第9981691話。火炎放射器で葉巻に火をつける博識な痴呆患者は平日の雨を嫌い休日の嵐に狂喜する

 骨が痛い。内臓が痛い。頭が痛いし目も痛い。鼻が痛くて息が吸えなくて、せき込むと体が折れそうになる。

 ああ、これは死ぬ。だめだ。

 なんて馬鹿げた話だよ……

 わかったさ。全部わかった。この物語の本質が、やっとわかった。

 救えなかった幼なじみ。

 壊れていく世界。

 わかったよ。

 ああ、恥ずかしい勘違いをしていた。

 なんて子どもなんだ。

 僕が世界に影響する? は……とんでもない。僕は最後まで、矮小なままだ。クラスメイトの中で、僕の名前を知らない人間すらいると思うのに、その僕が世界を壊しただなんて、馬鹿げた話だ。

 ねずみ算なんだ。塵も積もれば山となる。

 二回目のタイムリープで、僕はとんでもないことをしてしまった。

 僕はその回で、会わなかったのだ。あの紙袋の男に、会わなかった。会うはずの時間まで待った上で。

 会わなかった。

 僕に能力を渡すはずだった、あの男に、会わなかった。

 そしてあの紙袋の男は……渡したのだ。

 誰かに、能力を、渡した。

 僕ではない誰かに、それを、渡した。

 僕ら人間の悪い癖だ。

 世界の中心を自分だと思い込む。

 舞台が、自分の周りだけだと思い込む。

 特別が、自分だけだと、思い込む。

 小説を読んでいれば、主人公の周りだけが世界となり。

 映画を観ていれば、映っているものだけが世界になる。

 そうではない。

 この場合は、そうではないのだ。


 僕ではない誰かが、タイムリープをしていた。


 その誰かの結果が、幼なじみが死ぬという結果を及ぼした。そして僕の結果が、もしかするとその誰かの結果に影響したのだろう。

 そうなれば螺旋だ。ぐるぐるぐるぐる進んでいく。互いがタイムリープしていくうちに、能力者はガンガンと増えていった。中には能力を貰う前にタイムリープして無効になったものもいるだろう。中には僕よりも昔にタイムリープしたものもいるだろう。

 考えが甘いのだ。根本的に、間違っていた。

 時間旅行系の映画で、主人公が歴史を変えてしまうことは多々ある。

 しかし、逆は、どうなんだ。

 主人公ではない誰かが、歴史を変える場合……

 最初は幼なじみを救えた。最初は、救えた。

 次は? そう、問題はそこだ。次は、なぜ、救えなかった?

 簡単なことだ。僕が先手で、誰かが後手だったわけだ。僕が変えた世界を、誰かが変え返していた。

 それが誰なのかは知らないが。

 それにあるいは、もっと関係の無いところだって変えられていたのかもしれない。

 幼なじみは小テストの日に殺されたんだっけ? 体育では果たしてサッカーをやっていたんだっけ?

 わからない。もう、滅茶苦茶なんだ。僕が知らないうちに、世界は変わっているのかもしれないんだ。前回の紙袋の男と同じ状況で……誰かが変えた歴史には、僕は気付けない。

 世界の崩壊については、ねずみ算式に激増したタイムリープ能力者の集大成であるだろうから、その一遍である僕には異常ってことはわかるけれど。

 こうやって、知らない場所で知らないうちに知らないところを知らないように知らない誰かが知らない誰かと改変し合った。

 そうしていくうちに、滅茶苦茶になった。世界の理が崩壊し、きっとほとんどの能力者が、進むべき道を失った。

 お前もだろう……

「やっぱりあれは、未来の僕だったか……」

 発火能力者にぶちまける消火器を取った回で、一瞬だけ見えた青いスーツの男。

 その男が、僕をはねた軽トラックから、降りてきた。

 彼は最初からいた。あの紙袋と同じく、最初からいたのだ。

「なんで、幼なじみを殺そうと……」

「……紙袋の男は、大罪人だ。『時間旅行』の概念を実現させてしまった人間なんだ。僕と、……ああ、驚いてくれよ。僕はあの幼なじみと結婚することになるんだが……妻はそれに巻き込まれる。というか、僕が、あの紙袋の男の助手だった。恐ろしい技術に怯えた妻が、内部告発をした。仕方の無いことだ。しかしすると、紙袋の信奉者に妻は酷いことをされてね……。死よりも酷いことだ。だから僕は、彼女を殺すことにした。苦悩はわかってくれ。きみは、同じ、僕だろ?」

