第6話 砂漠の都市・リプート





 葵は走竜で丸二日掛かるアルビオン王国・城郭都市リプートへ、ハルではなくギルバートの転移魔法で瞬間移動した。

 ジルベルトランドの入国ゲートにいた東からの流浪民の思念を、転移魔法の媒体として使わせてもらったのだ。礼金として金貨十枚を手渡した。大いに感謝されたのは言うまでもないだろう。

「ギルバートさんはすごいな。相手の思念を読み取って転移出来るんだから。ぼくなんか、まだまだだよ……」

 少ししょんぼりしているハルの肩をギルバートが揺すった。

「がっかりするなよ、ハル。今は確かにおれの方が上回っているけど、お前は間違いなく、おれを遥かに凌ぐ転移魔法使いになるぜ」

 ギルバートの励ましにハルは少し晴れた顔を見せた。


〈ロゼ〉

《なんでしょう?》

 葵とスルーズは心で会話ができるユニークスキルを会得しているが、このスキルは皆には伏せてある。

〈ギルバートの転移魔法時に他人の思念を読み込む力って、それはキミの読心魔法のようなものなのかな?〉

《いいえ。ギルバートの能力は読心魔法とは違うものです。彼が転移魔法を使う時、目的地を知っている者のイメージだけを自分の中に取り込むと言ったらいいのでしょうか? 思念を借りた人の考えや言動を把握することは出来ないみたいですよ》

 どうやらギルバートの能力は読心魔法で把握済みのようだ。

 このようにスルーズは、目と目を合わせれば人の心を読み取れるユニークスキルを持っている。

 これは葵とスルーズの二人だけの秘密だ。

 だからと言って仲間を信じていないと言う事ではない。

 むしろその逆だ。スルーズと皆が仲間のままでいられる為の秘匿なのだ。

 人は誰だって、他人に見られたくない秘密を心の奥底に隠しているものだ。それをすべて見透かされていると知ったらきっと……。

 杞憂かも知れないが、カミングアウトしてからでは後戻りは出来ないのだ。

(これもまた、他人には知られたくない心の奥底に仕舞っている秘密だ)

 そう割り切る事にしている。


 もう一つ、葵には気掛かりがあった。

 スルーズとのシンクロナイズによる記憶の共有は日々行っていたが、スルーズには伝わらない葵の情報があった。

 先日、一時いっときではあるが、葵が異世界召喚された大学の遊歩道に帰還した折の久遠寺玲奈の記憶が、スルーズには伝わっていないようなのだ。

 いつかは定かではないが、これから先訪れるスルーズの死後、葵のいた世界に異世界転生された姿が久遠寺玲奈なのだ。


 ――― 最後にはロゼを信じてください ―――


 そう言ったスルーズ―――久遠寺玲奈の泣き濡れた瞳が思い出された。

 何を伝えたかったのかは今の段階では分からない。

 だが、いずれにしても現段階では未来に置ける話だ。

 それ故に、目に見えない何らかの力に抵触したのではないのだろうか。


 ――― 過去であれ、未来であれ、流れを変えようとすれば、より強い反発力に遭うでしょう ―――


 久遠寺玲奈はそう言っていた。

 何者の力によってそれが成されるのかは分からない。

 だけど、未来の彼女の姿である久遠寺玲奈のくだりが、スッポリ抜け落ちている事を思えば、ことわりに反する修正力が作用したのかもしれないと葵は考えた。

(玲奈ちゃんはきっと、ぼくとマリーの、そして玲奈ちゃん自身のこれからの出来事を見知っているんだ……)

 だから具体的な事は何も語らなかったのだ。

(語れなかったと言うべきなんだろうな)

 最後にはロゼを信じて欲しいと言った彼女の言葉は、抵触に当たるギリギリのメッセージだったのだろう。

 リブートの繁華街を歩くスルーズの美しい横顔を、葵はチラっと流し見た。


 ―――わたしはあなたに出会って幸せでした。本当に心より愛していました。クロノスに帰られた時、ロゼにはいつもと変わらず接してくださいね ―――


 そう言っていた事も思い出した。

 久遠寺玲奈は核心に触れないよう語っていたが、のちに訪れるであろう葵との別れを含ませていたのは確かだ。

(今は考えても仕方のないことだ)

