4-2

「よし、着いたな」

 僕たちは二時間ほど列車に揺られ、王都サンタ・ルベリアナに辿り着いた。ここはこの国の中心都市で、面積はルネの十倍、人口はおよそ五百万人という途方もない規模を誇っている。

 中でもこの中央ターミナル駅は王都と各地を結ぶ玄関口となっていて、隙間なく敷き詰められた人々が構内を忙しなく行き交っている。立ち止まってその往来を眺めていると目が回ってしまいそうだった。

 左手をバルドイに、右手をセレンにしっかりと掴まれた状態で、連行されるように街中を進んでいく。周囲から冷たい視線を感じて恥ずかしかった。しかし彼らは僕が逃げると思っているらしく、一向に離してくれなかった。

 ルネでは見ないような背の高い建物が立ち並ぶ中、赤茶色の煉瓦で覆われた一際立派な建物が姿を現す。十メートルくらいはありそうな巨大な鉄の扉が口を開けていて、その上に壜をモチーフにした云壜協会のエンブレムが飾られている。この仰々しい建物がこの国にある云壜協会の本部だ。

「じゃあ俺は別の用があるから行くわ。さっさと済ませてこいよ」

 バルドイに強引に背中を押されて、重たい気分を引きずって本部の中に入る。セレンはのろのろと歩く僕を急かしながらどんどん先に行ってしまうので、仕方なしに歩みを早めた。

「おい、見ろよ。『でっかいゴミ箱』がいるぞ……」

「ああ、あれが……。初めて見た」

「しかもあの『箱庭』出身者らしいよ」

 入口の広場を抜けていくと、周囲からひそひそと僕のことを話す声が聞こえる。何だか以前来たときよりも声が大きくなっている気がする。小さな街のしがない云壜屋がずいぶんと有名になったものだ。

 ちらほらと聞こえる『でっかいゴミ箱』の異名と、『箱庭』という言葉。この二つが僕を有名にしてしまっている原因だ。

 『箱庭』というのは、僕が育った施設の通称だ。孤児を拾って一から云壜屋に仕立て上げるというかなり特殊な施設で、僕は孤児として街を放浪していたのをバルドイに拾われたあと、彼がこの『箱庭』で働いていたこともあって、そのままそのの施設で幼少期を過ごした。

 界隈では元々有名な施設だったのだが、そこで起こったある事件をきっかけによくない方向にその名が広まってしまった。施設がなくなった今でも噂や悪評は留まることを知らず、その名前だけが一人歩きしている状況だった。

 確かに決していい場所ではなかったけれど、実際にそこで育った僕からしてみれば言いたいことはたくさんあった。しかし傍から見れば腫れ物としか思えない存在であるのは仕方のないことで、それにいちいち反論する気にもなれなかった。

 そして生憎僕がそういう境遇であるということはどこからか広まっているらしく、いつの間にか同業者の間ではすっかり顔が差すようになってしまっていた。さらにそんな奇怪な男がでっかいゴミ箱なんて呼ばれてなんでも屋染みたことをやっているせいで、あらぬ噂が色々広まっているのだった。

「まああんまり気にしないことだね。どうせ関わりのない赤の他人さ」

「そうだね……」

 ――これだからこんなところに来たくなかったんだ……。ぬめりとした気持ちの悪い視線に晒されて、鳥肌の立った腕をさする。なるべく周りを見ないように視線を落とし、苛立ちを抑えて先を急ぐ。

「お疲れ様」

 更新手続き自体は問題なく済ませることができた。隣にいるセレンが労いの言葉をかけてくれる。

「ありがとう。手間をかけさせて悪かったよ」

 彼も別に嫌がらせで僕をここに連れてきたわけではない。僕がここに来たくない理由を理解した上で、それでも僕のことを考えて口うるさく言ってくれていたのだ。そんな彼の想いを無下にしてしまったことは申し訳なく思っていた。

 ともあれ、これで当分はここに来なくていいはずだ。そう思うと安堵の溜め息が漏れる。

もう用はないからさっさと帰ろうと、急いで踵を返す。しかしそんな僕を呼び止める声がして、驚いて足を止めた。

「やあ、ユリルじゃあないか! ずいぶん久しいな!」

 その声色と芝居がかった口調で、姿を見ずともすぐに誰かはわかった。声のした方を振り向くと、遠くから手を振って近づいてくる見知った影があった。

「なんだ、ロベルトか。いきなり呼ばれたからびっくりしたよ。こんなところで会うなんて奇遇だね」

 目鼻立ちの際立った濃い顔と、遠目でもわかるほど眩く光る黄金の髪。その髪をかき上げながら、自信に満ちた笑みを携えて僕に向き合って立ち止まる。外見に加えて、いちいちキザなその細かい挙動すべてに妙な派手さがあって、ずっと見ていると胸焼けしそうだ。

