第四章 想い合い
4-1
「ユリル、バルドイさんが来てるわよ」
春の陽気に浮かされて、ソファの上でうたた寝をしていると、アリサに呼ばれて目が覚めた。口元に垂れた唾液を拭い、慌てて起き上がる。彼女は僕が寝ていたことに気付くと、呆れた顔で溜め息を吐いた。
「今行くよ」
彼女とともに一階へ下りると、見知った顔がストローを咥えて暇そうに窓の外を眺めていた。無造作に放置されたボサボサの頭のおかげで、遠目に見ても一瞬で彼だとわかる。
「よう、ユリル。あんまり大先輩を待たせるもんじゃないぜ。もう三時間は待った」
「そうやってすぐ嘘をつくなよ、バルドイ。呼ばれてすぐ来たじゃないか」
相変わらずこちらを見透かすような不躾な笑みを浮かべていて少し腹が立つ。こうやってからかうように無意味なことばかり口にするので、相手にすると疲れることが多い。
「まあそんなに嫌そうな顔をするなって。俺も暇だからってお前を茶化しにきたわけじゃない。まあとりあえず座れよ」
僕は促されるまま、彼の向かいに座る。何だか彼が少しいつもと違う様子なので気味が悪い。珍しく真面目な顔で僕の顔を見つめている。
「何の用なのさ」
なかなか彼がしゃべりださないので、痺れを切らして僕の方から尋ねる。
「お前、まだ『更新』に行ってないらしいな」
思わぬ話が飛んできて、僕は動揺を隠せなかった。僕が口ごもって何も言えずにいると、彼は軽く溜め息を吐いて言葉を続ける。
「セレンに頼まれてな。お前をせっついてやってくれって。いい加減行かないと期限切れになっちまうだろ? しょうもないこと気にしてないで、さっさと行って来いよ」
「だって……」
騙し騙し逃げてきたが、まさかセレンがバルドイを使ってくるとは思わなかった。僕は必死に言い訳を探すけれど、上手い言葉が出てこない。
彼の言う『更新』というのは、云壜屋が仕事をするための資格の更新のことだ。云壜屋は五年に一度、云壜協会の本部へ行って更新を行わなければならない。更新の内容自体はたいしたものではなく、登録情報の確認や業務実績の提出などを行うだけで、半日とかからず終えることができる。しかし僕はどうしても行きたくなくて、あの手この手で誤魔化してここまで来ていたのだった。
「あそこは息が詰まるから嫌いなんだよ。それにここ最近は色々と依頼が立て込んでて忙しかったし……」
「そんなこと言ってて仕事できなくなったら元も子もないだろ」
苦しい反論も虚しく論破され、返す言葉もない。
「そういうわけだから、すぐに出発する準備をしな」
「えっ?」
「これから王都に行くんだよ。安心しろ。ちゃんと更新できるように、俺もついていってやる」
僕は腕を引かれて無理矢理立ち上がると、そのままずるずると部屋まで引っ張られていく。ちょうどこっちを見ていたアリサに助けを求めるけれど、彼女は笑顔でいってらっしゃいと手を振るだけだった。
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