3-2
結局片付けは夜までかかってようやくひと段落といった具合だった。床に散らばっていた物は要不要を分別して、それぞれあるべき場所に収めるなり、処分するなりして、雑然としていた印象はずいぶん改善された。
僕たちの仕事道具についても、ちゃんと置き場所を決めて整理をした。おかげでこれからは、あれがない、これはどこだ、と部屋を引っ掻き回さなくても済みそうだ。
しかしまだそこかしこに得体の知れない箱が置いてあったり、本棚に収まりきらない大量の本(これは読書家でもあったおじいさんの物がほとんど)が積み上がっていたりと、完全に片付いたとは言えない状態だった。今日のところはここまでにして、また後日続きやろうという話で落ち着く。
「それまでにまた散らかしたりしないでよ?」
「うーん、それは必ずしも保証できないかもしれない……」
アリサに釘を刺されて、思わず誤魔化すように目を逸らしてしまう。そんな僕に対して、彼女はぐっと顔を近づけてきた。威圧感に押しやられながらセレンに助けを求めようと彼の方を見ると、僕は知らないよ、と言ってぷいと顔を背けられてしまった。
「そ、そういえば、さっき見つけたおじいさんの云壜はどうするの?」
何とか話題を変えようと思い、ちょうど気になっていたあの云壜のことを尋ねる。彼女はそんな僕の浅はかな意図に気付いていたようだったが、埒が明かないと悟ったのか、半ば呆れたような顔をして一歩後ろに下がった。
「たぶんこれはおじいちゃんが残した私への挑戦状だと思うの」
「挑戦状?」
「そう。開けられるものなら開けてみろ、って言うおじいちゃんの得意げな顔が目に浮かぶもの。だからこの挑戦を受けないわけにはいかない」
彼女の表情には先ほど見せた寂しさや悲しみはもうなかった。そんな後ろ向きな感情を向けても、おじいさんは喜ばないと吹っ切った様子だった。それよりも彼が残した遊び心溢れる置き土産を楽しむことで、彼に恩返しをしようと考えたのだろう。
「そういうことなら、よければ僕も手伝うよ。相手が云壜だから、僕にもできることがあるだろうし」
「本当? 正直一人じゃ少し心細かったから嬉しいわ。ありがとう」
一応プロである僕が手伝うのは反則かもしれないと思ったが、それくらいは大した問題にはならないというのがアリサの予想だった。実際に幼い頃も彼女一人ではなく、近所の友達も一緒になっておじいさんと戦っていたらしい。きっとそれもまた彼の思惑の一つだったのだろう。
「きっとおじいちゃんのことだから、凝った工夫がされていると思う。誰の力を借りたってそう簡単には開けられない何かがあるはずだわ」
彼女はそう言うが、僕としては正直すぐに開いてしまうんじゃないかという考えも拭いきれなかった。
云壜は正しい相手がいて、その人に受け取る意志さえあれば、僕たち云壜屋の立ち合いの下これを開けることができる。普通に考えれば、この壜の宛先はアリサなわけで、だから彼女がこれを見つけ、その場に僕とセレンがいるという時点で必要な条件が揃っているのだ。
物は試しということで、アリサにこれを開けてみてもらうことにした。その前にまずは少し壜をよく観察してみる。何か手がかりやヒントが残っているかもしれないと思ったが、特に気になる点は見つからなかった。
「これがさっき言ってたやつ?」
セレンはあのときちょうどバケツの水を汲みに行っていたので、目にするのはこれが初めてだった。興味深そうに見つめたあと、まるで何かに気付いたみたいに、あっ、と小さく声を漏らした。
「何かあったの?」
「……いや、何でもないよ」
僕の問いかけに対して、一拍間を置いて肩をすくめて答える。そして持っていた壜をアリサに返すと、ほんのわずかに口の端を引き上げて笑ったように見えた。そんな彼の不自然な様子に違和感を覚えたが、尋ねても答えてはくれないと察して追及はしなかった。
「とりあえず一度試してみよう」
封はされていないようだったので、そのままアリサに壜を持って目を瞑ってもらう。僕はその正面に立って、いつもの通り相手のことを思い浮かべながら心の中へ入っていく。しかしいくらやっても目の前に見えるのは自分の瞼によって閉ざされた暗闇だけで、一向に彼女の心は見えてこない。
「ダメみたいだ」
やはりそう簡単にはいかないらしい。この云壜はアリサに宛てられたものではなかった。となると、本当の届け先を探し出して、その人に開けてもらう以外に方法はない。
「一番知ってそうな人だと、やっぱりおばあちゃんかな。今頃は部屋にいるはずだから、聞きに行ってみようかしら」
「そうだね。このまま続きは明日ってなったら、気になって夢に出てきそうだし」
というわけで、僕たちは開かずの云壜を持って、彼女の祖母であり、僕にとっては大家さんでもあるリタさんの元を訪ねることにした。
「ああ、僕はやめておくよ」
てっきりセレンもついてきて一緒に手伝ってくれると思っていたのだが、彼にはその気がないようだった。ソファーにちょこんと乗っかって、僕たちを見送るようにひらひらと翼を振っている。
「え、どうして来ないのさ」
「うーん、何となく今回は僕の出番はなさそうだと思ったから」
彼ははぐらかすような口ぶりで、どこか煮え切らない様子だった。僕の見立て通り彼は何かに気付いて、それを隠そうとしているのだろう。
「それに、きっと僕がいるとアリサにとっちゃお邪魔虫だろうからね」
「ちょっ……何言ってるのよ!」
急にアリサがあたふたと無意味に手足をばたつかせて、恥ずかしそうに顔を赤らめていた。そんな彼女の姿を見て、セレンはにやにやと下世話な笑みを浮かべている。僕は二人が何を言っているのかよくわからなくて、首を傾げるしかなかった。
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