3-4

「わあ、懐かしい。来るのはもう十年ぶりくらいかも」

 僕とセレンはバルドイから得た情報を元に、モーグさんを探してミロッカにやってきていた。この街は昔アリサがよくおじいさんに連れてきてもらっていたらしい。彼女の記憶によれば、おじいさんは幼い頃この辺りに住んでいたと話していたようだ。そのことも鑑みて、モーグさんが最有力候補であろうと当たりをつけたのだった。

「何だかお祭りをやってるみたいだね」

 まずは当てもなくぶらぶらと歩き回っていると、街は妙な賑わいを見せていた。行く先々に出店が立ち並んでいて、頭の上には色とりどりの旗が掲げられている。あちこちから陽気で少し気の抜けた音楽が聴こえ、中にはタコみたいに顔を真っ赤にしてへんてこな踊りを披露している人もいた。道行く人々はみんなどこか楽しげで、街全体の雰囲気も浮足立っているような感じがする。

「そうだった。ちょうど今は『灯篭祭り』の季節なの。私も昔おじいちゃんと一緒に来たことがあるわ」

「灯篭祭り?」

「今は明るくてわかりづらいけど、ああやって玄関の前に灯篭がかけてあるでしょ?」

 彼女が指さした方を見ると、確かにドアのところに四角い箱のようなものがかかっていた。形はまちまちだったけれど、他の家にも同じように灯篭らしきものがかけられている。

「あの灯篭には一つ一つ願いを込めてあって、祭りの夜に明かりを灯して願いを神様に見つけてもらうんだって。そしてちゃんと見つけてもらえるように、街の人たちはみんな他の余計な明かりは全部消して、灯篭の明かりだけで過ごすの。初めて見たときはその景色の美しさに感動したわ」

 元々この街は近くの鉱山を中心として発展した都市で、そこで採れる『灯篭石』という石が有名らしい。まるで灯篭の火のように光る石だからそう呼ばれていて、その石を火の代わりに灯篭の中に入れるのだと言う。

「ほら、あそこに灯篭石が売ってる」

 名産品だけあって、町には灯篭石を売っている店がたくさんあった。僕たちはそのうちの一つに試しに入ってみる。

 店の中は溢れんばかりの石が所狭しと立ち並んでいた。その一つ一つが照明の光を反射して、まるで店全体が輝いているようだった。

「昔おじいちゃんと一緒にこの街に来たときに、あんまりこの灯篭石が美しかったから、買って欲しいとねだったことがあったの。ママが首にしていたペンダントみたいにしたいって」

「アリサにもそんな可愛い時期があったんだね」

「失礼ね。私だって人並みに女の子だったのよ」

 つい冗談交じりにからかうと、彼女は機嫌を損ねたようにそっぽを向いてしまう。僕が慌てて謝ると、眉間に皺を寄せて不服そうな態度を見せる。しかしすぐに堪え切れなくなったのか、吹き出しておかしそうに笑った。

「でもそのときは、『この石は神様に願い事するものだから、いつか本当に叶えたい願い事ができたときにしなさい』と言われて買ってもらえなかった。それがまさかこうやって本当に自分で買う日が来るなんて思ってもなかったわ」

 アリサはおじいさんとの思い出を嬉しそうに語りながら、色んな石を手に取って丁寧に吟味していく。僕もそんな彼女を横目に、雑多に並べられた石の山をボーっと見回す。

 石は大きさや色ごとに分類して置かれていた。色によって込める願いの種類がとても細かく分かれているようで、いざ買おうと思うとどれにしようか迷ってしまう。悩んだ挙句、『幸せを願う』と書かれていた真っ白い石に決めた。

「アリサはどれにしたの?」

「それは秘密」

 何故だかアリサはどんな願いを込めるのか頑なに教えてくれなかった。隠されると余計に気になったけれど、あまり詮索するのもよくないと思って諦める。願いが叶ったら教えてくれると言うので、そのときを楽しみにしておこう。

 どうやらこの石に特殊な加工をすることで火が灯るようになるそうだ。その作業はこの店でやってくれるらしい。僕たちはそのまま店の奥にある工房へと案内される。そこには髭を蓄えた頑固そうなおじさんが座っていて、黙々と作業をしていた。

「寄こしな」

 促されるまま石を渡すと、彼はそれを鉄板のようなものに乗せ、小さな炉の中に入れる。どうやら一度石を焼くみたいだ。

「あの炉の中には『始まりの灯』と呼ばれる炎が燃えているんです。私たちの遠い先祖が作った特別な炎で、街の職人たちはそれを絶やさないようにずっと守ってきました。あの炎に入れられた灯篭石は火を灯し、その役目を終えるまで消えることなく燃え続けます」

