破壊された常識の破片が眼球を傷つけひん曲がった世界が醜く歪み粉砕された砂時計が宙を舞うと足元から全てが崩れた。
第439話。乾燥した雪の日に公園で鳩に餌を与える老人の足元にいる野良猫は哲学的思考に絡まり溺れ行く。
第439話。乾燥した雪の日に公園で鳩に餌を与える老人の足元にいる野良猫は哲学的思考に絡まり溺れ行く。
とにかく幼なじみが死んでしまった以上、タイムリープするしかない。
テスト前の時間まで戻って、僕はすぐに学校から掛け出した。
学校をさぼった。
すると案の定、火事が見えた。なにかのマンガや映画のように、学校や僕の家が燃えたわけではないが、とにかく『火事』だ。
過去、つまり幼なじみが死んだ『正史』では、火事なんて起きなかった。学校からでも燃えている様子は見えることだろう。
亀裂。
あの紙袋の男は、亀裂と言った。世界の亀裂が、どうのこうの。
テレキネシスだか、価値観だか、なにやらが捻じ曲がるとかなんとか。
そんなこと信じられるわけがないが、しかし僕自身がタイムリープをしているのだ。発火能力とか、そんな超越的なことを認めるには、十分過ぎる経験だ。
そして亀裂は、僕が作っているのだという。
タイムリープをするたびに、世界が捻じ曲がる。
人間のつむじは、体毛の辻褄を合わせるために存在するらしい。どこかで毛の流れに逆らわなければならなくなるため、あんな風に渦巻ができる。よく見れば頭髪だけでなく、他の体毛にもつむじはあるのだ。
そういうことだろう。僕が捻じ曲げてしまったために、世界が辻褄を合わせるためにつむじを作った。わかりやすい。
そのつむじが、タイムリープばりに意味不明な超能力というジャンルだっただけだ。不思議なことはない。いや不思議だけど。少し
とにかく、彼に会わなければならないだろう。一度タイムリープしても彼が消えなかった時点で、幼なじみを助けることができなくなった理由にも、絡んでる気がする。
これが小説ならば、これが重要な伏線となっているはずだ。彼がカギを握っていたり、彼が原因を駆逐する手伝いをしてくれたり。この行為は無駄にはならないはずなんだ。
*
……殺されかけた!
『彼』と断定していたが、発火能力者は『彼女』、が正しかった。女性だ。小学生の絵には同性ばかりが描かれるように、僕も知らずに発火能力者を男だと決めてしまっていた。自分が世界の基準だと思い込むのは、人間の悪い癖だ。
とにかく、彼女に殺されかけた。
彼女は酷く錯乱していた。酷く、醜く、狼狽していた。
火事場の近くを裸足で歩いていて、彼女が触れるすべてのものに火がついていったから、彼女がやったのだとすぐにわかった。
さすがにアスファルトは燃えなかったが、いきなり、気づいたように彼女の服が炎上した。
彼女は対して熱くなさそうではあったが、混乱はしていた。息切れしながら自分の両手を見つめ、自分が歩いてきた道――つまり火の海を振り返る。
彼女の服がすべて煤へと変わり、綺麗な乳房があらわになって、どうやら股を隠すものが無くなったところで、彼女は僕に気付いた。後ろをずっとつけてきた僕に、気が付いた。別に尾行する気もなく、彼女との間隔は正味三メートルくらいだったのだが、彼女はそのときまで僕に気がつかなかった。
僕のほうもずっと声を掛けようと思ったのだが、なんせ触ったものぜんぶが燃え上がるし、果たして服は燃えないようだと思って肩に手を置こうとしたと同時に、その服までもがファイアである。驚かせるつもりはなかった。逆にこっちが驚いたくらいだ。
そして彼女は「助けてください」と言ったのだ。
言って。
僕にすがろうとしたから。
走って逃げた。全力疾走。本当に怖かった。死ぬかと思った。
燃えるかと思った。
プロミネンスのごとく火柱を召喚しているので、彼女の居場所はすぐにわかる。
果たしてどうしたものか。
とにかくあれが『亀裂』なのか。
まるで異常だ。やはりそれは少年マンガのように自身の能力をうまくコントロールできている風には見えなかった。青年マンガならばこれからさすらいの中年に能力の使い方を教えてもらうのだろうが、しかし暴発というレベルをとっくに通り越している状態で、講義もへったくれもあるのだろうか。