 彼はロベルト。同じ施設で育った幼馴染で、僕と一緒にバルドイの元で修業した仲間でもある。こう見えて、今は最大手のレターカンパニーで働く超エリートで、その目立つ見た目も相まって、僕とは違った意味で有名な人物である。

「君は相変わらず元気だね」

 再会への喜びが半分、久しぶりに見る彼の独特な立ち振る舞いに呆れが半分といった感じで、セレンは苦笑交じりに言う。しかし彼の方はそんなことお構いなしで、顔に手を当てて謎のポージングをしていた。

「いやはや! セレンも変わらないようで何よりだよ」

 彼のことは風の噂でちらほらと耳にしてはいたが、ちゃんと元気でやっているみたいだ。施設を出てからは全く会っていなかったから、予想外の邂逅とても嬉しかった。懐かしい顔を見られたおかげでほっとした気持ちになる。

「それにしても君たちがこんなところへ来るなんて珍しいな」

 彼はふと不思議そうな顔を浮かべて僕たちを見つめる。そもそも出不精な僕の気質を彼は知っているし、ルネからわざわざ王都まで足を運んでいることが気になったのだろう。

「資格の更新に来たんだよ。だからもう五年は来ない予定」

「なるほど。じゃあ今日のうちに五年分話しておくとするかな」

 そんな風に少し立ち話をしていただけで、周囲から聞こえる耳障りな声が一層大きくなった。真逆にも思える有名人同士が親しげに語らっているわけだから、それも仕方ないのかもしれないが、やはり気持ちのいいものではない。

「再会は僕も嬉しいんだけど、とりあえず外に出ない?」

 彼はまるで気にしていないようだったけれど、僕はこのままここにいては苛立って声を上げてしまいそうだったので、なるべく目立たないように(それはほとんど不可能だったけれど)急いでその場を立ち去る。

「ロベルトも更新で来たの?」

「いや。こんなにギリギリで更新に来るのは君くらいなものさ。今日は休暇をもらっていたんだが、提出しておかなくてはいけない書類があってね。買い物ついでに寄ったんだよ」

「へえ。エリートさんは休みの日でも忙しいんだね」

 彼もこれから帰るところだと言うので、世間話でもしこうということになった。都合のいい店を探していると、ちょうど本部の向かい側に手頃な喫茶店があるのを見つける。

「あそこにしようか」

 店の前にやってきて、外の窓から少し中の様子を覗いてみる。どうやら席は空いているようだったので中に入ろうと入口へ向かったところで、突然後ろから僕らを呼び止める声が聞こえてきた。その声に反応して振り返ると、そこには見知らぬ老父が立っていた。

「君たち今あそこから出てきたということは云壜屋の人かね?」

 老父は道の向こうにある本部の建物を指さしながら僕たちに尋ねる。隣にいるロベルトも怪訝な顔をしているので、知り合いというわけではないようだ。

「そうだが、何か?」

「すまんが、一つ頼まれてくれんかな。隣街に住んでいる友人にひ孫が生まれたそうで、祝いを言いたいじゃが、生憎この足では直接行くことができんくてな……。云壜屋なら、そういうもんも届けてくれるんじゃろ?」

 話によると、彼はさっき云壜屋に行ってきたところで、しかし待ち時間がひどくて依頼をする前に帰ってきてしまったそうだ。そんなときに僕らを見かけて、ちょうどいいと声をかけてきた。確かにこの辺りにある大手の店はずいぶん繁盛しているみたいで、タイミングによっては数時間待ちなこともあるらしい。

「申し訳ないが、生憎僕らは非番でね。後日こちらで呼び出してもらえれば、謹んで対応させていただこう」

 そう言ってロベルトは胸元から名刺を一枚取り出した。老父はそれを受け取ると、残念そうに肩を落とす。

「だったら、僕がお受けしますよ」

 どうせこのまま帰ってもやることはないし、それなら仕事をしてこの人の役に立つ方がよっぽどいいだろう。聞いた限りではさほど大変な依頼でもなさそうだから、今日のうちに届け終えることができるはずだ。今日はこの街に泊まって、明日の昼に帰る予定だから、そこのところも問題ない。

「本当かい?」

 僕の顔を見て、彼はにっこりと笑った。そして皺がついて筋張った細い手で僕の手を優しく握る。彼が発したありがとうという言葉は僕の心をほっこりと温める。これを聞けただけでも儲けものだ。

 すぐ近くに彼の行きつけの店があると言うので、僕たちはそこで詳しい話を聞くことにした。彼について見慣れない街並みを歩きながら、今日はどんな壜を持ってきていたかを思い返す。遠足前の子どもみたいに浮かれている自分に気付いて、僕は仕事が好きなんだということをしみじみと実感した。

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