 隣にいた店員さんが丁寧に灯篭石の説明をしてくれた。しばらくそれを聞いていると、出来上がった石を無愛想な職人さんが持ってきた。

「すごいや……」

 先ほどまではただの鉱石だったものが煌々と美しい炎に包まれていた。手を近づけると、じんわりとした暖かさを感じる。その火は円を描くように優しく周囲を照らし、神様に願いを伝えるという控えめな光には風情があった。

「何だかちょっと云壜に似てるなあ」

 想いと願いという違いはあれど、人の心を石に灯した火に込めるという点は共通している。それに見た目も灯篭石が燃える様子は云壜とよく似ていた。もしかしたら、そもそも人間の心と炎は本質的に通じるところがあるのかもしれない。

 あらかじめ選んでおいた灯篭の中に、この石を入れて完成になる。家の前にかけてもよいのだが、街はずれにある洞窟に灯篭を持っていくと、次の年までそこに祀っておいてくれるらしい。

「ってことは、そこにはこういう灯篭がたくさん置いてあるんですか?」

「ええ。この時期は街に住む人だけじゃなくて、色んなところから願い事を持った人が集まってくるの。真っ暗な洞窟が願いの光に照らされて、それはもう神秘的で美しいんですよ」

 店員さんの話を聞いてアリサがすっかりノリノリになっていたので、僕たちはその洞窟まで行ってみることにした。店員さんたちにお礼を言って店を出る。

 教えてもらった通りに歩いていくと、徐々に道行く人が多くなっている気がした。いつの間にか細い道に沿って行列のような人の流れができている。どうやらこの人たちもみんな洞窟に向かっているようだった。

 洞窟の入り口は思っていたよりもずいぶん小さかった。人が二、三人横並びになったら埋まってしまうくらいの幅で、高さも少し頭を下げないとぶつかってしまいそうだった。そこへ灯篭を持った人々が順番に入っていく。

 中は入り口より二回りくらい大きくなった通路が真っ直ぐ伸びていた。足元には木製の橋がかけられていて、等間隔に置かれた灯篭を頼りにその上を進む。

 洞窟内は不思議な静けさに満たされていて、声を発するのが憚られるような雰囲気だった。自分たちの立てる足音と、時折聞こえる水の滴る音だけが、岩に反響して奥の方へと響いていく。

 しばらくその通路を進んでいったところで、突然道が途絶えて大きな広場のような場所に出た。どうやらここが洞窟の最奥部のようだ。直径百メートル、天井の高さは五十メートルほどあるドーム型の空間で、入った瞬間にまずそのスケールの大きさに圧倒されてしまう。

「綺麗……」

 そこにはいたるところに灯篭が置かれていて、洞窟の中とは思えないほど明るい空間が広がっていた。通路を残してほとんど足の踏み場がないくらい灯篭が敷き詰められていて、鮮やかな光が揺らめいている。

「この一つ一つに誰かの願いが込められているんだね……」

 そのことを思うと、人の心の美しさを直接目にしているようで、この景色がより美しいものに感じられた。僕たちは少しの間この神秘的な空気に没頭する。

 空いているところを探して、僕とアリサの灯篭もちゃんと置くことができた。最後に目を瞑って、もう一度その光に願いを込める。僕は自分の幸せを願おうとすると、不思議とアリサやセレン、バルドイや、今まで出会ったたくさんの人の顔が思い浮かんできた。だから傲慢かもしれないと思いつつも、その人たちもみんな幸せになってくれるようお願いしておいた。

「ねえ、あれ見て」

 願い事を終えて目を開けると、アリサがそう言ってすぐ隣にある灯篭を指さした。その灯篭は他と比べて火が弱まっているのか、明かりがちらついているように見える。気になって近づいてみると、やはり火がとても小さくなっていて、今にも消え入りそうな様子だった。

「あっ」

 煙を宙に浮かべて、そっと火が消える。不思議とそこにもの悲しさや寂しさはなく、まるでどこかへ消えていった火が僕たちの心にすっと溶けていったみたいに、かえって温かな気持ちになった。

「そうか。誰かの願いが一つ叶ったんだ」

 役目を終えて沈黙した灯篭を見つめながら、僕たちは見知らぬどこかの誰かを想像する。一体どんなことを願って、どんな風に叶ったのだろうか。わからないけれど、その人はきっと幸せを感じていることだろう。

「この私たちの灯も、こうやってちゃんと消える日が来るといいわね」

「きっと来るよ」

 僕たちは並べられた灯篭をゆっくりと眺めながら、その洞窟を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る