくつもの階段を上がりながら、やはりここは城と呼ぶに相応しい大きな建物であるということに確信が持てたのだった。
どうやら俺たちはバルコニーに向かっているようだ。
「つまり。百年に一度異世界から人間を召喚し、さらにはその召喚した人間と結婚することにしている。そういう風習があるという話だな?」
「タツヤは話を理解するのが速いな。そういうことだ」
鷹揚に頷くアル。
『何故いきなりプロポーズされたのか』の謎が解けた。
そういう習慣があるからというだけの話だ。アル個人が俺に特別な感情を抱いているとか、一目惚れしてしまったとかそんな理由ではない。いやー、そうだよなこんなイケメンが俺にプロポーズとかしてくるのには何か訳があると思ってたぜ。
別にちょっと胸がズキっとしたりしてないし? 俺はアルのこと何とも思ってないし? そりゃあ素顔はちょっとばかし、いやかなり好みだとは思ったがそれだけだし?
「それで、何故アルが俺にプロポーズを?」
話を先に進める。
半ば予想は付いている。
魔族は異界から呼び寄せた人間を神界の住人だと信じているから代々婚姻を結ぶことにしているという。ならばその婚姻を結ぶ役は魔族を代表する地位にある人物の筈だ。
つまり、アルの正体は……
「ほら、ここからは城下が一望できるんだ。眺めがいいだろう?」
バルコニーへと続く扉を彼が開け放つと、風が頬を撫でる。
彼の言う通り、バルコニーからは周囲を見渡すことができた。
別に魔界だからといって毒の沼地が広がっていたりなどはしなかった。
広い庭園に遠くに見える城下町。確かにいい景色だ。ちらりと一望しただけでとてもよく発展した豊かな国なのだろうと推察することができる。
「ここが私の――――私が将来受け継ぐことになる国だ」
アルがバルコニーの柵を背にして俺を振り返った。
「私はアリステッド・ファロ・オルギュラント。この魔界の第一王子だ」
彼こそは次の魔王となり得る人物。
魔界のプリンスその人なのだ。
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