俺を溺愛している王子はイケメン多眼仮面人外です ~属性盛り盛りの正直好みな魔界の王子に狙われてます~
野良猫のらん
第1話 邂逅
二対の睫毛が高く天を衝いている。
四つ……四つの瞳が真っ直ぐに俺を見つめていた。
それは何も二人の人物が目の前にいるという比喩ではなく、文字通り四つの目を持つ男がその多すぎる視線を俺に注いでいるのだった。
その男は恭しく俺の手を取る。
触れられた箇所から指が熱くなるのを感じる。
そして男は低く囁いた。
「どうか私と婚姻の契りを結んでくれないか」
と。
平凡な人生を歩んだからといって、平凡な死を迎えるとは限らない。
黒髪黒目の平凡な容姿。
俺が漫画の登場人物だったとしても三白眼気味のモブ顔で描かれるのがオチだろう。
そんなどこにでもいる男だった。
だから、トラックに轢かれそうな子供を庇って死ぬだなんて漫画みたいな死に方をするとは思いもよらなかった。
薄れゆく意識の中でどこか可笑しささえ感じながら、俺は死んでいったのだった。
そう、確かに死んだはずだ。
だが俺は今見覚えのない場所にいた。
暗く、じめりとした地下室。
足元に描かれた魔法陣に、いくつも灯る蝋燭の炎。
目の前に広がる光景は少なくとも病院ではないことは確かだった。
むしろ邪教の儀式とかそういった不気味でB級ホラーなものに思われた。
「おお……」
静かに広がるどよめきに、この地下と思われる空間が存外に広く、また周りに何人もの人がいることが感じ取れた。
目を凝らしてみると確かに暗闇に溶けるようにして人々が俺を取り囲んでいるのが見えた。
何故俺はこんなところにいて、この人たちに囲まれているのだろうか。
疑問に思いながら周囲を見回していると、だんだんと目が暗さに慣れてくる。
そして俺を取り囲んでいる人たちの格好が薄っすらとだが見えてしまった。
ぞっとした。
それは髑髏だった。
「……ッ!?」
あまりの驚きに悲鳴すら出なかった。
それもただの髑髏ではない。頭の横から生えた二本の角に、獣じみた縦長の骨格。
それは御伽噺に出て来るような悪魔の姿のように思えた。
宗教じみたローブを羽織った人々は皆一様に髑髏の頭をしていた。
(よく出来た造り物なん、だよな……?)
そうは思いながらも後退りするのを止められない。
「うわッ!」
後退りしていたらすぐに何かに躓き、俺は無様に床に尻餅をつくことになった。
床に手をついた拍子に足元に描かれていた魔法陣の赤い塗料が手の平につく。
手の平を拭おうとして気が付いた。
(塗料……? いや違う、これは……)
血だ。
赤い魔法陣を描いているそれは何かの血液だった。
「は、ひ……ッ!?」
混乱にあえぐ。
駄目だ。これは何だ。俺は地獄にでも落ちたのか?
そんな。子供助けて死んだというのにそんなのはあんまりだ。そりゃ死ぬまでの間に悪いことを一度もやったことがないとまでは言わないが、それでも地獄送りにされなければならないようなことをした覚えはまったくない。
一体何なんだここは何処なんだ。誰か一体説明してくれないか助けてくれ……!
「異なる世界から招かれし
その時、ローブの人々の中からすらりとした長身の人物が歩み出た。
一瞬、その男はのっぺらぼうのように見えた。
その男は一つも穴の空いていない鉄製と思しき仮面をつけていたからだ。目鼻口のいずれも丸ごと仮面に覆われている。
(あんなの付けててまともに目ぇ見えるのか……?)
