第73話。自由への招待状を受け取った海豚は荒々しい足取りで山猿の腸を引きちぎり数理学の本を開く。

 どうやら、目を瞑って戻りたい時間を強く念じれば、タイムリープは成功するらしい。

 僕は三日前の小テストの寸前に戻ってきた。もう少し前まで行きたかったが、どうやらこれが限界値のようだ。

 やはり答えを知っている問題を解くのは簡単で、しかしやはり僕はバカのようで、満点は取れなかった。が、九割九分だ。普段の僕からしては大健闘。

「おいおいマジかよ俺めちゃくちゃ勉強したのに!」

 茶色の短髪、黒縁メガネ。アゴの真ん中にあるホクロが特徴的だ。

「まぁ僕はあんまり勉強してないけどね」

「ふざけんなよー。勉強までお前に負けるのかよ、俺は」

 体力テストでも僕に負けて、恋愛沙汰でも僕に負けていたが、彼は僕より頭が良かった。

 それが唯一、僕を優越していることだと本人は思っている節があるが、そんなことはないと僕は思う。

 僕みたいなやつは将来、秘書とか助手とか副社長とか、頑張って精々その辺りの人間になると思うが、彼はきっと大きくなる。彼は誰かを支配する側の人間になれるだろう。

 タイムリープの能力では未来に行けるのかと少し思ったが、それがもしできたとしても、考えてみたらやりたくない。

 わかりきった人生ほど、楽しくないことがあるだろうか?

*

 今日の僕は、まわりから見れば完璧な男だったことだろう。

 小テストではクラス最高点。体育のソフトボールでは、未来予知のように打球の落下点に向かう外野手。化学の授業では実験結果をまるごと仮説で言い当ててしまう。帰りの道ではおばあさんが転ぶ寸前で体えお受け止める好青年。

 そして次の・・・。もう十分遊んだし、そろそろ幼なじみを助けて終わりにしようと思った。

 調子に乗るのは良くない。長年ドラえもんを観てきて、唯一のび太くんから学んだことだ。

 学校を難なくこなし、いつものように幼なじみを家まで送り届ける。

 そして運命の十字路。

 鼻歌を歌い始めた幼なじみ。

 僕は止まって。

 幼なじみも止まった。

 トラックが。

 塀を。

 突き破り。

 幼なじみを。

 目の前で。

 轢き。

 殺した。

*

「……おかしいな」

 過去を変えたから、未来も変わったということか?

 確かあの十字路を通る車は、トラックではなく普通の乗用車だったはずだし、第一スピード違反はしていても壁を突き破るなんてことはなかった。

 ……まぁ良い。別の方法で幼なじみを十字路から遠ざけるか、それとも別の道を選べばいい。

 タイムリープ。これでリセットして、再スタートだ。

 ということで、僕は別の方法を試すことにした。

 十字路の遥か手前で、立ち止る。靴ひもを結ぶ振りをして、幼なじみの足を止める。

 するとやはりトラックが突っ込んできて、電柱にぶつかった。

 電柱が倒れてきて、幼なじみにぶつかった。

*

「だから、なんでだよ……」

 なんで死ぬんだよ。

 いくら何回戻れるからと言っても、さすがに面倒くさい。

 なんせ同じことを何度も何度も繰り返すのだ。

 人命に関わることだから口には出さないけれど。

 再トライ。今度は別の道だ。

 くるくると言い訳をして、別の道を通ってもらう。

 別の道に行くと話の話題も変わるようで、将来の夢をふざけて語りあったりした。

 科学者の男と結婚したいそうだ。

 なぜかと問うと、面白そうからだと、簡単そうに言っていた。

 なんなら科学者を目指してみようかと考えていると、火事が起きた。すぐ目の前で、いきなり炎上。

 火事ってこんなに突発的に燃えるものなのか?

 ぼやどころではなく、業火だ。二階建ての家で、一階はものの数秒で火に飲み込まれた。

 危ないからと言って幼なじみを早く歩かせ、集まってきた野次馬とは逆方向に走る。

 僕が一瞬、火事の様子を見ようと振り向いたとき、後ろで幼なじみが轢かれる音がした。

*

 なぜ。

 なんでだ。

 なんで助からない?

 一回目はうまくいったのに?

 小テストの日に、何かやってはいけないことをしてしまったか?

 それならば。

 それならば戻ろう。小テストの日まで僕は戻ろう。

 元の点数を取って、ソフトボールでは屈辱の万歳エラーをして、化学の仮説は突拍子もないことを書いて、帰り道ではおばあさんが豪快に転ぶのも無視。

 すべて元通りだ。

 そしてその日の帰り道、一番最初にやったように、幼なじみが鼻歌を歌い始めたら足を止める。

 僕につられて止まった彼女の頭に、大きな陶器の花瓶が墜落した。

*

「なんでだ!」

 僕は幼なじみの葬式のあと、高架線の下に行き、ふらふらと現れた紙袋の男に怒鳴りつけた。

「なんで救えなくなってるんだ!」

「はぁ、救えない? 何のことだい?」

「とぼけるな! 僕はお前からタイムリープの能力を貰っただろう! そのことについてだ!」

「んー、ああ。そういうことか。悪いけど、きみ。もっと頭を使ってくれ。僕がきみと会うのは、これが初めてだ。言ってる意味わかる? きみはタイムリープで何度もやり直してるかもしれないが、タイムリープしてる本人以外は、そのことに気付けないんだよ」

「……そうか」

 そうか。たしかに。

 普通の人にとって、今が時間の最前線だ。僕みたいに何度もやり直してるわけじゃあない。

「じゃあ、順を追って説明する」

 最初のタイムリープでは幼なじみを救えたこと。

 次のタイムリープから様子がおかしくなったこと。

 方法を変えても、道を変えても。幼なじみが死んでしまうこと。

 全てを、順を追って話した。言ってる途中で、自分がアホなことを話してる気になってきたが、紙袋の男は信じてくれているようで、なんとか最後までたどり着けた。

「それは正直……わからないな」

「はぁ、わからない!? お前がくれた能力だろ!?」

「言ったよね。何が起こるかわからない、と。時間ってのは一直線なんだ。それをきみは返し縫のようにめちゃくちゃに折りたたんでいる。たった一日だけ戻って、一人の人間を偶発的な事故から守るだけならばまだしも、二日も戻って、たくさんの事象を捻じ曲げた。世界に亀裂が入っても、なんらおかしくないよ」

「亀裂……?」

「そうだね、例えば、価値観が狂いだすとか。といってもその場合、周りから見て価値観が狂ってるのはきみのほうだ。あとは超能力者とかが現れるとか、ストーリーが、変わるとか。世界に、整合性が無くなるとか。とにかく、ありえなかったことが普通に起きてくる」

 ありえないことが……

「もしかして……発火能力者なんてのも……?」

「むしろ、ありえないレベルで言うと、それは低いほうだよ」


 ……あの火事は……

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