 青いスーツの男は、そう言った。

「でも、おかしくなった。あの紙袋の男がこの次元に来たからだと踏んでるが……。やっぱり、君……つまり今の僕ではない誰かが、あの紙袋にタイムリープの能力を渡されたからだと思うが。正直、意味がわかないんだ。この物語では、いったい何が起きて、何がどうなったんだ? 世界は元からこうだったか? 何か違和感を感じるんだが、何がおかしいのかがわからない……。そもそもなんで僕は君を殺して満足してるんだ? 僕の目的も、紙袋目的も、ぐちゃぐちゃに、滅茶苦茶に、原型を留めていないんだよ」

「そうなったんだよ」

 彼が殺した幼なじみ。その結果を僕が巻き戻し、その結果をさらに彼が巻き戻し……

 その上、僕と顔を合わせてすらいない能力者たちがねずみ算式に増えていき……

 破綻。

 前回、紙袋に会ったとき、彼は誰かに手を振っていた。そして僕に、早く戻れと言った。

 紙袋は僕と言う時間旅行者の存在を知らなかったから、他に能力者を生み出してしまったことに慌てたのだ。だから、滅茶苦茶になる前に、時間を巻き戻せと言ったのだ。

 間に合ったかどうかは、わからない……

 まぁ、すでに崩壊しているのだから、その回に間に合ったかどうかなんて、些細なことだ。

 タイムリープ。

 映画や漫画で気軽に題材にされるが、それを行う者が複数になってしまった途端、その物語は破綻する。意味が、わからなくなる。

 つまり、こうなるのだ。

 プロットは乱れ、設定は狂う。

 物語として、破綻する。

 僕にはわかる。その破壊活動の一端を担った男だから。僕には狂ったことがわるのだ。

 僕にもわかるから、未来の僕にもわかる。

「僕は今から死ぬんだけど……。未来の僕は元気そうだな」

「ということはもしかすると、葬式のあとに紙袋に会った君の知人が、タイムリープして君を助けるのかもな」

 ああ……なるほど。いま現在も時計は誰かにいじくりまわされてるのかもしれないのか。

 本当に、滅茶苦茶だ。

 ぐっちゃぐちゃになりながら、物語は進んでいく。

 何が起きたかわからないまま、なぜか全てが解決している。

「紙袋の男は?」

「さぁ。わからないな。未来に帰ったか、もしくはまだいるのか。はたまた存在自体が消滅しているか。どっちにしろ彼は世界の異変に気付けないからな。対策はいくらでも練れる」

「じゃあ……僕の勝ちだな」

「ああ。僕の勝ちだ」

 ああ。

 葬式のあとに僕を救うっていうのは、お前なのかもな。

 僕が捨て身でこうなるシーンを、お前は何度も見てるかもしれないんだ。

 だから、さっき、あんな意味のわからないことを言い出した。紙袋のやつに吹き込まれでもしたのかな。

 もう、本当に、滅茶苦茶だよ。

 なぁ、僕の、幼なじみ。

 でもお前が僕を救って死ぬならば、僕はお前を救うためにまた過去に戻るんだよ。

 お前がタイムリープすることで僕が轢かれたこの歴史は無くなる。でもそれは僕の記憶からも消えるってことだからな。僕がお前を救うために四苦八苦してるとき、お前も僕を救うために四苦八苦していたのか。

 ああ、最悪だ。

 この物語は、終わらない……

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破壊された常識の破片が眼球を傷つけひん曲がった世界が醜く歪み粉砕された砂時計が宙を舞うと足元から全てが崩れた。 きゃのんたむ @canontom

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