 今はただ、ロゼとの瞬間を大切にしていきたいと思った。


 葵は無意識のうちにスルーズの手を握っていた。

 スルーズは驚いた顔をした後、ニコリとした。

《どうなさったのです?》

〈いや、なんとなく……〉

 自分でも説明出来なかった。

〈あの、決して不埒ふらちな気持ちじゃないんだけど、自分でも……分からないんだよ。ゴメン……〉

《謝らないでください。わたしは嬉しいですから》

 スルーズは強く握り返して来た。



 リプートは東西に三千キロ・南北に一千キロの広大なリムル砂漠の西側に位置し、砂漠のオアシスに作られた人口十万人の城郭都市である。

 ここは東からの流浪民の中継地でもあるため、城郭都市リプートとは別に城郭をもう一つ作った二連城郭都市だった。

 城郭を二つ作ったのには訳がある。

 東の果てから持ち込まれたルシファをリプートに持ち込まにないためだ。

 ギルバートは詳しい話はしなかったが、道がてら流浪人から聞いている事があった。

「ルシファーと疑われた者は強制隔離施設に収容されて死ぬまで出られないそうだ」

 スルーズが葵を見た。

《大変なことを知ってしまいましたね》

〈ああ。だからこそ見捨てられないよ〉

 エルミタージュ城外の隔離施設で孤軍奮闘していたアナスタシアの姿が目に浮かんだ。

(見ていてくれ、マリー)

 葵はリプートで成さねばならない事を見つけてしまった。


 葵達一行にはリプートでも一番の宿泊所が用意されていた。

 よそ者はリプートには入れず、隣りの第二城郭に居住させられるのが決まりだったが、葵達には特別の計らいがあった。

 ビンセントが根回ししてくれていたのだ。

(くれぐれも第二城郭には行かないでくれたまえ) 

 S級通信魔法師のビンセントからハルに伝言があったが、葵はそれを破って隣接する第二城郭に向かった。

 門番はいるが、他人の思念によるギルバートの転移魔法があれば、何の障害もなく城郭内部に移動する事が出来た。


 十五名全員ではなく、メンバーは厳選していた。

 ビンセントの口利きもあるのだから戦闘になる事はないだろうと、魔法使い優先のメンバーで臨んだ。

 シンクロ魔導師のバレッタ王女と従者の治癒魔導師一人。ハルとエリーゼは作用・反作用の名コンビだから切り離せないし、リンダの索敵・捜索は頼りになる。それに治癒魔法も少しは使えた。

 居残りとなるのはメリッサとポーラと、魔力の少ないハモンドとルーシーには三人の重力魔導師達の警護をお願いした。

「転移ゲートを開けたら、おれはお役御免ってことかよ」

 選抜から外れたギルバートはボヤいて見せたが、何かあった時に転移魔法使いがどちらにもいれば、脱出が有利となる事くらい理解しているだろう。

「何かあったらジルベルトランドの城門前に転移すること。これが鉄則だ」

 それぞれの国境には魔法障壁があるから越境は出来ないが、有事の際には城門前に戻ってくる事を、執事長のガゼフ・ローレンスに示唆していた。


 ギルバートの作った転移ゲートを潜ると第二城郭都市だった。

 東からの流浪の民がどれくらいいるのかは分からないが、ここに来て黒髪・黒瞳の人がチラホラと覗えた。

「おい、そこの黒髪の男」

 と顔に布を巻いて目だけ覗かせている兵士が、葵に向かって荒げた声を上げた。

「おまえ、東から来たんだろ? ルシファー検査は済ませたのか?」

 葵は頷くつもりだったが、咄嗟に頭を振った。

 何か言いたげなリンダを他所よそに、葵は兵士に近寄った。

「あ、あのぉ」

「く、来るな。それ以上近づくな。早く、検査に行け」

「検査場は何処なんですか?」

「すぐそこだ」

 兵士が指さしたのは、目抜き通りの突き当りにある建物のようだ。

「ありがとう。行ってきます」

 葵が笑いかけると、兵士は怪訝そうに顔を背けた。

「何を考えているんだよ」

 リンダが葵の肩口でボヤいた。

「隔離施設に案内してもらおうと思ってね」

「はあ?」

 リンダの間の抜けた顔にスルーズがクスクスと笑った。

「スルーズも笑ってる場合じゃないろ? ルシファーの隔離施設に行くって? それって死にに行くようなもんだろ?」

「大丈夫だよ」

 葵はメテオラ鉱石の指輪をリンダに見せた。

「キミにも同じものを上げただろ? これはルシファ感染を完全に遮断する鉱石なんだよ。リンダだけじゃない。みんなにも渡してあるはずだ」

 ハルやエリーゼはもちろん指にはめているが、バレッタとその従者の治癒魔法師は、慌てて指輪を指に差し込んだ。

 葵は三百メートルほど先にある検査施設に目をやった。

「ここから始めるよ。ロゼ」

「はい」

 スルーズが葵の右手を握った。

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