とにかくあれは。
僕が幼なじみを救おうとした――いや、違う。
僕が良いように些細な歴史をいじくりまわした結果だ。僕の責任だ。
なんとかしなければ。
思案の結果、僕は消火器を取りに、近くのアパートへと走った。
第二八話。
近場のアパートの階段を駆け上がり、設置されている消火器を取る。
空を見上げると煙を発している建物と、一本の火柱が見えた。
その火柱に向かって走っていると。
視界の隅に、見覚えのある男がいる気がして。
誰かに似ている男がいる気がして。
振り向いてみた。
しかし、その青いスーツの男は角を曲がり、見えなくなった。
どうせこれも何かの伏線だろうと思うが、しかし考えてみればそういうことは結構あることだった。
それも見えたのは視界の隅という、最悪な条件だ。見間違えなんてたくさんある。
気にはなったが放っておくことにして、僕は火柱へと走る。
「こんにちは」
と、とにかく全裸で燃えている女性に声をかけてみる。
手当たり次第というか、手が当たる次第に火炎が移る。
コンクリートでも、猫でも、何でも、お構いなしに、燃やしていた。
「これ、なんなんですか?」
聞いてわかるか知らないが。
「……知らない」
ほらやっぱり。
「いきなり、火が」
「……消火器、試してみます?」
ホースの先をくいっと上げて、提案の意を示す。
最初に会ったときは女性の体は燃えていなかったが、今や彼女自身が火柱である。
効果はあるかもしれない。
「やってみて」
懇願するように、女性は言った。
両手を広げて、僕を待つように。
「いきますよ」
消火器なんて扱うのは初めてだ。がちゃがちゃといろいろ手間取ったが、やはり初心者でも使えるように設計されているらしく、レバーが握れるくらいに軽くなった。
「目、つむって!」
ぷしゅ、と圧力が抜けると同時に、白なのかピンクなのかわからない粉が勢いよく噴射される。
正直言って、命中してるのかわからないくらいの煙幕で、実況のしようがない。
意外と長い時間、噴射は続き、だんだんと勢いが無くなっていく。
ぷすん……ぷすん……とまぬけに途切れながら、遂に粉が枯れる。
煙幕が晴れたそこには、気持ち悪いものが、道路にへばりついていた。
どろどろとした、赤い何か。髪の毛のような黒い糸が束になって生えている。爪みたいなテカテカとしたタンパク質も張り付いているし、舌と思しき赤黒い物質も付着していた。
「え……」
なにこれ。
死んだ?
え、なに死んだの?
殺しちゃったの?
「うわ」
僕、人殺し?
うわ。
うわうわうわうわ!
殺した! 人を殺した! 消火器で、人を殺した!
違う。
違う! 違う違う違う! 違うんだ!
「僕は……僕はただ……」
ただ、火を消したくて。亀裂を埋めたくて。
こ、殺した……
違う!
彼女も、この人も、やってみてと言ったんだ。僕は決して……
人殺し、なんか……
「なんでだよ」
本当に、なんでだよ。なんでこんなことになってるんだよ。なんでこんな大事になってるんだよ。
最初は幼なじみを助けただけで。
次はテストで良い点取ったり、サッカーで活躍したり、くだらないことをしてただけだ。なんでこんな、火柱とか、人殺しとかいう話になってるんだよ。おかしいだろ。僕が何をしたって言うんだよ。僕が何か悪いことしたって言うのかよ。なんだよ。確かにずるいことはしたけれど、でもそんな些細なことで、なんでこんな馬鹿げた話が生まれてくるんだよ。亀裂? なんだよそれは! いくらなんでもぶっ飛び過ぎだろう! ふざけるなよ! ふざけるな……
「なんなんだよ、いったい……」
まずなにより、なんで幼なじみが助からないんだよ……
一度は助かったんだ。一番最初は、助かったんだ。
何の障害も無く、助けることができたんだ。
それが何だ? まるであいつを狙ってるみたいに、隣にいる僕はガン無視で、災いが降ってくる。
誰かがあいつを殺そうとしてるのか? 誰かが僕に嫌がらせをしてるのか?
いったい何が、起きてるんだよ……
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