どのような仕組みで視界を確保しているのだろうか。
思わずその男に視線が釘付けになる。
白に近いブロンドの髪からは彼が日本人ではなさそうなことが窺えたが、不思議とその言葉は理解できた。
流暢に日本語を喋っていた訳ではない。明らかに知らない言語を喋っているが、何故か理解できてしまったのだ。
男はゆっくりと俺に近づいてくる。
まるで怯えさせないように細心の注意を払っているかのように、穏やかな足取りで。
「我らは百年に一度、天界の方にお出で頂き、婚姻を結び血族に加えることで一族の力を増させている」
仮面の向こうからの声は、まるで頭に直接響くように凛としてはっきり聞き取れた。
「そこで、天から招来されし御子よ。我らの……いえ、私の願いを聞き届けてはくれまいか」
仮面の男は俺の目の前に跪いて言った。
その所作の流麗さから、この男が高貴な身分の人間であることが窺えた。
「え、御子って俺のことか!?」
ともすれば現実感の無さから意識を手放してしまいそうなこの状況の中で、男が俺に話しかけていることだけは何とか汲み取って答える。
男はこくりと頷いた。
つまり俺=御子!? 何故そんな仰々しい呼び方をされてるんだ!?
婚姻がどうのと言っていた気がするがどういう意味だ。誰と誰が結婚するって?
男はゆっくりとした動作で仮面に手をかける。
そして仮面が外され、男の素顔が露わとなった。
「……っ」
思わず息を呑んだ。
男の顔には四つの赤眼が輝いていたのだから。
髪色と同じ白く透けて見える金の睫毛が四つの瞳を縁取っている。
明らかに人間ではない。
だが。
美しかった。
(うわ、正直めっちゃ好み……!)
瞳が四つもあるのにも関わらず、否、四つの目が絶妙に配置されているからこその完璧な均整のとれた端正な顔立ち。
あまりの顔の造作の美しさに、見ているだけで身体の奥が熱く発火するような感じがする。
見る者を性別問わず魅了するようなチートレベルの美貌だ。
目の前に跪いた男は恭しく俺の手を取った。
触れられた箇所から指が熱くなるのを感じる。
そして男は低く囁いた。
「どうか私と婚姻の契りを結んでくれないか」
時が止まったように感じられた。
何……何の契りだって?
「え……? も、もう一度言ってくれないか?」
「私と婚姻の契りを結んでくれないか」
律儀にもう一度繰り返してくれた。
それでやっと理解された。
俺がこの目の前の美男子にプロポーズされたのだという事実が。
何故? そもそもこの四ツ目の男は誰なんだよ。
ここが何処なのかもさっきからずっと謎だし。
数々の謎を目の前に、俺の脳は取り敢えず差し迫った問題に答えを出すことを選んだ。
「いえ……お断りします」
ピシリと何かに罅が入るような音が聞こえたような気がした。
それというのも目の前の男の表情が硬直したのが見て取れたからだろう。
いやごめんだって、こんな訳の分からない状況でプロポーズされて頷く奴がいるだろうか。
死んだと思ったらこんな怪しい場所にいて人外と思しきイケメンに告白されて「はい」と答えられるだろうか。否だ。
「…………」
絶世の美男子はすっと仮面を付け直してしまった。
美しい瞳は鉄仮面の奥に隠されてしまった。
やべ、もしかして怒らせた?
男は仮面の向こうから言葉を継ぐ。
「神の
「え……?」
言われて初めて自分の格好を見下ろした。
自分が死ぬ前に着ていたのと同じパーカーにジーンズ。
ただしその服は血に塗れていた。
その血の正体が何かすぐに合点がいった。
これは俺がトラックに撥ねられた末に流した血だ。
ああ、本当に死んでしまったのだなと今さらながらに実感が湧く。
それなら此処はあの世なのだろうか。
あの世に来たらイケメンにプロポーズされるという特典が付くなんて話は聞いたことないが。
それはともかく、血塗れなことを自覚するとこんな服は一刻も早く着替えたくなってきた。
俺は男の言葉に頷く。
「では、部屋に案内しよう」
男がそう言った途端に周囲の髑髏頭たちがざっと引いて道を作る。出来た道の先に上階へ続く階段があるようだ。
四ツ目の男はこの悪魔めいた髑髏ローブたちを統率しているようだが……一体何者なのだろうか。
男が鉄仮面の向こうに微笑みを浮かべたような気配を感じた。
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