現代剣豪一本勝負(お題:戦闘描写を書いてみよう)

 深夜。丑三つ時などとっくに過ぎた頃合い。街燈だけが照らす道を一人歩く男がいた。深夜に溶け混じりそうな程真っ黒なスーツを着こなし、短く整った髪をみれば、ああ、只の勤め人サラリーマンかと、見た人々は思うだろう。


 その男が、帯刀さえしていなければ、だが。


 カツン。カツン。カツン。コンクリートを蹴り鳴らすのは、この男が履いている、服に合わせて黒の革靴だ。奇妙なのはその歩き方だ。一歩歩く度に、両足の平が地面についている状態を保つように、上げた足を降ろしていた。まるで、片足でいる状態を一瞬でも見せたくないかのように……スーツの男はただ、道なりにその奇妙な徒歩を続ける。その左手は、常に刀の鞘に軽く握っている。ただ歩いているだけなのに、男からは“余裕”と“油断”というものが、微塵と感じなかった。


 カツン。カツン、カツン。


 そして、男は急に歩みを止める。見れば、男からみて手前に二つ目の街燈の明かりが消えているではないか。街燈が壊れているのか?誰もがそう思うだろうが、男は違った。歩みを止め、鞘を握る左手に力を込め、そして、刀の柄へ右手を伸ばした、その時だった。


「キィィィィィィエエエエエイ!」


 暗闇から、奇声を上げながら、男が飛び出してきたのだ!男は自分の頭上に刀を振り上げていた。それだけでも、この男が異常なのは分かる。だが、もっと奇妙なのは男の恰好だ。西洋服が完全に浸透したはずの現代日本において、男が着ていたのは、和服、それも、着流しだ!時代劇で見るような和服と呼ぶには色が薄すぎるほどに色が落ちているのは、男が長年その服を着潰している証拠だろう。

 その着流しの男は、スーツの男との距離を一気に縮めると、頭上の刀を振り下ろした。男の奇声から刀の振り上げまで、僅か三秒弱!常人であれば、着流しの男を視認した段階で、死の運命から逃れることなど、不可能!

 勿論、そのまま経っているだけだったならば、刀はスーツの男の頭をカチ割っていただろう。だが、そうはならなかった。スーツの男は、ギリギリまで男を引きつけ、刀が振り下ろされる直前になって初めて刀の軌道から逸れる位置へ回避したのだ。

 千鳥足――日本の武道においては、上半身の態勢を全く動かさず、重心移動と僅かな力で地面を蹴ることで移動する術である。これ自体は珍しいことではない。スーツの男による千鳥足は、刹那のタイミングで行ったことが異常なのだ!右足で地面を蹴り上げ、左足で後方に着地する。その作業を瞬間的に終わらせた行為、傍から見ていた場合、このスーツの男が瞬間移動したと錯覚するほどであろう!

 完全に刀を振り下ろした姿勢の男に、スーツの男も殺意を向けた。千鳥足が終わった段階で、既に後ろ脚に身体の重心を乗せ、反撃の支度が終わっている。右手で刀の柄を握ると、スーツの男は、着流しの男へ向かって、刀を振り抜いた!所謂、居合切りだ!


 スーツの男の一閃が着流しの男を一刀両断……しなかった。肉と骨が断たれる音の代わりに響いたのは、金属同士がぶつかり合った高音のみ。

 そう、ありえないことに、着流しの男は、振り下ろした刀を、振り下ろした勢いのまま、大きなレを描く軌道で自分の首元まで戻していたのだ!まるで、初めから、首元を刀で斬られることを予想していたかのように。

 不格好な恰好で敵の斬撃を受ける様は、最早滑稽ではあった。だが、それでも事実は変わらない。


 戦いは、終わるどころか、始まったばかりに過ぎないのだ。

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